グロービス経営大学院、Forbes JAPAN、flierが共同開催した「読者が選ぶビジネス書グランプリ2019」で、イノベーション部門第1位となった『破天荒フェニックス』。倒産寸前と言われたメガネチェーン、OWNDAYSの10年にわたる再生物語を描いたビジネス小説です。当初、味方が少ない中で、どんな思いで経営の舵を握っていたのか。著者であるOWNDAYSの田中修治社長に話を聞きました。(文=荻島央江)
会社は民主主義ではない
鳥潟:『破天荒フェニックス』を読みましたが、OWNDAYSを買収した当初はかなり厳しい状況だったのですね。当時、社内にどう一体感をつくられたのですか。
田中:特に気にしていなかったですね。潰れそうな会社で、「明日の支払いどうしよう?」みたいな世界でしたから。みんなの意見をまとめてとやっている間に倒産しちゃう。とにかく売り上げを伸ばし利益を出さないといけない。そのために一番何が必要かを常に考えて行動に移す、そんな感じでしたね。
要は、結果です。結果が出ないと、どんなにリーダーシップを発揮してもついてこない。やることが結果につながっていれば、それなりにみんなやってくれます。会社は民主主義ではないですからね。民主主義が必ずしも全体にとっていい結果をもたらすとは限らない。自分の会社なので、自分が会社にとって正しいと思うことをやります。
鳥潟:例えば、会社としてほかの9割の人が反対しているときでもそうですか。
田中:それが正しいと思えばやりますよ。反対されたからやめたというのは、社長自身が責任から逃げている。社長なら押し切ることもできるはずです。反対のせいにしてやらないのは、良くない結果になったときに「みんなが止めたからやらなかった」と言い訳するためでしょう。
違いはやるか、やらないかだけ
鳥潟:売り上げを伸ばし、利益を出すための戦略やアイデアはどんなふうに発想されたのでしょうか。
田中:特別なことはありませんよ。うまくいく、いかないに、ビジネスモデルやマーケティング、市場規模はあまり関係ないと思います。違いがあるとすれば、思いついたことを実行しているだけ。
ほとんどの人はやらないから。例えば、うちでは辞令をやめて、管理職は立候補制にして選挙で決めています。「いいですね」ってよく言われるけど、まねする人はほぼいない。その積み重ねです。能力にたいした差はない。たぶん孫(正義)さんと僕もそんなに違わないんですよ。
鳥潟:同じ人間だと。
田中:そうです。僕は堀江(貴文)さんと最近仲良くて。僕にとって堀江さんはすごく影響を受けた人で、別格だった。だから会わないようにしていました。でも親しくなって遊ぶようになると、堀江さんも自分とあまり変わらないなって。
ただ、堀江さんみたいな人たちは、思いついたことをすぐにやっちゃう。孫さんや堀江さんと比較すると、僕はそこまでできていない。全部やると、ああなれるのかと思いました。
「知っている」と「できる」と「やっている」って、実は大きく違う。社員を見ていてもそう思います。毎朝、遅刻せずに来て、明るく元気な声で「おはようございます」と挨拶するだけで、そこそこ職場で信頼される人になれる。それが人間関係においてどんなに大切なことかを小学1年生の息子だって知っているし、できる。だけど、ほとんどの大人はやらない。僕からすれば、たかだか挨拶程度のことをやらない人間が、ビジネスならやるというわけがない。
みんな会社や生活がうまくいかないと、原因をこねくり回してつくりますが、そんなに難しく考える必要はありません。ほとんどのすべてのことは、できることをやるだけで解決する。すごく簡単なことだけど、なかなかできないのだと思います。
破天荒でも無謀でもない
鳥潟:資金難で余裕がない中で、新店舗を積極的に出店したり、雑貨チェーンを買収したりするなど、大胆な施策を打ち出されましたよね。
田中:そもそもジリ貧だから、やらないとうまくいかない。特別おかしな方法論ではないですよ。売上高20億円で負債14億円だったら、売り上げを倍にすることを考えないと。倍にしなかったら、どの道潰れてしまうので。リストラして何とかやっても延命でしかないですから。別にたいした話ではないと思います。それこそ僕は別に破天荒じゃない。そんな無謀なことをしているつもりはなく、計算してやっています。
鳥潟:えっ、破天荒じゃない?
