『1分で話せ』の著者であり、企業でプレゼン指導をすることも多い伊藤羊一氏が、マイクロソフト社の公式イベントでプレゼンターとして7年連続1位を獲得し、『マイクロソフト伝説マネジャーの 世界№1プレゼン術』の著者でもある澤円氏にインタビュー。プレゼンで聞き手をハッピーにし、動かすための極意について伺いました。
伊藤:「プレゼンテーションで人をハッピーにする」から澤さんの本は始まっています。最初からそんなふうに考えていました?
澤:僕のキャリアはエンジニアからスタートしたんですが、文系出身なのですごく苦労しました。社会人になった92年は1人1台パソコンがない時代でしたが、95年にWindows95が発売され、パソコンをみんな使うようになった。つまり、パソコンに振り回される人が増えたんです。そんななか、僕が先行して失敗をして、その失敗談を共有することで、その人たちがハッピーになる手ごたえを感じたんです。その頃から「人をハッピーにする」ことを意識し始めました。
伊藤:その後、マイクロソフト社へ転職し、さらに2006年にビル・ゲイツが卓越した業績を上げた社員にのみ授与するChairman’s Awardをとられた。賞はどんな意味を持ちましたか?
澤:もちろんすごい成功体験だったんですけど、それ以上に感じたのが「ひと区切り」ということ。自分自身の成功にフォーカスするんじゃなくて、他者に対してもっと貢献していかなきゃと思うきっかけになった。それまでは、自分自身を高めることに必死になっていたけど、認めていただいたことでちょっと気持ちに余裕ができたんです。ちょうどその時期に、キャリアチェンジして部下がいる状態、People Managerになりました。
伊藤:そこから言語化が始まった?
澤:その前にちょっとしたきっかけがありました。僕が平社員のときの本部長だった人が、「あなたがやっていることは全部言語化したほうが良い」って言ってくれたんです。Webコンテンツが一般的じゃない時代だったので、まずはPowerPointにしておくとか、ちょっとしたメモ書きにしておくようにしたら、再現がすごくしやすくなったんです。そのときから徐々にコンテンツ化が習慣になりました。
伊藤:コンテンツ化することで、ご自身の考えの整理にもなるし、再現性も利くし、さらに自分のコンテンツがしっかりしていれば、どんどん浸透していくと。
澤:『1分で話せ』にも書いてありましたが、要素を短い時間でパッと伝えられるようにしておけば、2次感染、3次感染しやすくなるんです。口コミでどんどん広がっていくし、行動にも直結する。コンテンツ化は抽出作業なので、抽出をしていって純度の高いものを渡していくと、それはどんどん伝播しやすくなります。
時間×空間を意識する
澤:マイクロソフトではイベントを定期的にやっていて、僕は数十人から数百人の人たちの前でプレゼンテーションをする機会が構造化された状態で提供される、ものすごく恵まれた環境にいます。それを大いに活用しているわけですが、その機会は百数十人に同時に提供されているにもかかわらず、活かさない人もいます。
伊藤:「機会を活かす」とは。
澤:少なくとも、話すことを目的にしないことです。「目の前で人が喜んでいる空間を作るんだ」っていうモチベーションでその場に臨まなきゃいけない。そうすると楽しいし、スライドにこだわらなくても良くなってくるんです。だけど、ほとんどの人は仕事としてやっていて、「楽しむものではない」っていうスイッチが多分どっかに入ってしまうんだと思います。
最近、働き方改革のくだりで「無駄な会議をなくそう」ってよく言われますよね。でも、その前に理解しなきゃいけないのが、「時間と空間を共有するのはものすごく貴重な機会」ということ。時間と空間は絶対に変化させられないパラメーターで、それを無駄にするのは重罪だと。
プレゼンに置き換えると、何十分間か自分の話だけを聞くために聞き手の時間と空間を使う、その権利を与えられているってどれだけ幸せなんだと。まずその時点で成功者なんです。そのうえで、贈り物を贈り続ける何十分間かをやればよいと考えれば、その喜びの中でプレゼンテーションができると思うんです。
伊藤:僕もソフトバンクアカデミア(孫正義氏の後継者を発掘する虎の穴)でプレゼンをする際、「孫さんの時間を5分間奪っている」ということに気付いて。だから事前に準備しまくりました。それ以降、あらゆるプレゼンの場もグロービスのクラスで講義する場も全く同じ気持ちで準備をしています。
澤:自分の人生にはまず自分の時間軸があって、自分の存在している空間があるわけです。この組み合わせが人生なので、いかにしてハッピーな状態を多くとるか、考えなきゃいけない。「自分の身をどこに置くのか」が、自分の人生を幸せにするために非常に大事なポイントになってくる。
