『自問力のリーダーシップ』から「再生のマネジメント」を紹介します。
日本航空再建などの成功案件も出てきたこともあり、近年、身近になってきた企業再生ですが、やはりそのマネジメントは簡単ではありません。筆者の知人にもファンドの立場でかかわっている人間が多くいますが、最初は現場の人間から「何をされるんだ」と警戒されることがほとんどだといいます。そして実際、ほとんどの再生案件ではリストラなどの痛みが伴うことが多いものです。痛みをゼロにすることは通常は非常に困難なものです。だからこそ、人の痛みには敏感になり、同時に残った人々を鼓舞する高度な「情と理」のマネジメント、コミュニケーションが必要になるのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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再生のマネジメント
近年、いわゆる企業再生、事業再生が非常に注目を集めています。プライベート・エクイティ(PE)、投資ファンドから派遣されて再生を請け負う「企業再生人」も注目を浴びています。では、こうした再生は通常のマネジメントと何か異なるのでしょうか。
第一の特徴は、時間軸です。通常のマネジメントでは、比較的長い時間的余裕があるのに対し、再生の場合、許された時間は通常あまり多くありません。投資ファンドが扱う再生案件などでは、たとえば2年で累損を一掃し、5年で企業価値を○○億円に高めるなど、かなり高いハードルが課せられるのが一般的です。そのため、資産や費用を圧縮しながら、同時に売上も上げるという、いわば「ブレーキとアクセルを同時に踏む」という難しい舵取りが必要とされます(なお、再生ファンドによっては、資産の切り貼りと費用削減という縮小均衡の方向にのみ取り組むところもありますが、ここではそれは除いて考えます)。
第二の特徴は、経営資源の不足です。再生は、いわゆるリストラを伴うことが少なくありません。ヒト、モノ、情報などの経営資源が絞り込まれていくなかで、高いパフォーマンスを残さなければなりません。
こうした条件下で結果を求められるということは、必然的に、通常の何倍も厳しいマネジメントが求められることになります。では、そのために何を意識すべきでしょうか。
■事業を絞り込む
まず、アクセルとブレーキを同時に踏み込めるよう、ある程度、大胆に事業をスリム化する必要があります。多くの再生の現場では、往々にして、切るべき事業を切れないなどの無駄があります。まずはここに手をつけることになります。
しかし、事業のスリム化は、ほとんどの場合、人員の合理化という名のリストラを伴います。誰を切るのか、どのように切るのか――さまざまな関係者は固唾をのんで見守っています。ここを間違えると、リストラされた人間は当然不満を持ちますし、残った人間もモチベーションが上がりません。リストラされる人間、残る人間の双方が、あるレベル以上の納得感を得られることが不可欠です。そのカギは、ここでもコミュニケーションにあります。
こうしたケースにおいて、人は合理的説明だけでは動きません。人間の感情や心理を深く理解したうえで、コミュニケーションにエネルギーを費やす必要があります。
EQの提唱者でもあるダニエル・ゴールマンは、著書『EQリーダーシップ』の中で以下のような事例を紹介しています。
――BBCの報道部門閉鎖――
翌日、別の役員が同じスタッフを訪ね、前日の役員とはまったく違う態度で話をした。この役員は、ジャーナリズムが活気あふれる社会を作るために重要な役割をはたしていること、皆が使命感に燃えてこの仕事に飛びこんできたことを、心をこめて語りかけた。そして、ジャーナリズムの世界に飛びこむ者に金目当ての人間はいない、と指摘した。ジャーナリズムは金銭面では報われない職種だ、ジャーナリストの雇用はいつも経済の波に翻弄されてきた、ジャーナリストとして仕事にかけてきた情熱や献身を忘れないでほしい、と語りかけた。そして最後に、今後のみなさんの健闘を祈る、と締めくくった。
この役員のスピーチが終わったとき、スタッフのあいだから拍手と歓声が上がった。
(ダニエル・ゴールマンほか著『EQリーダーシップ』日本経済新聞出版社、P16)
■原因を正しく見極める
再生案件は、時間との勝負です。あらゆる問題解決手段を手当たりしだいに試しているようでは、時間も資源も足りなくなってしまいますし、効率的ではありません。
事業が停滞している根源的な原因について、仮説検証をスピーディに進めながら、早い段階で原因を突き止め、意識やリソースを集中する必要があります。
■インサイダーとなる
再生案件では、リーダーをはじめとする経営チームが、本気を示して「インサイダー」になると同時に、社員をモチベートし続ける必要があります。インサイダーになるとは、まさに同じ船に乗る覚悟を決めることです。同じ痛みや喜びをシェアできない人間のために働こうとする人間は少ないからです。
そのためには、まず現場の人間とのコミュニケーションの質量を向上させる必要があります。自分の考え方を説明するだけではなく、彼らの考えを丁寧に聞くことも重要です。
また、彼らからの信頼、信用を得るために、早い段階で何かしらの結果を出すことも効果的です。たとえば、パレート分析(2割の上位顧客が8割の売上高をもたらすといった法則)を用いた問題顧客の洗い出しや不採算製品の洗い出しなどは、誰の目にもわかりやすい取り組みと言えましょう。
あるいは、顧客ヒアリングによって、これまで見えなかった(見ようとしなかった)問題を指摘し、即効性のある対応をとる場合もあります。再生ビジネスではこれを「Low Hanging Fruits」(すぐ手にできる果実・成果)という言い方をします。
結果を出しやすい領域でしっかり結果を出すことで、「彼/彼女はわかっているようだ」と現場の人間の信頼、信用を獲得し、インサイダーとなっていくのです。
■自信を持たせる
最も重要なのは、従業員のスキルとやる気を高めることです。特にやる気は重要です。コミュニケーションだけでやる気は高まりませんので、まずはしっかり結果を出してもらうように支援することです。最初はどんな小さな成功でもかまいません。スモール・サクセスを積んでいくうちに、自信が増し、スキルも伴ってくるものです。
このとき、成功を狭いコミュニティの中だけでなく、大きな範囲で共有しておくと、組織全体の学びや自信向上にもつながるので効果的です。一過性で単発の取り組みではなく、組織全体のムーブメントや運動論につなげていくとよいでしょう。
(本項担当執筆者:鎌田英治 グロービス経営大学院教員)
『自問力のリーダーシップ』
鎌田英治(著)、ダイヤモンド社
1,728円