論理的に分析する方法やそのための思考方法の重要性は、多くのビジネスパーソンが知っているだろう。そして、それをテーマにした本は世の中に数多く存在する。今回紹介する『正しい意思決定のための「分析」の基礎技術』も、一見すると、そういった本と同類であるように見えるかもしれない。ただ、本書が他の類似本と一線を画すのは、「分析をどう実施するか」ではなく「分析を通じて、いかに人を動かすか」にフォーカスを当てている点にある。
これまでの分析手法や論理思考に関する本は、詳細な分析の「方法」について扱ったものは多かった。本書はその「方法」に加えて、分析の「目的」――人を動かすこと――を中心に据えている。つまり、本書は、分析手法を身につけるための本ではなく、分析を通じて、人を動かすための方法を身につける本といえる。
個人的な話だが、筆者はかつてNPO法人の事業運営を統括していたことがあった。その経験から痛感したのは、「人を動かす原動力となるのは、意思決定に込めた想い・熱量である」ということだった。分析とは、そのような想い・熱量を他者にも分かりやすく伝えるために必要な手法である。本書のタイトルにもある、「意思決定のための分析」とは、意思決定に込めた「想い」や「熱量」を伝えるための、揺るぎない根幹を創り上げるプロセスなのである。
特に、今の時代は、VUCAとも呼ばれる変化の激しく見通しの立たない世界にあるといわれる。その中で意思決定をしていくには、客観的なデータ処理から結論を出すだけでなく、不確実な状況でも分析を通じて自らの「想い」を込めた結論を出すこと、平たく言えば「腹を括る」ことが求められる。本書では客観的なデータを教科書的に扱うだけでなく、実践の場において、様々な情報にどうやって向き合うべきかが示されている。
一例を挙げると、第4章では、「組織の状態」や「業界の雰囲気」といった、「ふわっとしたもの」を分析する方法として、「直観を磨く」ことや、「衆知を集めより良き直観とする」ことが紹介されている。データを分析することは、必ずしも客観的に定量データを扱うだけでない。自らの直観を動員して、定性データを含む様々な情報と向き合い、不確実性のある中でも、自分なりの視点から結論を創り出すことが必要となる。このような、ある意味「泥臭い」過程を経てこそ、自らの結論や意思決定に想いが込められ、周囲を説得し、人を動かすことができるようになるのである。
このような意思決定のプロセスは、AI・ビッグデータ時代の中でも、人間による分析の意味が失われないことを意味する。本書の第6章でも触れられているが、AI・ビッグデータを活用することで、人間には扱いきれない大量のデータから様々な相関関係や因果関係を導くことはできる。しかし、それを通じて、「何を実現しようとするのか」、「そのために、どんな視点を持つか」、そして何より、「導かれた結論を、いかに説得力を持って人に伝え、動かしていくか」といった点は、客観的にデータを処理するだけでは答えられない、人間の仕事として価値を持ち続けるのである。
分析とは、単にデータを扱うことではない。分析とは自らの意思を決め、人に伝え、動かすための最初のプロセス。それこそが、本書に込められたメッセージである。
『正しい意思決定のための「分析」の基礎技術』
グロービス、 嶋田 毅(著) PHP研究所
994円