ハリルホジッチ解任で浮き彫りになった、日本的組織の不条理 

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サッカー日本代表監督だったハリルホジッチ氏(以下、ハリル氏)が、ワールドカップ開催まで2カ月に迫る時期に解任された。解任直後、彼は海外サッカー誌の取材に対して次のように語っているのだが、私はこの内容がずっと気になっている。

「(記者)おそらく、あなたはワールドカップを前に2度解任された世界でも珍しい監督なのでは?

(ハリル氏)いや、その2つのケースは比較できないな。アフリカ(コートジボワール)ではベンチに座ってから24試合目に、最初の敗北を喫して解任された。しかし、それがアフリカだ。あちらでのケースは何らかの形で予想されることだろうし、起こり得ることも分かるだろう。結局のところ、大統領(ローラン・バグボ)が解任を決めた。(中略)しかし、それが日本で起こるのならば、秩序があり組織化された国でそのようなことが起こるのならば本当にショッキングだ。まだ私は自分を取り戻すことができない。(最終予選では2次予選の)1位同士でワールドカップ進出を懸けて戦い、グループ首位となって本大会出場を決めた。すべてが正常な流れで来ていたんだ。そしたら、青天の霹靂のように『解雇』だ」(※1)

ハリル氏の主張を要約すると、「コートジボワールのような独裁政権下ならばまだしも、日本のような成熟した民主主義国家でこうした事態が起こるなんて不条理だ!」ということである。このインタビューを読んで、私は疑問を持った。それは、「今回の解任は本当に不条理なのか?」ということと、ハリル氏の主張が妥当だとしたら「秩序があり組織化されている日本で、なぜこんなことが起きたのか?」の2つである。

ハリルホジッチ氏の解任は不条理か?

今回の解任を支持する人々は、「ハリル氏は監督としての手腕に問題があり、このままの状態ではワールドカップで勝てない。だから、この時期であったとしても監督は交代させるべき」と主張する。そこで、仮にハリル氏の手腕に課題があったとして、本番2ヶ月前の解任が妥当か考えてみよう。

まず、ハリルジャパンが直近に戦った国際親善試合の内容は悪かった。ゆえに「今からでも監督を変えるしかない」という意見が出たのだろう。しかし、W杯直前に自軍の手の内を明かさないというのは、世界で勝つための戦略の1つでもある。特に弱者の日本代表には有効だという意見もある。したがって、直近の親善試合の結果が悪いという理由で解任するのは、必ずしも妥当とはいえない。

また、仮に監督を交代させるならば、ハリル氏よりも能力が高い監督でなければ、勝利の確率は上がらない。ちなみに、ハリル氏は日本をW杯出場に導き、前回W杯では北アフリカのアルジェリアを指揮してベスト16(同国の過去最高成績)に導いた実績を持つ。西野新監督はJリーグや五輪代表で豊富な監督経験を有するが、W杯の代表監督という点ではハリル氏と比べものにならない。

さらに、解任に至るコミュニケーションにも問題があった。ハリル氏曰く「会長から前もって『ヴァイッド、問題があるみたいだよ』と教えてほしかった。解雇する権利を持っているから、解雇することについては問題ではない。何か問題があったのであれば、その原因は何なんだ、と会長が監督に聞いてきてほしかった」(※2)という。解任理由も曖昧で、日本サッカー協会の田島会長は記者会見で「マリ戦、ウクライナ戦、この試合期間と後において、選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきたということ。そして、今までの様々なことを総合的に評価して、この結論に達しました」と述べたが、この説明では曖昧すぎて納得できないだろう。

以上を踏まえると、ハリル氏解任は不条理な意思決定に思えてくる。ハリル氏が指摘するように、アフリカの独裁国家であれば、こうした不条理は起こり得るが、ここは近代的な民主主義国家の日本である。彼はなぜ日本でこんなことが起きたのか理解ができていない。

彼がサッカー協会への怒りと失望を隠さないのは、今回の解任が不条理であるだけでなく、「日本の組織は西欧の組織と同じような論理で行動するはず」という前提に立っているからだろう。ゆえに、「私をうんざりさせるような状況に追いやり、私をゴミ箱に捨てたような状態」(※3)というほど失望しているのである。ちなみにフランス語の直訳では、もっとひどい言い方をしている(私は糞としてごみ箱に捨てられた)。

しかし、「日本はアフリカとは異なり西欧的な論理が通る」という前提は、ハリル氏の勝手な思い込みかもしれない。なぜなら、時として日本の組織は西欧の基準では理解できない不条理な意思決定を行うことがあるからだ。どういうことか、例を挙げて説明しよう。

第二次世界大戦参戦の意思決定との類似点

唐突であるが、今回と構図が似ているのが、第二次世界大戦に参戦する際の意思決定である。サッカーの代表監督の話と一国の戦争の話を比べるのは、扱っている事象の大きさや深刻度が違うというのは承知している。しかし、どちらも国の威信をかけた戦いである上、意思決定のあり方が良く似ているのだ。

