仕事や学びに関わるモチベーションについて、問題を抱えている人は多い。モチベーションに問題があると聞いて、みなさんはどんな状況を思い浮かべるだろうか。やる気が出ない、やる気が湧かない、やる気が下がってしまったというように、モチベーションが低い状況が頭に浮かぶのではないだろうか。
ところが、学習意欲に関する研究では、モチベーションが低いことだけではなく、それが高すぎることも問題であることが示されている。
モチベーションはどう変化するのか
まず、モチベーションが低い状況と高い状況等、モチベーションがどのように変化するか、その仕組みを確認しておこう。
モチベーションの変化の仕組みは、知識やスキル習得との比較で考えてみるとわかりやすいかもしれない。
知識やスキル習得等、学習によって成果を出すためには、それなりの時間がかかる。たとえば、英単語を覚えることやスポーツで正しいフォームを身につけるには、単語を覚えているかを何度も単語カードで確認したり、鏡を見ながら何度も素振りをしたりといったように、長い時間をかけて練習を積み重ねることが必要になる。それに対して、モチベーションは移ろいやすいものだ。完全に勉強に集中していると思っても、思いもよらぬ雑音によって集中が途切れてしまうということもあるだろう。あるいは、自分にとってはやりがいがあるものと捉えていたのに、他の人から否定的なフィードバックを受けて、突然、やる気がしぼんでしまうということもありうる。このように意欲の強さは短時間で急激に変化するものなのだ。
意欲が増えすぎると学習成果は悪化する〜ヤーキス・ドットソンの法則〜
では、モチベーションの変化は、学習によって生み出される成果にどのような影響を与えるのだろうか。図1は米国の教育心理学者、J・M・ケラーの研究より、横軸にモチベーションの高低を、縦軸に知識やスキルの習得の程度を示す学習成果の高低をとったグラフである。図の右側にいけばいくほどモチベーションが高く、上側の地点ほど学習成果が高い、すなわち、よく知識やスキルが身についたことを示す。逆に左側ほどモチベーションが低く、下側にいけばいくほど、学習成果が低いことを示している。
図が示すように、モチベーションと学習成果は、逆U字の二次曲線を描く関係にある。これがどういうことかといえば、モチベーションが低いほど、学習成果も低い。モチベーションが少しずつ上昇した、適度なレベルでは最も学習成果が高いが、一方で、モチベーションがある地点を越えて高まると、学習成果は下降していくことを示している。別の言い方をすると、モチベーションが低いと学習は退屈に感じられてしまうが、一定のレベルを超えてモチベーションが高すぎると、学習によって不安を感じてしまうのである。この「逆U字カーブ」の関係は、ヤーキス・ドットソンの法則と呼ばれており、モチベーションが低すぎても高すぎても、成果に好ましくない影響を与えるので、モチベーションを適度なレベルで維持する必要性が指摘されている。
筆者自身の経験を振り返ってみても、ある時の高すぎるモチベーションが後の行動に好ましくない影響を与えるという状況があった。研修に参加したときに、その終わりに学んだことをどう活かすかについて、アクションプラン(行動計画)を立てた時のことだ。研修終了時には、「やっとやり遂げた!」と気持ちが高揚しているので、あれもこれもとたくさんの行動目標とそれを実施するための計画を立てる。ところが、どうだろう。その後、職場に帰って通常のモチベーションのときに、改めてそのアクションプランを見ると、到底やり遂げられなさそうに感じられ、挫折してしまった。
こうした高すぎるモチベーションが、ときに成果に好ましくない影響を与えるということは、みなさんの身の回りにもよくあるのではないだろうか。
では、モチベーションを適度なレベルに維持し、学びによる成果を最大化するためには、どうすればよいのだろうか。
モチベーションを適度なレベルに維持するための3つの方策
ここでは、3つのポイントを紹介しよう。
- 少し背伸びしたら届くくらいのことに挑戦する
自分にとって未知の領域で新しい取り組みをはじめようとするとき、その先がどうなるかわからないため、やりがいが強まる。特に、未知のことで取り組みの難易度が上がればあるほど、挑戦レベルが高まり、ワクワクする気持ちも高まるだろう。
その一方で、こうした挑戦では、それまでの自分の経験や知識、スキルを活用できないので、うまくやり遂げる自信が感じられず、不安になり手が止まってしまう。新たなことに挑戦する際には、少し背伸びしたら届くくらいのレベルにするのがちょうど良いのだ。 - 自分の状況を正しく把握することで、自信過剰を抑止する
自己評価は甘くなりやすい傾向がある。それによって、本来は学べていないのに、自分は学べたと勘違いしてしまい、しっかりと学ばないということが起こりうる。
これを防ぐためには、学んだ知識やスキルを使う練習に取り組んだり、実際に活用してみたり、あるいはほかの人から自分のパフォーマンスにフィードバックをもらったりすることで、現時点の自分の真の実力を見極めるのが有効だ。自分の状況を把握することで、自信過剰を抑止しよう。 - 学んだことは「万能薬」ではないことを認識する
何かを学んだ際に、その経験に関する満足感が高く感じられれば感じられるほど、学んだことはさまざまな場面で活かせる「万能薬」と思ってしまう傾向がある。ところが、実社会では例外状況に直面し、必ずしも学んだことがそのまま活かせない状況があるし、また、活用するためのコツを自分なりに見出すことが必要な場合もある。そのため、少し引いた目で捉えておくことが必要なのだ。学んだことは「万能薬」ではないことを認識した上で、どうすればより良く活用できるのかを考え、自分なりのコツを見出そう。
自分のモチベーションの状況を意識しよう
最後に、日々、モチベーションの問題を日々、考えるためのヒントを紹介しよう。モチベーションの問題を考える際に重要なのは、先述したように、意欲は短時間で変化し、移ろいやすいものなので、自分はそのときにどういう状況にあるのかを認識するということだろう。
さらに、同じ状況でも、モチベーションが上がる人もいれば、下がる人もいるということも重要な視点である。たとえば、ある音楽を聞くことで、その音楽のファンであれば、テンションが上がるかもしれないし、そうではなければ、雑音としか感じられないかもしれない。つまり、人によってモチベーションの源泉は異なるということだ。
モチベーションの問題を解決する方法に「万能薬」はない。だからこそ、日々自分はどんなモチベーションの状況にあるのか、自分のモチベーションの源泉はどこにあるかについて耳を傾けよう。そして、モチベーションを高めようと無理するだけでなく、モチベーションが高すぎないかを確認し、時には無理しないための作戦もとってみよう。
参考文献:
J・M・ケラー(著)、鈴木克明(監訳)(2010)『学習意欲をデザインする: ARCSモデルによるインストラクショナルデザイン』北大路書房
Keller, J. M. (2016). Motivation, Learning, and Technology: Applying the ARCS-V Motivation Model . Participatory Educational Research , 3 (2) , 1-15 . DOI: 10.17275/per.16.06.3.2