過日、「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイ(10月よりZOZOに社名変更)の前澤友作社長がスペースX社と契約し、2023年に世界初の「月旅行客」となることが発表されました。
ちなみに、スペースXは最近何かと話題のテスラの創業者イーロン・マスク氏(参考:テスラの株式非公開化案が残した禍根とは)がテスラに先立って2002年に創業した宇宙ベンチャー企業です。当初のビジョンは火星植民地化計画を実現すべく、宇宙での移動を低コストにするというものでした。今回の月旅行計画はそれに向けたマイルストーンと言えそうです。
ちなみに、「火星植民地化を実現する」のような、一見荒唐無稽にも見える、難しいものの実現した暁には社会に大きなインパクトを与えるビジョン、目標のことをビジネスでは「ムーンショット」と言います。
語源はケネディ米大統領が1961年に打ち出したアポロ計画、すなわち60年代中に人類を月に送り帰還させる計画に由来します。アポロ計画では、250億ドル(当時の為替レートで9兆円)の予算と、数十万人単位の科学者の頭脳が投じられました。この計画は実際に成功し、1969年に人類は初めて月面に降り立ったのです。また、このプロジェクトを通じて、さまざまな科学的発見が行われ、先端技術の商業的利用も進みました。さらに、米ソ冷戦時代にあって、国の威信(さらには人類の可能性)を見せつけ、宇宙競争でソ連に負け続きだった国民に自信を与える効果ももたらしました。先のスペースXの民間月旅行も、マイルストーンとは言え、民間資金で行うとなると十分にムーンショットと言えそうです。
ビジネスにおける他の例としては、グーグルの「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」という使命が挙げられるでしょう。非常に遠い目標である気もしますが、グーグルはこのミッションの下、世界中から多くの優秀な頭脳を引きつけ、社会にインパクトを与え続けています。良きムーンショットは、仮に最終ゴールにまで至らなくても、その過程で多大なインパクトを与えるものとも言えるでしょう。
ここで多くの人が疑問に思われるのは、「単なるホラ話や夢想と、ムーンショットを分けるものは何か?」といったことではないでしょうか。その境界は何かと言われれば、結局は実現可能性ということになります。0.1%でも可能性があり、それに向けて情熱を傾け続けられるリーダーが存在することと、そのビジョン実現に向けた適切な戦略・実行計画がある程度は描けることなどが必要です。くじけないマインドを持ちつつも失敗から謙虚に学ぶ姿勢も大事です。そうした典型的差異を図に示しました。
夢は壮大だったものの、計画や実行面が杜撰だった典型例がかつての中国の「大躍進」政策です。これは数年間で工業や農業分野における数値をアメリカに次ぐ世界第2位の水準まで引き上げるという政策で、60年前の1958年からスタートしました。しかし、その実行計画が全く杜撰であり、達成目標の現実的な根拠も全くありませんでしたから、国は大混乱に陥りました。一説にはこの無理な計画によって4000万人程度の餓死者が出たとも言われています。農具の鋤や鍬を溶かして工業用の高品質の鉄を作ろうとしたのですから、それも当然です。杜撰どころではなく自殺行為的ともいえる方法論をとらざるを得ないようではムーンショットとは言えません。
ビジネスでは、「ピザを日本人の主食にしたい」「ライバルはマクドナルドと言えるようにしたい」などと語っていた、ピザショップ「NAPOLI」等の運営会社、遠藤商事の例などがあります。ビジョンは競争の激しい飲食業界にあって壮大だったのですが、急激な出店計画に資金繰りや社員教育が追い付かず、顧客離れもあって、あっという間に倒産に追い込まれてしまいました。日本の食生活に大きなインパクトを与えることもほとんどありませんでした。結局は実行計画やその方法論に無理があったのです。
いまさら語るまでもなく、良いビジョンは人々を鼓舞し、経営資源を引き寄せ、その成長過程で社会に様々な影響をもたらします。そのビジョンが本当にムーンショットなのか、それとも夢想・絵空事にすぎないのか、先の図なども参考に検討してみると面白いでしょう。たとえば下記に示した目標がムーンショットかどうか是非考えてみてください(実現時期にもよりますが、おおよそ20年後を考えてみてください)。
・空飛ぶ車を作る
・マラリアを絶滅する
・通信代を100分の1にする