年の瀬が迫ってきましたが、冬休みにはゆっくり映画を楽しみませんか?ビジネスの観点からも楽しむことができる映画をご紹介します。
変化する時代と組織に向き合うベテランが世界を熱くした『トップガン マーヴェリック』
(ジョセフ・コシンスキー監督「トップガン マーヴェリック」2022)
執筆者:名藤大樹 グロービス経営大学院 教員
2022年の映画界における世界的大ヒット作。語られ尽くした感のあるこの映画だが、人的資源管理的な角度から解説してみよう。
米海軍パイロットの主人公のマーヴェリック(トム・クルーズ)は、巨大企業における定年間際のすご腕社員、と見なすことができる。腕前は抜群だ。一方で、自分の美学にこだわり上司の言うことを聞かない。巨大組織の一員としてはわがまますぎる。同期入社の社員たちは出世して現場を離れ、役員になったものもいる。しかし、彼は現場に残り続ける。あなたの会社にもエンジニアか、営業か、こんな社員がいるかもしれない。
もはや前作の80年代ではない。AIによる無人運転も実用化が視野に入り、パワハラだ、コンプラだといろいろと窮屈なご時世になっている。そんな折、マーヴェリックは上官から呼び出される。「お前のような有人パイロットしかも組織の言うことを聞かない奴は、もういらない時代なんだよ。いい加減に現場を離れて、後輩の育成係に転身しろ」
唇を噛むマーヴェリック。組織に逆らったらパイロットの仕事はさせてもらえなくなる。組織は嫌いだが「大企業中の大企業」である米軍だからこその今の仕事なのだ。しかし、とある事態が、マーヴェリックに組織を救う最後の大暴れの機会をもたらす。
現実社会に直面しているベテランにとって、これほど”胸熱”なテーマはない。50代のリピート観客が続出したと聞く。そして、大ヒットの事実を見ると、ベテラン組織人以外にも届く、強い何かを持った作品なのだろう。マーヴェリックは組織に何を残したのか。彼の行動のどこが多くの共感を集めたのか。2022年の代表作をぜひ冬休みに確かめてほしい。
タイの洞窟で遭難した13名の救出プロジェクトー『13人の命』
(ロン・ハワード監督「13人の命」2022)
執筆者:名藤大樹 グロービス経営大学院 教員
2018年にタイ北部の洞窟で発生した、少年たちの遭難と救出事件にもとづいた映画作品である。「アポロ13」などで著名な巨匠、ロン・ハワード監督が、淡々と、しかし、息つく暇もないテンションでの映画化を成し遂げた。これは、世界が一つになり文字通りの“奇跡”を起こした「プロジェクト」についての作品だ。
プロジェクトの定義は、”明確な目的のために、期限を区切って人々が取り組む活動”である。私たちの身の回りにもプロジェクトはあふれているだろう。この事件には、13人の若者を救う、というこの上なく明確な目的があり、上昇する洞窟内の水位と薄くなる酸素濃度、というタイムリミットもまた強烈であった。フィクションとしての映画ではあるが、監督は多角的に、特定の英雄に感情的にフォーカスすることなく、あたかもドキュメンタリーのようなタッチで事態の進行をえがいていく。このプロジェクトはなぜ成功できたのか。映画を見たうえで考えると、仕事へのヒントが得られるかもしれない。 映画のクレジットによれば、この救出作戦には、17カ国、5,000人以上が関わったとのこと。救出を祈った国や人々は更に多かったことだろう。2022年、世界では大きな戦争による分断が進んでしまった。しかし、人類が善のために力と想いを一つに合わせれば、こんな素晴らしいこともできるのだ、と、この作品は示しているのではないだろうか。
スタートアップの光と闇、世紀の詐欺事件とは?―「ドロップアウト~シリコンバレーを騙した女」
(制作エリザベス・メリウェザー『ドロップアウト~シリコンバレーを騙した女』2022)
執筆者:谷原英利 グロービス ファカルティ本部 グロービスAI経営教育研究所(GAiMERi)研究員
皆さんはシリコンバレーで一世を風靡したバイオテックのスタートアップである「セレノス」をご存知ですか?この海外ドラマはその創業者兼元CEOである「エリザベス・ホームズ」の物語です。あのスティーブ・ジョブズの再来と言われるまで世間の注目を一身に集めながら、今や詐欺師として罪に問われている彼女は、いかにしてその彼女が栄光から転落するに至ったのか。これをヒューマン・ドラマ仕立てに描いています。
もう既に周知の事実なだけにネタバレにはならないと思いますが、「指先の血液1滴からあらゆる病気・疾患の検査が可能である」とのまさに夢のようなテクノロジーを謳い文句に、エリザベス・ホームズ率いるセレノスは全米の投資家等から巨額の資金を集めて急成長を遂げました。しかし、結局その技術自体が嘘であり、彼女自身も詐欺罪等の罪に問われて有罪判決を受けます。
このドラマでは、もしかするとそもそもは起業を通じて世の中を少しでも良くしたいとの多少の善意もあったかもしれない彼女が、富と名声への野心から暴走し始め、その挙句に自らのキャリアも生活も悲惨な終焉を迎える――そうした人間なら誰しも奥底に持っているかもしれない良心と欲望との間の内心の葛藤を巧みに映し出しています。
主演のアマンダ・セイフライドの怪演もキラリと光る中で、とても実話に基づいているとは思えない程の驚きの展開が続く一押しの社会派エンタメ作品です。起業に興味・関心がある方でもそうでもない方でもビジネスパーソンであればきっと思わず一気に見てしまいドキドキハラハラしながら楽しめることは間違いなし、ぜひ年末年始のお時間が許す時にでもご覧あれ!
