「しなやかな心の在り方」と「硬直的な心の在り方」
本書は2008年にスタンフォード大学心理学教授のキャロル・S・ドゥエックが執筆した世界的ベストセラーの改訂版だ。それだけ「マインドセット」は人々の関心を掴み、時を経ても色あせないテーマであることが伺える。
さて、成功を引き寄せ、よりよく生きるために必要な心の在り方は、「しなやかな心」「硬直的な心」、どちらだろうか。著者は前者と言う。環境変化が常態で、未来を予測しにくいVUCA時代においては、しなやかな心でなければ、その変化に適合し難いと考えれば理に適っている。
一方で、人間のものの見方や考え方は経験を通じて固定化していく。経験を参照して判断するということは、人間にとって必要な生存本能でもある。脳による情報処理に必要な膨大なエネルギー消費を極力抑制させようとするのも、人間の生存本能である。つまり、ものの見方や考え方、ひいては心の在り方が硬直化していくことも、自然の流れなのかもしれない。
だからこそ、我々は心の在り方を日々、意識的にしなやかにしていく必要がある。著者が「信念」という言葉を多用しているのも、人間の生存本能にいくらか抗うような心の在り方を身につけるために、「信念」や「意志」が求められると示唆しているのであろう。
では、どうすればしなやかな心でいられるのか。幸い、著者はいくつもの考え方や取組み方、時間の使い方を紹介しているので参考にしてもらいたい。共通して言えそうなことは、生じた事実そのものに目と心を向けること。そこから何を学べるかを考えることである。
「忙しいのにそんな時間がとれるだろうか?」とお考えのあなたには、まず自分のスケジュール帳にその時間を入れてしまうことをお勧めしたい。「どうやったら上手く振返りができるのか?」とお考えの方には、グロービス経営大学院の『リーダーシップ開発と価値・倫理観』というクラスを受講されることをお勧めする。1人で、あるいは友人たちと深く内省する時間を獲得することができるだろう。
今は未来からやってくる
本書を読んで思い出すのは、ハイデガーの「未来が過去を決定し、今を生成する」という言葉だ。私にとっては、ものごとを前向きに捉えるきっかけとなった衝撃的な言葉だった。素直に考えれば、今は過去の積み上げとも言える。しかし、この言葉が意味することは、過去に経験したことは、その後「どう生きたか?」により意味づけられる、ということである。
仮に失敗だと思ったことであっても、そこから何かを学び、その後の人生に活かすことができれば、その失敗は自分を形成してくれた「経験」と意味づけられるのだ。なんて前向きな言葉であろうか。「感情的に反応し過ぎず泰然自若に構え、前向きに捉えてみよう。そうすれば何事もチャレンジすることは間違いなく楽しいことなのだ」。そう私の背中を押してくれる言葉となった。
「幸せになるのも信念、不幸になるのも信念」、これは著者の言葉である。ニーチェが言うところの「精神の怠惰が信念を生む」も同じだろう。一度獲得した信念さえも、変化し得るものである。そう考えることが理なのかもしれない。水は姿かたちを変え流れることでその鮮度を保つ。その流れが止まれば腐敗していく。強風に耐えうるのは堅い木ではなく、しなやかな竹である。人間の心も同じであろう。
振り返ってみると、人の変化、成長に携わる仕事を生業にし、さらに、私生活では2児の父として子供達と向き合ってきた。いまだ完成した形はなく、悩みと葛藤の最中である。それでも学べること、気が付けること、認識が上書きされていく瞬間が面白い。心をしなやかに保ち続ける。そのためにも本書を道しるべに日々精進を続けたい。いとたのしからずや。
『MINDSET 「やればできる!」の研究』
キャロル・S・ドゥエック(今西康子訳)、草思社
1836円