まず、「成功確率が低い方の選択肢を選んでいる」点が共通している。

先に述べたように、W杯の2ヶ月前になって、W杯出場に導いた監督を更迭するというのは、サッカーの素人から見ても勝利の確率が高まる策ではない。田島会長は「私は1%でも2%でも、W杯で勝つ可能性を追い求めていきたいと考えています。そのためにこの結論に達しました。新しい監督には内部からの昇格しかないという風に考えました。」と語っているが、ハリル氏の代わりに内部昇格させることによってW杯で勝つ可能性が高くなる理由を全く説明していない。また、「1%でも2%でも・・・」という表現は、「どっちみち誰がやっても勝てないのだったら、監督を変えて奇跡が起こる可能性に賭けた方がマシでしょう」という開き直りにも聞こえる。

一方、日米開戦時の日本国も日米開戦で日本が敗戦することは予測できていた。作家の猪瀬直樹氏によると(※4)、昭和16年の開戦4か月前の時点で、「12月中旬、奇襲作成を敢行し、成功しても緒戦の勝利は見込まれるが、しかし物量において劣勢な日本の勝機は無い。戦争は長期戦になり、終局ソ連参戦を迎え、日本は敗れる。だから日米開戦は何としてでも避けねばならない」という結論が出されていた。なお、この結論を出したのは「内閣総力戦研究所」である。

このように日本の敗戦は予測できていたので、内閣は開戦準備と同時に日米交渉を続けた。しかし、昭和16年11月の日米交渉で厳しい条件を突きつけられ(ハル・ノート)、閣僚全員は「開戦やむなし」という決定に至っている。この日米交渉に関して、外務大臣を除く閣僚や軍は、「このまま米国の要求をのんでしまったら日本は三等国(国際社会において力のない国)になってしまう。」と危惧していた。「開戦やむなし」という表現は、「どっちみち三等国になるのであれば、1%でも2%でも奇跡の勝利を起こせる可能性に賭けたほうがいい。」という開き直りにも聞こえる。

そして、意思決定に至る構造も似ている。主に以下の3点だ。

1. 無能な人物ではなく、官僚的で優秀な人物が意思決定をしている

【日本サッカー協会】田島幸三氏は幼いころから学業成績はトップクラスで、サッカー日本代表歴もある。ただし、選手の期間は3年間だけで、大学院修了後にドイツに留学して指導者になる。立教大助教授などを歴任し、1993年からサッカー協会幹部として協会を支えてきた。なお、会長選挙を争った原博実氏は現役時代に日本代表として73試合に出場しているスター選手で、その後はJリーグの監督、解説者などを経て、2009年からサッカー協会の技術委員長になった。田島氏は原氏に比べると官僚的人物である。

【参戦時の日本】近衛内閣の退陣後、陸軍大臣だった東條英機が首相になった。東條は天皇陛下の意思に忠実で、官僚的な人物だったと言われている。東條は頭脳明晰で陸軍大学を首席で卒業、スイスやドイツへの赴任経験もあり、周囲からはカミソリ東條といわれていたという。東條は首相に就任後、天皇陛下の意を汲んで戦争を回避しようとしたが、結果的に戦争を止められなかった。

2. トップは実質的に権限が制限され、強い影響力を持つ一部の意見に従わざるを得ない

【日本サッカー協会】一部報道によると、代表から外れているスター選手が、ハリルホジッチ氏の解任を協会に直訴したという。彼らは世界的なスポーツメーカーと契約しており、広告効果も高い。ハリル氏が彼らを外して現体制のままW杯で惨敗した場合(実力値として、その可能性は高かった)、スター選手をサポートしている企業や広告代理店の後ろ盾が無くなる。スター選手不在による視聴率低下の責任も問われるだろう。そうなれば田島氏らの失脚は時間の問題だ。

【参戦時の日本】青年将校たちは日米開戦を望んでいた。仮にアメリカの要求(満州を含む中国、フランス領インドシナからの日本軍・警察の全面撤退、ほか)を受けいれていたら、東條は陸軍の青年将校に暗殺されていただろう。また、天皇陛下も日米開戦には反対の意向だったが、仮にそれを明らかに示したら幽閉されることは目に見えていた。実際、過去にその危機があった。「昭和天皇実録」によると、天皇が熱河作戦(※5)を天皇大権によって中止させようとした際、武官長から「紛擾を惹起し、政変の原因となる」と脅されている。これは天皇を幽閉に近い状態にすることもできる、という意味である(※6)。

