『1分で話せ』の著者であり、企業でプレゼン指導をすることも多い伊藤羊一氏が、元NHKアナウンサーで、『心に届く話し方』の著者でもある松本和也氏にインタビュー。どう話せば相手に自分の思いが伝わるのか、伺いました。
主観で話すか、客観で話すか
伊藤:2年前、NHKを辞めて独立されました。今はどんな仕事をしているんですか。
松本:ビジネスパーソンに話し方を教えています。社長やエグゼクティブ向けに、記者会見やプレスカンファレンスのしゃべりを徹底的に見るのが1つ。しゃべって人を動かすディーラーさんなど向けに、マンツーマンや小規模グループレッスンが1つ。あとは講演です。また、青二プロダクションに所属してナレーションの仕事もしています。
話し方に対する皆さんのイメージは、非常にバラバラ。「アナウンサーが教えます」と言うと、発音、発声、滑舌からやると思われている方が99%ということに驚きました。
伊藤:「どうすれば伝わるんだろう」と考えたときに初めて、発音より大事なことがあると気付くのでしょうね。
松本:伝わるためのパラメーターは、細かく分かれているんです。その優先順位がわからないまま、元アナウンサーなら「発音、発声、滑舌が大事」、経営コンサル系なら「論理展開とスライドが大事」って言う。いや、全部大事なんです。
伊藤:僕は自分が話すときに、顔の表情はどうか、言葉はラフで行くのか、空気はどうか、みたいな「他人の目」が気になる。一方で、主観の自分がないと「伊藤さんっぽくないね」となる。だから7~8割は素の自分を出し、2~3割はメタで見る。この主観とメタを同居させるのは難しいから、主観で走って、メタに行って、また主観に戻ることをかなり意識しています。
松本:そこはスタイルですよね。僕は職業病で、自分がどう思うかよりも「その場において自分は何をすべきか」が優先。ゲストが輝くために、自分は知っているけれどボケるべきか。あるいは、お客さんがついてきてないなら「今おっしゃっていた話は、こういうことで、結果はこうで、背景はこう。これでいいですか?」って1回整理する。客観>主観で、ほぼ主観が前に出てくることがない。
「読む」ではなく「話す」
伊藤: アナウンサー時代は「英語でしゃべらナイト」や「紅白歌合戦」の総合司会もされていました。そこで得たスキルの中で、ビジネスパーソンにも必要なものはありますか。
松本:たくさんあります。皆さん、アナウンサーはプロフェッショナルと思われていますよね。ですが、あれは非常に細かいティップスを何年にもわたって積み上げてきた結果なんです。それが1つの大きな塊になって、アナウンサーのスキルとして出ている。
例えば、人前に出たときに何を話すか。羊一さんは「場に入ったらみんなとなるべく話す」と本に書いていました。あれはアナウンサーもやります。ニュースや決まった原稿をやる人は別にやらなくていい。でも、僕のように現場に出て自分でその場に最も適した言葉を紡いでいく仕事をやっていた人間にとっては、場こそが番組なので。そのためには、一人ひとり、フロアディレクターの一番若い人にまで「よろしくね」と声を掛ける。
伊藤:何が起きるかわからない中で、場づくりをいかにするかが重要であると。
松本:あるいは、文字を読み上げるのではなく自分の言葉としてしゃべる。下手なアナウンサーは、「今日、シンガポールで米朝首脳会談が行われる予定です」って同じスピードや言葉の強さで言っちゃう。それだと読みあげるだけになって伝わってこない。だけど、強弱や間を適切に入れると途端にその人が語っているようになって説得力が増す。一定ではないゆらぎのようなものを入れると、しゃべっているように聞こえるんです。
伊藤:それは、どうすればできるようになりますか?