ウォール街の風雲児、野望が世の中に与える影響とはー『ウルフ・オブ・ウォールストリート』
(マーティン・スコセッシ監督「ウルフ・オブ・ウォールストリート」2013)
執筆者:嶋田毅 グロービス経営大学院 教員
本作は『ウォール街狂乱日記 - 「狼」と呼ばれた私のヤバすぎる人生』を原作とした、名もない一人の男がウォール街の風雲児にまで上り詰め、後に挫折をする物語である。
主人公はレオナルド・ディカプリオである。主人公はブラックマンデー後、何もないところから、株式仲買人の仕事を見つけ、持ち前の巧みな話術を使ってどんどん顧客開拓を進める。そして自分の会社を持つに至り、一気に大金持ちとなる。アメリカ人好みのサクセスストーリーであり、どん欲に上り詰めるさまは爽快でもあるが、近年重視される「パーパス」の片鱗はなく、ウォール街ならではの拝金主義、「Greedy is good」の文化を風刺している側面も大きい。
おカネに目がくらんだ若者の節操のない行動や、急激に拡大する組織が混乱する様子も非常に興味深い。もちろん、いつまでもこうした繁栄が続くわけもなく、最後には息詰まるのだが、それでもしぶとく「かつての成功者」の看板で講演をする姿などはある意味潔さまで感じてしまう。
R18指定となっていることからも推察される通り各所にロマンチックとは言い難い男性目線のセックスシーンが登場する。それゆえ、正直、苦手な人には勧めにくい作品でもあるが、男の野望がどのように世の中に影響を与えうるかを知る上で1つの参考になるかもしれない。
何度も見て、読み解くことにチャレンジしたい映画『ガタカ』
(アンドリュー・ニコル監督『ガタカ』1997)
執筆者:野本遼平 グロービス・キャピタル・パートナーズ プリンシパル
本作は、遺伝子操作により、産まれくる人間の能力をコントロールできるようになった”そう遠くない未来”を舞台にした、いわゆるSF映画です。そうした世界にあって、遺伝子操作をせずに自然な形で出産された主人公ヴィンセントは、肉体的に劣る「不適正者」として扱われています。しかし、ヴィンセントには宇宙飛行士になるという夢があります。
生まれ持った遺伝子やスティグマを乗り越えて、宇宙飛行士として土星に発つことができるのか。そのプロセスが物語の基本線となっています。
生命倫理、優生思想、差別論(スティグマ)、運命論、物心二言論(の是非)など、本作に埋め込まれている論点は多様です。しかし今回この作品を紹介するのは、内容もさることながら、そのシャープな論理構造、設計の緻密さを味わっていただきたいからです。本作のような優れたクリエイティブ作品の「ありとあらゆる要素に意味を持たせる=説明可能性を担保する」という姿勢は、ゼロイチの企画はもちろん、日常的なプレゼン資料の作成や、場合によっては一通のメールの文面など、ビジネスシーンにおいても同様に重要なのではないでしょうか。
本作に登場する主要な登場人物は、(部分的なネタバレになってしまいますが)”非適正者”として産まれてきてそれを克服するヴィンセント、”適正者”として産まれてきて”非適正者”となってしまったジェローム、”適正者”として産まれてきて”適正者”としての立場を維持しているアントン、”非適正者”として産まれてきてその立場を維持しているアイリーンです。主要な登場人物が四象限に配置されており、ヴィンセントを起点とした対比構造を読み取ることができます。
実は、作品内でもっとも共鳴し合うのは、四象限でいうと一番遠い”斜め”の位置関係にあるヴィンセントとジェロームです。両者の共通点は何か?本作のクライマックスであるラストシーンは何を意味するのか?ネット上でもさまざまな解釈や解説記事がありますので、ぜひ参照してみてください。
また、(本作に限らず、映画全般に共通することですが)サブリミナル的な効果を狙った、さまざまな映像的メタファーや記号も仕込まれています。例えば、主人公のヴィンセントが目指す土星には、「制限」や「人生における課題」という意味があるといわれています。アイコニックな螺旋階段は「遺伝子」、宇宙や海は「胎内」のメタファーです。その海を渡ろうとするヴィンセントとアントンは、本作で数多く登場する「精子」のメタファーのうちの一つです。ジェロームの銀メダルの模様は、二人の人間が並行して泳いでいるというものですが、本作の基本構造である「対比」を意識させるものです。
このように、シャープな論理構造や緻密な記号がガイドラインとなることで、作品に奥行きが生まれます。一見しただけでは判別がつかないような”作り込み”なくして優れたアウトプットは生み出せないという事実を、改めて突きつけられます。