グロービス経営大学院 英語MBAプログラムの教員・Darren Menabneyが、デザイン思考やクリエイティブリーダーシップが学べるオンライン学習プラットフォーム・IDEO Uの経営陣にインタビュー。デザイン思考が社内起業にどう役立つか話を伺いました。英語版の記事はこちら。
IDEO Uとは?
「デザイン思考」と聞くと、その言葉を普及させたデザインコンサルティング会社・IDEOを思い浮かべる方がいるかもしれません。そのグローバルなデザイン会社は、40年の歴史の中でアップル社のマウスのデザインからペルーでの新しい学校システムの構築まで、企業が製品、サービス、ブランド、システムに利用者を基軸としたデザインを適用することを支援してきました。
2015年の11月以来、私は個人やチームの学習者にオンラインコースを提供する、同社の学習プラットフォーム・IDEO Uに関わってきました。当初は私自身が学習者でしたが、後に同窓生のコーチとして招かれ、IDEO Uでの体験をより良いものにするために学生をサポートしてきました。IDEO Uの学習者は非常に多様です。日本を含む世界中から多くの人が各コースに参加しています。
これまで数万人にサービスを提供してきたこのプラットフォームは、4年前までは単なるアイデアでしかありませんでした。IDEO Uの設立ストーリーは、「社内で新たなベンチャー企業を立ち上げるにはどうすればよいか」という問いに対する示唆に富んでいます。
そこで、IDEO Uの経営陣である2人のメンバーがいるサンフランシスコのオフィスとビデオチャットでつなぎ、詳細な話を伺いました。
(話を伺った人)
・スザンヌ・ギブズ・ハワード:IDEOパートナー兼IDEO U創設者
・ダウン・タケタ・ライオダン:IDEO Uマーケティングディレクター
問いから始めよ
スザンヌは2014年まで10年以上にわたってIDEOに携わり、企業のデザイン思考やクリエイティブな問題解決能力の向上を支援していました。彼女は顧客の仕事をするにあたり、枠を超えてIDEOがよりスケーラブルなものを作り出すことができないかと考えていました。
「IDEO Uが始まったのは、企業が新しいイノベーションを起こすのを支援するだけでなく、より良いイノベーターおよびクリエイティブな人材になることを支援することが我々のミッションだったからです。世界中のより多くの人々が自分のクリエイティビティに自信を持てるように支援したいと考えていました」。
そこで、ピッチをする代わりに彼女はあるイベントを手がけました。
IDEO全員とIDEOの外部から数人が終日参加したイベントで、スザンヌは“世界中の人々がクリエイティビティに対する自信を深めるにはどうしたらよいか”という問いを立てました。そして、デザイナー、新入社員、CEOとCMO、サンフランシスコのエクスプロラトリアム博物館のスタッフ、さらには手品師からなる多様なグループを結成しました。
「さまざまなバックグラウンドと経験を持つ人々を迎え入れることで、多くのインスピレーションと熱量が会場にもたらされました。私たちはデザイン思考のプロセスを経て、本質、アイデア、コンセプト、シナリオを構築し、ビジネスの可能性を理解した上で、その情報をすべて取り入れたストーリーに落とし込みました」。
イベント後、スザンヌと彼女のチームはこの問いに取り組むための「教材、ヒント、クリエイティビティに対する自信についての講演」を含むオンライン学習プラットフォームの大まかなコンセプトを説明する、短いビデオとスライドを作成しました。
彼女がIDEOのCEO、ティム・ブラウンにこのコンセプトを持っていった際、彼の反応にスザンヌは驚きました。彼はこう言ったのです。「OK、すごくいいじゃないかスザンヌ。ぜひ続けて実現してくれ」。彼女は家に帰って夫にこう言いました。「信じられないけど、私、会社を始めたの!」と。
「おかしなことですが、私は会社を設立するつもりではありませんでした」と彼女は言います。「世界中の人が解決策を知らないこの問題へのチャレンジに魅了され、解決策を考えることに熱中していた人々と共にその道筋を探していたのです。そして気がつくと、IDEO Uができていました」。
IDEOのような会社の内部に新しい事業を構築するというアプローチは、格式張ったビジネスの提案よりも効果的です。「起業や社内ベンチャーに取り組むならば、ビジネスモデルや財務モデルから考え始めるのではない、別の方法があると思います。もちろん、どちらも有効だと思いますが、問いを立てることが私たちを突き動かすのです。ベンチャー企業にとって、最大の焦点はお金だけではなく、インパクトなのです」。
確固たるアイデンティティの構築
初年度、IDEO Uはデザイン思考の基本、エンドユーザーへの共感、試作品をつくるプロセス、ストーリーテリングを使った他者の説得、クリエイティビティのためのリーダーシップなどを含むいくつかのオンラインコースを開講しました。
2016年になると入学者数が増加したため、チームは次なる方向性を考える必要がありました。「最初の数回の立ち上げの後、私たちはコンサルティングとは別の事業に従事していることをすぐに認識しました」とスザンヌは言います。「気づくと、私たちは取り組むべき新たな課題、つまり新たなチャレンジ、新たな人々のニーズを手にしていたのです。私たちは自分達のルーツを振り返り、DNAを再確認し、再び学ぶ必要がありました」。
スザンヌと仲間たちは、初めから“人々がデザイン思考を実践するのを助ける”という範疇を越えた、IDEO Uのビジョンを持っていました。つまり、“組織全体でクリエイティビティを発揮できるよう支援したい”と考えていたのです。
そのためには、IDEOのコンサルティングの提案との重なりを意識しながら、どのような種類のコースがビジネスを成長させ、グローバルな学習者コミュニティと共鳴するかを把握する必要がありました。
会話と“思い付き”が伝統的なマーケットリサーチを凌ぐ
