『1分で話せ』の著者であり、企業でプレゼン指導をすることも多い伊藤羊一氏が、富士通デザイン株式会社の社員として働く傍ら、グラフィックカタリストとしてグラフィックレコーディングやラクガキワークショップなどを手掛けるタムラカイ氏(以下、タムカイ氏)にインタビュー。言葉ではなく「絵」を使って想いを伝える極意を伺いました。
自分は何者かを探し続けた
伊藤:初めてお会いしたのは、2017年のあるセミナー。僕が登壇していてタムカイさんが後ろでグラフィックレコーディングしていたんですよね。なぜ会社員として働きながらグラレコをするようになったのか、その経緯を教えていただけますか。
タムカイ:芸術をやっていた両親の影響を受け、自然と美術系に進みました。大学ではプロダクトデザインを勉強したものの、卒業が近づいてもやりたいことが特にない。大学院への進学を検討していたのですが、指導教官から経験としてどこか受けてみろと言われ、携帯やコミュニケーションが好きだからという軽いノリで富士通を受けたら採用になり、2003年に入社しました。ちなみに進学を勧めていた指導教官は悔しがってました(笑)
社内コンペに通らなくて苦しんだ時期もありましたが、勉強や研究を重ねて知識もスキルもバランスがとれてきた頃、社内のジョブローテーションの候補に挙がりました。上司に「異動したくない」と言ったら「お前がいなくても会社は回るものだし、本当に嫌なら辞める選択肢もあるぞ」と。
結局辞令は受けましたが、「これまでの仕事はすべて富士通の名前でしていたのであって、会社がなくなったら自分はどうなるのか」という危機感を、そのとき初めて持ちました。
伊藤:このことが、「自分は何者か?」を考える1つのきっかけになったと。
タムカイ:ちょうどその頃、富士通が携帯電話のブロガーマーケティングに力を入れていました。異動先が関連部署だったこともあり、お願いしてその企画会議に参加させてもらいました。もともと人と関わるのが好きなので、会議では積極的にブロガーさんに話しかけ、さらにはもっと仲よくなれるよう自分もブログを始めました。
それから5年ほど経ち、社外では「ブロガー」として認知してもらえるようになったけど、ふと「俺ってブロガーになりたかったんだっけ?」と思い始めました。PVに一喜一憂する日々や、自分の軸はデザインだと思っているのにブロガーになっていくことになんとなく違和感があって。それが全然繋がらないまま、いろんなことに挑戦してみましたが、どれもしっくりこない。
そんなとき、ブログに上げていた絵を見たある友人から「タムカイさんってすごく楽しそうに絵を描きますよね。その楽しいって思う気持ちを体験してみたいです」って言われて。そこで、五反田のコワーキングスペースを借りて、SNSを使って友人を中心に10人ほど参加者を集めてラクガキのワークショップをやりました。それがすごく楽しくて…今に至ります。
伊藤:グラフィックレコーディングというスタイルには、いつ出会ったんですか。
タムカイ:日本にこの言葉が入ってきたのは2009年あたりで、もともとGoogleなどで使われていたらしいです。ブロガーとして呼んでもらったある製品発表会で、メモ代わりに絵を描いていたところ、ある人から「それ、グラフィックレコーディングっていうらしいよ」って言われて知りました。
今のような形でイベントの場で描き始めたのは、個人としては4年前からです。そうしたら会社でも近くの部署の人から「グラレコできる?」と聞かれ、「できますよ」と返したら、「明日、記者会見があるからやってくれる?」と言われて。それがきっかけです。
実は「会社はもういいかな」と思っていた時期もあったのですが、奥田浩美さんの『会社を辞めないという選択』という本を読んだのもあり、「辞めないほうがおもしろいし、自分の人生としても豊かだろうな」と考え、ようやく会社に向き直ったところでした。そのタイミングで会社からそういう仕事がきたんです。
世界の創造性のレベルを1つ上げる
伊藤:ところで、以前タムカイさんに「グラレコのタムカイさん」というラベルを貼ろうとしたら、「違います」と言われました。
タムカイ:2017年にグラレコの活動が増えたことで、「グラレコの人」っていうラベルを貼られ始めました。なんとなく、今はそれをはがし始めています。グラレコの人になるのもな…と。「ラクガキの人」っていうラベルも、もしかするといつかははがしてしまうかもしれない。ただ、最近はラベルも含めて覚えていただけることはうれしいなと思っていますが。
伊藤:貼ってはがしを繰り返していると…。結局タムカイさんは何者なんでしょう?