松本:「この薬があなたの人生を変えます」というプレゼンを製薬会社の社長がするとします。「この薬が」って言ったあと、あえて黙る。するとお客さんが「何?」と思う。その思いを感じてからおもむろに「あなたの人生を」と言う。そしてまた少し黙る。お客さんは再び「で、どうするの?」と思う。その思いを受けて最後に「変えます」と言うのです。話し手と聞き手の間でこんなコール・アンド・レスポンスが生まれたら、変わりますよ。
僕はここに裏切りも入れます。3万人いる会場で、あえて1人に話しかけるような調子で話すと、これがまた効くんです。たとえば、紅白歌合戦の前説で「皆さんこんにちは!紅白歌合戦いよいよ始まります!」と一気にテンションを上げてから、「それにしても皆さん、ここにいられるってすごいですよね」、とあえてつぶやくように話すんです。すると、お客さんはひきつけられる。
そういう意外性が効果的なんです。「いい話が続いているな」「相手が圧倒されてきているな」と思ったら、「とはいってもね」ってちょっと緩めてあげるのは必要な裏切り。
伊藤:松本さんはメタが中心だから上から見て悪魔的になる。僕は主観がメインだから、「今日皆さんいらしたのはね」って言ったときの「いらした」っていう言葉に、その人たちの期待などを思い浮かべてエネルギーを込めている。主観であれ客観であれ、お客さんとのインタラクションを意識するっていうことですよね。
松本:僕、自分の思いがものすごく強い人間なんです。自分の思いを全面に出すか引くかは、それぞれのスタイルだと思っています。
伊藤:僕も、自分が講演するときとファシリテーションやるときは全然違う。そこはケース・バイ・ケースで変える。大事なのは、場の空気や来ている人たちのことを思いながら、読むんじゃなくて話したり語ること。
松本:うまく話すとか雑談がうまくなるといった本はたくさんありますが、それは自分をよく見せるためのもの。「相手が気持ちよかったら自分がよく見える」っていうことを、伝えていきたいですね。
プレゼンはコミュニケーション
伊藤:あまり場数を踏んでない方に、こうしたスキルをどう伝えているのですか。
松本:スーパープレゼンターを富士山の頂上に例えるなら、別に全員が頂上に上がる必要はないと思うんです。別に3合目でもいい。自分が伝えたいことを今の力で精一杯話すことを目標にしてほしいです。
まず、「うまくしゃべろう」「間違わずにしゃべろう」はなしとクライアントにはお伝えしています。次に「いろいろおっしゃりたいこともあるでしょうが、その中で一番言いたいことは何ですか」と聞く。「一番言いたいことさえ伝わればいい」と思うだけで、その方のプレゼンの説得力は確実に上がります。
伊藤:プレゼンは一方通行で話すものだと思っていて、コミュニケーションだということを意識していない人が多いですよね。
松本:もっと言うと、本人は「皆さん、こ、こ、こんにちは」ってなったらダメだと思っているけど、言葉が詰まろうが汗かこうがいい。むしろ、必死なほうがいい。それを恥ずかしがらないことです。表面を取り繕おう、自分ではないものになろうとするのはダメ。
羊一さんはプレゼンの前にすごく練習するって本に書いていました。「私、緊張するんです」って言っている人に、「練習しました?」って聞くと、大体していないんですね。原稿は完璧だけど、しゃべってみると全然しゃべれないとか、聞いていてわからないことはよくある。それは録音、録画していないから。原稿とスライドをつくったあとに、しゃべってみてどうか検討する作業を入れるだけでも十分うまくなると思うんです。
伊藤:あと、いつも意識しているのが、締めを考えておくこと。8割9割へっぽこだったとしても、締めのキーワードを持っておけば楽にしゃべれる。松本さんの本にも書いてありましたね。
松本:例えば送別会とか結婚式のスピーチで、「こいつは優しいやつです。絶対いい家庭がつくれます。おめでとう」っていう、この3つでスピーチは終われるっていう言葉を最後に置いておけば、なんとでもなる。プレゼンも同じです。
伊藤:「ご清聴ありがとうございました」なんて、いらないですよね。それだとメッセージじゃないから、その時間がムダ。「あなたと一緒にやりたいんだ、ありがとうございました」みたいな感じで言ったら、「あっ」てなるわけですよね。