3. 関係者やマスコミは上層部の意思決定を忖度し、表立って批判をしない

【日本サッカー協会】協会と関係が深い「元有名選手のコメンテーター」は表立って協会を否定していない。なぜなら、自分と協会との関係が悪化してしまえば、自分が損をすることになるからである。それは国内スポーツ紙の社員記者も同様である。批判しているのは独立しているサッカージャーナリストや、海外のメディアのみである。

【参戦時の日本】東條内閣の企画院(現在の内閣府に相当)総裁の鈴木貞一は、開戦後の石油資源の見通しについて伝える役割を担っていたが、彼は猪瀬直樹氏のインタビュー(※4)で次のように語っている。「(戦争を)やるかやらんかといえば、もうやることに決まっていた。やるためにつじつまを合わせるようになっていたんだ」。鈴木氏は昭和16年11月5日の御前会議で、石油資源は1年程度しか持たないことを承知で、3年間分の数字を提出した。なぜなら、海軍は戦争をしたがっており、緒戦に勝利した後に1~2年で講和に持ち込めば何とかなると考えていたからである。また、新聞も戦意高揚記事を掲載し、戦争ムードを煽った。

やや恣意的な分析ではあるが、2つのケースには類似している点が多いことはお分かりいただけたと思う。

では、なぜこのような不条理が起こってしまうのだろうか?

なぜ秩序があり組織化されている日本で、こんなことが起きてしまうのか?

これは先ほどのハリル氏の問いである。なぜこんなことが起きるのか、私にもその原因はよく分からない。ただ、ハリル氏が理解していなかったのは、日本的な組織にはそれなりの頻度でこうしたことが起こるということだ。そこで起こっていることは、今考えねばならない重要な課題(イシュー)がズレてしまうということだ。

ハリル氏解任と第二次世界大戦への参戦の例であれば、「W杯の予選を突破するにはどうすべきか」「中長期的に国益を最大化するにはどうすべきか」というのが、今考えるべき重要なイシューになる。しかし、なぜか「利害が異なる関係者を丸く収めるにはどうすべきか」というイシューにすり替わってしまっているのだ。イシューが完全にズレている。前出の猪瀬直樹氏は企画院の鈴木総裁のインタビューを終えて、次のように述べている。「(企画院が出した数字は)いわば、全員一致という儀式を執り行うにあたり、その道具が求められているにすぎない。決断の内容より、“全員一致”の方が大切だったとみるほかなく、これが今欧米で注目されている日本的意思決定システムの内実であることを忘れてはならない。」(※7)

ハリルホジッチ氏の解任は、利害が異なる関係者(協会、スポンサー、外されたスター選手)を“全員一致”で丸く収めるためにどうするか思案した結果である可能性が高い。こうして、頑固で協会のいうことを聞かず、W杯後には日本を去る外国人監督が辞めさせられたのだろう。

江戸時代までの日本では、こうした意思決定のあり方が合理的だった。いわゆるムラ社会的な世界である。しかし、この流儀のままで海外に勝つことが不可能なのは言うまでもない。そんなことは分かっているのに、現代でも繰り返してしまうのが悲しいところだ。下手にイシューを戻そうとすると「空気が読めない奴」と言われてしまう。

サッカーの話に戻すと、前任のザッケローニ氏は空気が読めるタイプだったが、W杯ではグループステージを突破できなかった。一説によると、主力選手が主張する戦術を渋々受け入れ、本来彼が描いた戦術を十分に実行できなかったという。一方、空気を全く読まないハリルホジッチ氏は、解任されてしまった。しかし、世界で勝つためには、イシューのズレは致命傷である。とはいえ、空気を読まずに解任されたら元も子もないのだが。

もちろん、西野氏率いるサッカー日本代表は応援しているし、1%でも2%でも勝つ可能性が高まっていると信じたい。しかし、それは根拠のない神頼みである。もし西野ジャパンが快進撃をしたとしても、サッカー協会幹部がこれに味を占めないことを願う。

 

※1:「日本人の歩みは遅い」ハリルホジッチがクロアチア紙に語った本音〈全訳〉2018/4/18文春オンライン
※2:「問題があるとなぜ言ってくれなかった」ハリルホジッチ前監督 解任後の会見 2018/4/27スポーツナビ
※3:「ハリル氏涙こらえ『ゴミ箱に捨てられたような状態』」2018/4/21 日刊スポーツ
※4:『昭和16年夏の敗戦』1983年8月 猪瀬直樹著・中公文庫
※5:日中戦争における関東軍の中国熱河省・河北省への侵攻作戦。国際連盟を刺激すること恐れた政府は反発したが、軍部は連盟脱退も辞さないとして作戦を強行した
※6:「『昭和天皇実録』のピンポイント」2014/09/11猪瀬直樹ブログ
※7:『昭和16年夏の敗戦』の初版は1983年であり、この時代は日本の対米貿易黒字が膨らむ一方で、日本的意思決定システムが欧米から注目されていた

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