タムカイ:僕は個人のミッションを、「世界の創造性のレベルを1つ上げる」と置いています。絵を描けないと思っている人がちょっと絵を描くようになったり、自分の人生を思い描いて実現していく第1歩を後押しするために、ラクガキだったり、対話のためのカードつくったり、人前でお話さしてもらったりしています。
そうやって、みんなの創造性が上がれば人生が楽しくなっていくし、誰か一人の力というより、そういう人間がいっぱい集まって、ようやく世界がよくなると思っていて。僕のできることを渡して、世界全体のレベルが薄く全体がちょっと上がればおもしろいなと。
その目的に加え、常に新しいことをしたいと思う性格もあって、「〇〇の人」というラベルを意図的にはがしているのかもしれないですね。
伊藤:もしよければ、ワークショップでやっていることを教えていただけますか。
タムカイ:いいですよ。まず、何の絵を描くと効果的にコミュニケーションできるかということを突き詰めて、「顔」という結論に達しました。表情はメッセージにおけるメタ情報だから。そこで、誰でも一瞬で100個表情を描けるようになるテクニックを思いついたんです。顔の中で表情をつくるために使うパーツは3つしかなくて、口と目と眉。
理論上、口5×目5×眉4で、100個表情が描けるようになります。これに「エモグラフィ」という名前を付けました。たとえば、これらを組み合わせで顔を描くと、「やる気」になるけど、1個パーツ変えると「怒り」、もう1個変えると、「まじかよ」になる。これを使って、自分の内面を掘り下げていきます。
一般的に「あなたにとって働くってどういうことですか?」と問われる場面では、やりがいや給料、残業といったことを書き出して数値化しますよね。ここで出てくるものって、顕在化されたもので、全然わくわくしません。
ところが、エモグラフィを使ってそこに表情を足すと、「俺ってなんだっけ?」って感情方向から思考が回る。働くうえでこれが許せないんだな、だけどこれが嬉しいんだよね、と。これを「エモーションマップ」と呼んでいて、価値観の根本が見えるのでセルフマネジメントやチームビルディングなどに活用しています。
伊藤:言葉にしちゃうと、誰にとっても同じ「やりがい」になるけど、絵にすると「やりがいもいろいろだよね」って広がりが出てくるわけだ。
主観を持って神の視点で見る
伊藤:こういうツールを使って人とコミュニケーションをとる際、何を軸にしていますか。
タムカイ:あるとき、大親友が「英語は神の視点の言葉」だと教えてくれたんです。神が見ているから、話をするときは「I talk to you」。私がいてあなたがいるとなる。絵を描くときは、構造上は自分を上から見ている状況になるので、神の視点と同じなんです。つまり言語の構造としてメタ認知ができる、と。
一方、「日本語は虫の視点の言葉」でハイコンテクストだから、「仕事行きました?」「行ったよ」で、何の話をしているか分かる。ただし、全体像が見えないことが多い。その意味で、コミュニケーションをとるときの軸は、コンテクストの中にいる自分と上から俯瞰している自分を同時に持つようにしています。
伊藤:つまり、メタ化しているから、イベントのまとめができるんですね。
タムカイ:聞きながら自分のなかでずっと対話をしています。客観的に見るとこうなんだけどかみ砕けていないようなことを、かみ砕く役になっています。グラフィックレコーディングには必ず描いている人間の主観が入ります。だけど、その主観がものすごく自分寄りなのか、全員にとっての主観なのか、そういう点は気にしています。
伊藤:何かをメタ化するときも、主観は必要であると。主観の比率はどのくらいですか?
タムカイ:分けている感じはなくて…。例えるなら主観を持った神みたいな位置ですかね。羊一さんの場合はどうですか?
伊藤:自分がスピーカーとして話すときは、主観を明確に持って、ときどき客観の自分になるんです。80%ぐらい主観で、その局面においては主観が100%。残りの20%は、あえて主観と客観を分けている。やっぱり主観ゼロだと、単にファシリテーターとして回しているだけみたいな感じになっちゃう。
一方で、話を聞くときに明確に意識しているのが、まずはピラミッドストラクチャーで理解すること。そうすると、なんかもやもやするところが出てくるので、そこに突っこんでく。そして、その下に具体例として何があるかなと、三段階で理解する。左脳で理解したけどなんとなく違和感みたいなのが出るから、そこを右脳で理解しようとする、と。
タムカイ:僕は、「左脳を2倍回して右脳的なことをやっている」ってよく言っています。「絵を描く=右脳」とよく言われるんですけど、実は違うんじゃないかと思っていて。特に僕が描く内容は言語を書いているのと同じだとすると、左脳側ですよね。因果関係を見ていくうちに、「なんか違和感があるな」「本心じゃないでしょ」みたいなことを、虫の知らせみたいに感じる。そちらは右脳的というか、経験を重ねるうちに、いくつかの違和感を抱くアンテナができ上がってきた感じです。
学び合いの繋がりを作りたい
伊藤:今、チャレンジしているものがあれば、教えていただけますか。
タムカイ:大企業の人間で、会社とは別にサードプレイスをつくって、そこに目的としての仕事を突っ込むとどうなるか、試してみたんです。「グラフィックカタリスト・ビオトープ」と名付けて、やりたい人を募って。羊一さんに初めて出会った時がまさにこのチームで活動している時でした。
いわば実験場なので、例えばメンバーの1人が「ティール組織に興味があるけど自社で実現するのは難しい」と言ったので、ここで試してみたり。そうしたら、全員が会社の仕事もちゃんとする、モチベーションが上がる、人との繋がりも増えるっていう、いい形ができたんです。
もう1つ、最近「デザイン思考」っていう言葉自体が目的化していることに、課題意識を持っています。本当に大事なのは個人の信念じゃないかと。信念がある人はいろんなものを学びにするし、普通だったらないものをかけ算して新しいものをつくったりします。これこそがデザインの本質だと思っているので。このデザインっていう言葉を再定義しつつ、「まなびのビオトープ」をつくろうと。
まずは、「あなたの信念ってなんですか」を、エモグラフィなど僕が今までやってきたことを使って考える。そして自分がやる仕事や置かれた場所で信念のもと、新しい結語をつくっていけるような人をつくる繋がりをつくりたくて。端的にいうと、Yahoo!アカデミアみたいなものを勝手につくりたいんです。
伊藤:それは単にコミュニティで集うだけじゃなくて、未来をつくっていくっていう話ですよね。こういう感覚も同じだな。
タムカイ:こうやって自分のなかのものを明確にしていくことによって、まさに世界の創造性のレベルが1つ上がると思うんです。そういうことを提案していきたいですね。
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