田中:破天荒ではないです。だから、あの本のタイトルもこそばゆい。100個ぐらいの中から最終的に決めたのが、あのタイトルです。漢字とカタカナの組み合わせがいい、表紙にしたときに一番しっくり収まったという理由で『破天荒フェニックス』に決まりました。
社長は真面目にやることですよ。僕の経験上、ベンチャー企業の90%以上がうまくいかないのは、社長が一定の規模になったタイミングでいろいろな誘惑に負けるからです。
鳥潟:私はサイバーエージェントを経て、友人3人で起業して、10年ほどナンバーツーの立場でやっていました。確かに調子に乗って失敗した部分があります。おごらないためにはどうしたらいいのでしょうか。
田中:一番大きいのは、経営者の友達をつくらないことですよ。異業種交流会には行かない。社長の友達ができると、見栄を張ってしまう。あくまで僕の場合は、ですよ。だから30歳からはほとんど付き合わなくなりました。そうしたら会社も伸びました。
鳥潟:付き合いをやめて浮いた時間を何に使ったのですか。
田中:社員との時間に使います。BtoBの会社の人は仕事につながるかもしれませんが、僕らはBtoCの商売なので、正直あまりメリットがありません。それなら社員と一緒に食事をしたほうがいい。社員のモチベーションが上がって、がんばって仕事をしてくれます。
自意識過剰だった
鳥潟:私はベンチャー時代、リーマンショックで売り上げが落ち込み、人員削減をせざるを得ませんでした。そのときは精神的につらかった。田中さんはどう修羅場を乗り越えてきたのですか。
田中:実際は本よりもっと大変で、もっとしんどかった。今から思えば最初の2年ぐらいはうつ状態だったのか、ふさぎ込んで、死にたくなったことありました。それがあるとき、「自分は自意識過剰だった」と気づいて、すべてが解決したんですよ。
例えば、リストラをしたり事業を失敗したりして、それがどうしてつらいのかと言えば、友達や周りの人に「あいつは失敗した」と言われるとか、ネットでたたかれるのが恥ずかしいから。
現実だけ見たら単純に収入がなくなるだけで、また働けばいい。江戸時代みたいに焼き印を押されたり、馬で引き回されたりするわけじゃないから、失敗が世間に知れ渡るわけじゃない。だけど、みんな気にする。
2ちゃんとかに悪口を書かれると、街ゆく人全員が自分の悪口を言っているような気になります。それは錯覚です。みんな自意識過剰だから、自分を特別な人だと思い、みんなが自分のこと見て、自分のうわさをしていると思う。でも、言うほど誰もお前に興味はないよ、みたいに思えた瞬間があって。それからは吹っ切れて、気にしなくなりましたね。
人に迷惑だけかけないようにして、自分の人生だから好きにやればいいかなって。さんざん自由にやってきて、それは正しかったなと思っています。
鳥潟:田中さんはご自身の考え方をnoteなどに発信されていますね。なぜ始めたのですか。
田中:社員に発信するように、促しているからです。うちは社員もアルバイトもSNSを自由にやっていい。自分で自分の魅力を発信して、その人目当てにお客さんが来てくれるような会社がいい会社だと思う。それに、スタッフもそういう力を身に付けておけば、OWNDAYSが潰れようが転職しようが生きていける。だからどんどん発信して、「OWNDAYSの何とかさんではなくて、あなたがいるからOWNDAYSに来たよと言われるようにならないと駄目だよ」と教育しています。
現時点でSNSをやっている社員は30人ぐらい。全体の10分の1程度ですが、その30人ですごい数を売っています。「ツイッターで仲良くなった何とかさんに会いにメガネを作りに行こう」みたいな感じで、それこそ海外から買いに来ます。ほかにもOWNDAYSの店舗巡礼ツアーをしたり、社員の似顔絵を描いて配ったり、勝手にオリジナルTシャツ作ったり……、いろんなお客さんがいて面白いです。
会社から強制しているわけではなく、自主的に好きでやっているので、効果が出ているのだと思います。30人が始めて、いい流れになるまでに2年かかりました。
そんなふうに社員に言っている手前、社長がやらないわけにいかないので、自分でも発信し始めたというわけです。以前は社員向けにやっていて、一般の人に気づかれると消していましたが、もうそういう時代じゃない。だから本も出すか、となりました。
満たされている中でどう追い込むか
鳥潟:田中さんにとって、どんな会社が理想ですか。
田中:いろいろな目的で働きに来る人がいて、それをできるだけ幅広く受け止められる会社がいい会社、いい組織だと思います。会社には、24時間365日仕事をして、プレッシャーを感じながら倒れるまでやって、給料も人の2倍、3倍稼ぎたいという人もいれば、定時で帰って週2日は休みたい人もいる。その両方が気持ちよく働ける会社がいい。どうしたらそうなれるかと言えば、「そういう会社が理想です」と言い続ければいい。実際にことあるごとに社員にそう言い続けています。
鳥潟:今後、OWNDAYSをどんな会社にしていきたいですか。
田中:今41歳なのですが、とりあえず45歳までに何か結果を出さないといけないと思っています。まずは売り上げや利益やさまざまなもので、日本で一番にならないといけないと思ってやっています。それには競合に勝たないといけない。そこからですね。
鳥潟:勝つために大事なことは何でしょうか。
田中:それが分かっていたら苦労はしない。強いて言えば、できることをちゃんとやること。偉そうに言っていますが、自分も言うほどやっていないので、もっとがんばらなきゃいけません。
ただ、今はすべてが満たされた状態です。お金もある、会社も安定していて今すぐ潰れることはない、優秀な社員がたくさんいて、放っておいても毎年20~30%ぐらいは成長していく。今、社長がやることってない。
頑張り続けることは難しいですね。ここまで来たときに、どう自分を追い込むか。自己顕示欲なのか、志なのか、理想なのか、それとも単純に面白いからやるのか。自分で自分を奮い立たせるのは大変なので、こうして露出しているわけです。メディアに出て、言いまくっていればやらざるを得ないですからね。「こんなこと言っているのに、(やれていないのは)ちょっとかっこ悪いな」みたいな気持ちはありますから。
鳥潟:日本でナンバーワンになったとして、その先の目標は。
田中:メガネチェーンで世界一を目指さないといけない。でも結構ハードルは高い。今、トップの企業で売上高が1兆7000億円ぐらい。売上高2000億円の会社なんて10社程度ある。それと比べたら、うちなんかは本当にまだ中小企業。ようやくプロ野球に入ったかなぐらいの感じ。
鳥潟:メジャーリーグまでいかないと。
田中:メジャーリーグにはまだ結構ありますね。その布石として、5年後ぐらいには日本で1番になりたい。今、シンガポールと台湾ではシェア1位です。そうして徐々に地図を塗り替えていきたいですね。
【参考】
『破天荒フェニックス オンデーズ再生物語』、幻冬舎
田中修治(著)、1728円