「従業員が好きなことを選べる自主性に任せた学び」は、じつはリスキリングとは呼べない? 企業が間違いやすい人的資本投資の落とし穴とは。そして、将来価値を生み出す学びとは。前編に続き、後藤宗明氏にインタビューした。(文=西川敦子)前編はこちら
なぜ育休中のリスキリングはNGなのか?学びに投資することの“本当の意味”
八尾:リスキリングは企業にとって「未来に向けた生存戦略」ということですが、進めるうえで気をつけるべきことはありますか。
後藤:「当社は既にリスキリングをやっています」という方にお話を伺うと、みなさん「好きなコースを好きな時間に学べるオンライン講座を提供しています」とおっしゃるんですね。「なかなか履修してもらえない」「修了率が低い」といった問題はさておき、そもそも “好きなコース”を学ばせたら、リスキリングではなくなってしまいます。
あくまで自社の事業戦略に紐づいた内容を選ぶこと。そして、事業戦略の一環として行う以上、就業時間内に学んでもらうこと。この2点をおさえる必要があります。会社が責任をもって行うことですので、当然ながら育休中に履修するものではありません。
投資家は「人への投資」を企業の「将来価値」として判断するように
八尾:2023年3月期から、上場企業には人的資本情報の開示が義務化されました。人事部としては「急いでリスキリングに取り組まなければ」という意識が強いかと思いますが、リスキリングの何たるかを誤解している可能性もあるのですね。
後藤: 人的資本経営の本質とは、人に投資して従業員のスキルを上げ、イノベーティブな事業を開発することに他なりません。つまりリスキリングそのものです。実際、海外投資家からすると、リスキリングを進めているかどうかは重要な選別ポイントとなっています。
八尾:人への投資が数年後のリターン(利益率)を高め、ひいては「将来価値」に結びつく時代になったわけですね。中長期的な成長と競争力の強化に不可欠と言えそうです。
後藤:まさにその通りです。学びへの投資によって社員が将来どのくらい成長し、イノベーションに貢献するかを投資家は見きわめようとするわけです。 ただ、残念ながら上の世代の方ほどこの現実を理解していない印象があります。というのも、多くの企業は「海外で成功したビジネスを日本式にカスタマイズして売る」という昔ながらのやり方から抜け出せていません。デジタルによってゼロから価値を創り出そうという発想がそもそもないのです。だから、新しい職業能力を開発する必要性も感じていない。
評価制度にも問題があります。日本の昇給、昇格の仕組みでは、失敗すると「問題あり」とみなされ、出世が遅れてしまう。ですので、中間管理職は、失敗する危険があるデジタル分野には関わろうとしません。
おかげで2022年の世界デジタル競争力ランキングでは、日本は63カ国・地域中、過去最低の29位に。デジタルスキルについて開示している企業もまだほとんどない状態です。そろそろ過去の成功体験にしがみつくのはやめて、アメリカや中国、イスラエルのDXを貪欲にまねるべきでは。明治維新の頃も、追いつき追い越せと欧米列強のやり方に倣ったわけですから。ましてや今は非連続な変化が起こり続ける時代です。
変革の土台は、日常のデジタル化と学び合いのコミュニティ構築
八尾:長らく変化のなかった産業構造が大きく変わろうとしている今こそ、変革を起こす学びの土壌を作っていかねばならないと思います。そのために必要なこととは?
後藤:1つめは意識改革ですね。僕は日ごろ、「イノベーションを云々する前に、まずは自分の生活をデジタル化することから始めましょう」と言っています。
たとえば、これからは活字検索の時代から音声検索の時代になります。だから音声サービスなどはどんどん使ったほうがいい。今、出てきているChatGPTなどのような生成AIも実際に使ってみれば、新しい技術を学ぶ必要性を痛感すると思います。
2つめは学び合いのコミュニティを組織の中で広げていくことです。ダイエットもそうですが、1人では何事もなかなか続かないもの。仲間とともにリスキリングに取り組むとモチベーションを維持しやすくなるはずですよ。
八尾:グロービスでは、「グロービス学び放題」というオンライン学習プラットフォームを立ち上げているのですが、受講者同士のコミュニティもあり、活発な交流が行われています。幅広いコンテンツを仲間と学び合うことでネットワーク効果が高まり、「複利が生まれているな」と感じますね。
後藤:きっと仲間の学び方から学ぶところも多いですよね。まさに学び合いのコミュニティといえるのでは。
会社から見るとリスキリングは投資ですが、個人の観点から見ると貯金であり、将来の備え。スキルはいきなり身につくわけではありません。仲間とともに学んでコツコツ蓄積し、自身の将来価値を高めていってほしいです。
八尾:そうですね、本日はどうもありがとうございました。