伊藤:プレゼンをするときも、その意識を持てれば、立ったときの第一声をどうするかとか、右手どうするかとか、間をどうするかとか、全部変わっていきますよね。
澤:プレゼンを目的にするんじゃないんですよね。聞いている人たちを限られた時間の中でいかにハッピーにするかを考えれば、エラーを減らさなきゃとなるし、立ち居振る舞いや、一言目の声とかトーン、すべて油断ができなくなってくるんですよね。
体験だけが人を動かす
伊藤:プレゼンで人を動かすために意識していることはありますか。
澤:体験を語ることを意識しています。自分の体験を共有できる体験に持っていけるかどうか。実際は、共有できる体験と、共有できないだろうから仮想的にそれを共有させるためのプレゼンテーションの2つあると思います。「あるでしょ?」「うん、あるある」っていう体験と、あり得ないことを「こういうことがあるんですよ」「それすごいですね」っていう体験。
宇宙飛行士は後者のパターンで、自分の体験を分かりやすく疑似体験できるように説明をしていくでしょう。彼らが知っているであろう「こういう風景」と紐付けて「実は裏側はこうなんですよ」っていう話で説明をすると、「ああ、そういうことか」ってなる。
例えば、40代以上だったら「『ゼロ・グラビティ』観た人、どれくらいいます?」から始まっていくわけです。「あのシーン、我々からするとこういうことなんです」っていう話をすると、「ああ、そうなんだ」となる。映画を通じて、聞き手が体験していることに対して自分の体験を紐付けると。共有できる体験を作っていくことが、人がアクションをとることにつながる。そこにどうやって紐付けていくか。
伊藤:なぜ体験をイメージするとよいのでしょう。
澤:僕が話をしたことによって相手が何かしら知識を得て、それを行動に移したら上手く動いてハッピーになる。そうしたら、それは自分自身の体験になります。つまり、体験を抽象化して説明をすることが、再利用可能な体験の種になってくると。
もちろん、まだしたことがない体験を想像させるのも大事です。僕がよくプレゼンの講習で引き合いに出すのは、マーティン・ルーサー・キング牧師の“I Have a Dream”の話。あの中に誰も体験したことがないストーリーを入れているんですね。白人と黒人の子どもが同じテーブルに着いて食事をしているとか、誰も体験してないんだけど、でも、「これってみんなハッピーじゃない?」って話したからこそ、響いたんですよね。
体験を抜いたら、退屈な説明しか残らない。取扱説明書の朗読になっちゃう。わざわざ時間と空間を共有してまでやる必要は全然ないんですよね。例えば家電製品のデモンストレーションは、「これを家に持って帰るとこの体験が家でできるんですよ」というのを疑似体験させるためにやっているわけです。だから、常に口酸っぱく「体験だけが人を動かす」って言い続けているんです。それがストーリーの中で大事だって。
伊藤:何か事例があれば教えていただけますか。
澤:以前、Forbesの企画で1週間マクラーレンを借りたことがあるんです。「ビジネスパーソンでも手が届くような廉価版を出しました」とのことでしたが、なんと2,700万円(笑)。ですが、「仮に僕がこれを買うとしたら、どうやったら買うかな」って思ってプレゼンを考えたわけですよね。
よくあるパターンがスペックの説明。ファクトだから伝えたほうが良いかもしれない、例えば車庫に入るかとかも気になるだろうし。だけど、これじゃ買わないわけです。スペックを説明することの一番のリスクは何かというと、「この場にない競合が勝手に相手の脳内に現れる」こと。「これってフェラーリのあの型とどっちが速いんですか?」っていうのがパッと出てきちゃうんです。
そこで、僕はこう考えました。実際運転してみてビックリしたのが、40km走行が超楽しいんですよ。街中を40kmで走って、信号が青になって左折をするっていう、これが全然違う。普通、ちょっと揺れたり、ハンドルがもたついたりしますが、ピターって、ずっと道路に張り付いているようなスムーズさなんですね。後ろのほうでは、40kmといえどもずっと荒々しいエンジンのサウンドが聞こえ続けていて。ガッと踏んだら200kmまでビューンと上がるような可能性をずっと感じながら40kmで走れるわけです……と言われると、「ちょっと乗ってみようかな」って思いません?
伊藤:確実になりましたよ。
澤:試乗したら絶対欲しくなるんですよ、これ。そうすると、「ちょっとローンの話聞かせてくれる?」って顧客が言い出すかもしれない。だから、やっぱり体験っていうのはすごく大事だなと。まず、既にしているであろう体験で取っかかりを作っていって、脳内の仮想体験がしやすいようなキーワードを提供する。そうすると何かワクワクしてくるわけですよね、「お~、俺もちょっとそれやってみたい」って。
【参考書籍】