前回の記事では、フレームワーク思考の流れの中で、昨年公表され、内閣府が普及啓発を行っている「
経営デザインシート」に触れました。この「経営デザインシート」とは、内閣の知的財産戦略本部が「知的財産推進計画2018」を策定する過程で設けられた、「知財のビジネス価値評価検討タスクフォース」という検討体で作られたものです。
「経営デザインシート」が生まれた背景には、日本経済の今後の発展のために「知財」の活用が不可欠という認識のもと、知財戦略を考えていく中で日本企業の知財が本来の価値に見合った評価がされていないのではないかという危機感があったとのことです。
たとえば知財を侵害された際の賠償額を低く見積もってしまう、事業が買収されるとき安値で売ってしまうといった具合。そこで、知財を将来のビジネスでどう活かし、それによってどれくらいの価値が生み出せるのか、具体的な構想が描けていれば過小評価を防げるという発想に至りました。そこから、将来のビジネス展開と価値創造の全体像を描くフレームワークが作られていったとのことです。
こうした事情をみても、狭い視野にとどまらず、より広く俯瞰的に状況を見渡して考えるべきポイントを網羅する、フレームワーク思考の有効性がうかがえます。単に「この知財(特許や著作権、ノウハウ等)の生み出す価値はいくらか?」と発想するだけだと、それまでのマネタイズ方法や類似取引事例の枠内で評価してしまいがちです。そうではなく、「この知財が価値を生むのに何が関係しているのか?」と考えれば、市場環境、経営戦略、他の社内資源といった要素にも視野が広がり、潜在的な価値をも評価できるようになります。こうした「押さえるべきポイント」を見える化することに意義があるというわけです。
経営デザインシートを埋めてみる
では、具体的に「経営デザインシート」を見てみましょう(上図参照)。重要なのは、右半分の自社全体や自事業の将来構想部分です。「提供価値」、それを生み出す「収益の仕組み(ビジネスモデル)」、その中で用いられる主要な「資源」を埋める形となっています。ただ、いきなりそこを構想するのは難しいので、左半分でこれまでの上記要素を挙げ、上の方の枠に企業理念や全社的な経営方針を書いていくことで、右半分を導きやすくしています。さらに、左の「これまで」と右の「これから」を比較することで、下の「移行のための戦略」も定まってくるという仕掛けです。
枠自体はシンプルなように見えても、この枠の中身を埋めることは簡単ではありません。実際、このシートの普及に務めている内閣府知的財産戦略推進事務局の方に取材したところ、特に右半分の将来像をすらすら書ける企業は決して多くないと言います。普段から将来の提供価値やビジネスモデルを関連付けて言語化していない上に、人によって重視している点が違うなどでまとまった見解に落とし込むことが難しいからです。
グロービスの企業研修で自社の「
3C分析」や「
5つの力分析」を行うことがありますが、やはりそこでも意外なほど侃々諤々の議論が盛り上がって、なかなかまとまらないことが多いです。しかし、正にそこにこそフレームワークの意義があります。枠を埋める作業を通じて、関係者を巻き込みながら「考えをまとめる」ことを強いるからです。
さて、そんな「経営デザインシート」ですが、昨年5月の発表以降、さまざまな使われ方をしているそうです(詳細は冒頭のリンクを参照)。
・金融機関が、取引先の事業性を理解、評価するために用いる
・中堅企業において、事業承継にあたって現経営陣と後継者との話し合いに用いる
・前回記事で触れた「統合報告書」作成の準備に用いる
・事業構想コンペティションの共通フォーマットに用いる
これらを見ても、関係者間で認識を合わせるコミュニケーション・ツールとしての効用も大きいことがうかがえます。オープン・イノベーションをはじめ、一社の枠に留まらず、多様な企業・人材とエコシステムを作っていくことが重要になる昨今では、こうした認識合わせの重要性はますます強くなることでしょう。
全体像の把握と考えるべきポイントの抜け漏れ防止として、関係者の衆知を集めコミュニケーションを円滑にするガイド役として、フレームワーク思考を具体化した好例として「経営デザインシート」は要注目です。