この頃までに、IDEO Uは経験豊富なマーケティングリーダー・ダウンを雇っていました。彼女は以前、IDEOの顧客だったこともあり、デザイン思考の概念に精通していました。そのため、彼女はその答えが伝統的なマーケットリサーチを超えていることをすぐに理解しました。
IDEO Uでは、公開オンラインセミナーやインタビューを実施しています。既存のコースに基づいているものもあれば、伝統的なデザイン思考に近いトピックに関するものもあります。ダウンは、これらのオンラインセミナーで行われていたリアルタイムチャットで発生した会話の中に本質を発見しました。
「通常、私の役割はフォーカスグループやアンケートを実施することです。それらは適切なタイミングに行いますが、私たちは次にどんなコースを作るか決めるインプットを得るために、よりクリエイティブな方法を模索していました。会話は自発的に起こっていたので、より力強いものだったのだと思います。私たちにとって、会話が白熱しているかどうかだけでなく、人々の話し方や彼ら自身の言葉の中にある彼らのニーズを把握することが非常に重要なのです」。
これらの会話に基づいて、チームは先進的なデザイン思考の概念に新しいコース(スケーリングの変更、目的の発見、ビジネスのデザイン)を作り、組織が創造性を活用しやすくなるように個人を支援しました。
スザンヌは言います。「私は、教育コミュニティとの会話であろうと、ネット配信であろうと、すべての会話は学びの機会であると感じています。だからフィードバックを得るために絶えずアイデアを出しているのです」。
これらの会話の多くは、デザインの“思い付き”のベースになりました。“思い付き”はしばしば問いの形であり、それを利用してクリエイティブシンキングをはじめます。それらはしばしば意図的に曖昧であり、「完璧を目指すよりもまずは形にしてみる」というデザイン思考を体現しています。マーケットリサーチとは異なり、それらは明確なコンセプトを確立しようとはしません。代わりに、オプションを発見して評価するために使用されます。
「“思い付き”は完全に熟していないままやってくるので、すべてを考える必要はありません。これらを世の中に出すにはクリエイティビティに対する自信が必要です。“思い付き”を明確に定義することは難しいと思うかもしれませんが、それはコンセプトをいくつか導き出すものなのです」。
たとえば、IDEO Uの運営メンバーは学習者のコミュニティがブロックチェーンのような新技術にどれくらい興味をもっているのか、疑問をもっていました。そこでチームはブロックチェーンと分散型ウェブに関するオンラインセミナーを実行し、人々が何を考えているか、コースやその他の高度なテクノロジーを立ち上げるべき時期であるかどうかを学びました。
「“思い付き”と非常に簡単な試作品をインターネット配信の形で市場に投入し、チャットで人々が尋ねている質問に耳をすませるのです。そして、そのすべての仕組みを通して、私たちは分かち合い、教育し合い、学び合っているのです。それは相互に有益なことです」。
“思い付き”はまた、組織内の議論を引き起こすという重要な役割を担っています。「マーケット向けのブロックチェーンに関して“思い付き”を得ることは、IDEO内部でのフィードバックも促しました」とスザンヌは言います。
「IDEO内部の何人かが『IDEO Uで教えようと考えていた、よりスケールの大きいものと一致していないと思う』と言ったところ、この発言によって皆が黙り込むことはなく、会話にさらに火がついたのです。“思い付き”によって興味深い話題が喚起され、会話が本来より少し早く活性化するように仕向けられるのです」。
ストーリーテリングと主力ブランドとのすり合わせ
社内ベンチャーは、既存事業の拡張であり、元の事業との関連を維持しなければなりません。その際、親会社のビジョンと価値観を合わせる必要があるとスザンヌは言います。「受け継がれているストーリー、企業文化、伝統、そして親会社が持つ価値観を新しいベンチャー企業と結びつけるため、ストーリーテリングが強力な役割を果たします」。
スザンヌは、他のビジネスよりも、社内ベンチャーにとってストーリーテリングはさらに重要であると考えています。「IDEO内の新しい社内ベンチャーのリーダー、そしてIDEO Uチームのメンバーの多くは、絶えず2つの世界の間を行き来し続けています。ストーリーを伝えれば、つながりをつくることができ、IDEO Uの新たな働き方の緊張感と価値感を示すことができるのです」。
ダウンも同意します。「マーケティング担当者として、すでに強いブランドを持っているということは、エキサイティングなことです。しかし、多くの顧客がIDEO Uを通じて初めてIDEOに出会うため、私たちは世界に出ていって好き勝手にふるまうことはできません。IDEO Uは、主力ブランドを尊重する方法で成長していく必要があるのです。自社のブランドを独自に作り上げることができる通常のスタートアップとは、まったく異なります」。
次のステップ はより多くのコンテンツを提供すること
IDEO Uが成長するにつれ、チームは今後の成功のカギが、既存のコンテンツを改善しながら、提供するコースを拡大し続けることにあると考えるようになりました。
スザンヌはこう言います。「IDEO Uのコンテンツの量は倍増しています。私たちは、棚に置かれている数は少ないけれど、素晴らしい製品を取り揃えている素敵なお店なのです。私たちはこの棚を埋めたいと考えています。それは、どのコースやクラスが私たちの生徒に喜んでもらえるかを理解する機会を多く持つことを意味するので、私たちにとって本当にエキサイティングなことです」。
IDEO Uは、デザイン思考の重要な要素(問いを立て、エンドユーザーに思いを馳せ、試作品をつくり、思い付きを得て、ストーリーテリングをする)がどのようにビジネスを成功させるのかを示唆しています。それらは、社内ベンチャーを立ち上げたい方にとっての強力なツールになるでしょう。