相手に情景を浮かべてもらう
伊藤:ところで、「エピソードは理屈じゃない」と本に書いていました。理屈は左脳であり、右脳で情景を思い浮かべてもらわないと感動は生まれない、ということですよね。
松本:結論があって、根拠があって、具体例がある。この具体例をどれだけ相手の頭に浮かばせられるか、が勝負です。しかも、時系列で、実況のような形で絵が浮かばないと感動できない。
例えば、鶴瓶さんの「鶴瓶噺」。あるいは松本人志さんの「すべらない話」。2人のすごいところは、その場で行われた会話まで再現する。情景描写がある。それが全て短い言葉で入る。短いっていうのが大事なんですよ。
「昨日私、麹町の駅に行ってカレー屋さんに入ったんですけれど」はダメ。「昨日のお昼、麹町行きました。入ったのはカレー屋さん。入ったら、お客さんいっぱい、50人くらいかな。前に席が空いていた。座った。目の前に美人。赤い服の」。こういうふうにいくと、どんどん浮かぶ。野球実況の順番をイメージするといいです。
伊藤:情景をたんたんと短い言葉で置いていくと、だんだんイメージ湧くという。
松本:イメージが湧いたところで、「その赤い服の女の人が僕に向かってこう言ったんですよ。『どちらから?』。え?なんでどちらからって言うのかなと思ったんですよ」って。そこで自分の気持ちや相手の言葉が出てくる。「そのとき思いました。やっぱり服装って大事だなって。すごく寒い日にランニングシャツ着ていたんです、私」っていうオチがくる。そうして、「これくらい見た目は大事っていうことです」って、具体例に戻る。
こういう情景描写やそのテーマに対するオチまで設計する。そのためには、いっぱい試行錯誤すること。滑ったとしても、「なんで滑ったか」を毎回振り返っていれば、できるようになります。
相手がどう思うかを考える
伊藤:聞けば聞くほど、目指すべきところは同じだと感じます。それは、結局コミュニケーションだから。そうやったらみんな仲良くなれるっていう前提に立っているからなんでしょうね。
松本:たとえ仲良くなれなくても、互いに理解しあおうとする。そのためのティップスを具体的に提示するのが僕の仕事かなと思っています。もしそれがいろんな人と共有できたら、もっとコミュニケーションは前向きなものになると思います。
伊藤:僕もコミュニケーションがより円滑に進むと、戦争もなくなるし、いさかいもなくなると思って本を書いたり活動をしています。自分の行動のモチベーションはそこにある。松本さんのゴールもそういうところ?
松本:この本を書くときに、なんでここまで「人の思うことをちゃんと考えながらしゃべりましょう」って言っているのか考えたんです。
実は僕、小学生のとき浮いていたんです。学級委員をしていたので、みんなの意見を聞いてお楽しみ方でやることを決めたのに、翌日になって「やっぱり違うのがいい」って言う生徒がいて。先生が「もう1回話し合おう」って言ったことに納得ができなかった。
なぜこんなことが起きたか。他の人と違う意見でも恥ずかしがらずに言っていい。そして、自分が「イエス」って言ったら責任を持たなければいけない。そんな共通理解がなかったからだと思うんです。
伝えられない人がいたら、こちらから聞いてあげようよとか、どう伝えるべきか、どう受け止めるべきか。人の思うことを考えながら話す。その大切さを伝えたい。そんな思いで書きました。
ネットにあふれているトゲトゲした言葉のやりとりも、相手がどう思うか考えたら普通は書けない。そういうことが減ればいいなと思います。
伊藤:そうやって考えてみると、『心に届く話し方』も『1分で話せ』も、話すっていうことをテーマにしていますが、結局人と人はどうやって付き合うかに尽きますよね。
【まとめ】
・主観で話すか、客観的な目を大事にしつつ話すか、は状況、スタイル次第
・「読む」と「話す」は違う。相手をうごかすために、「話す」
・プレゼンはコミュニケーション。うまく話す、ではなくて「伝わっているか」
・締めのキーワードを用意しておく。それで安心できる
・相手に情景を浮かべてもらうエピソードを語り、相手にイメージしてもらう
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