タイトルが面白い。それが本書を手に取った理由でした。
私にとって「ハーバード」という単語は、「ビジネスにおけるロジカル思考」を象徴するものでした。そのロジカル思考の象徴が「美意識を磨く」という、一見相入れない要素を同時に扱っているパラドックスに心が惹かれたのです。
ビジネスの成果、実現性、持続性や再現性……といったテーマを考えるにあたり、「ロジカルであるべきだ」「ロジカルこそが最も重要である」といった主張に異論を唱えるビジネスパーソンは滅多にいないと思います。今、あなたがご覧になっているこの知見録でも、「〜思考」や「成果を生み出すための〜」などのタイトルが付いた多くの書評が取り扱われていることがその証左でしょう。
私もそうでした。本書を読むまでは。
本書を読んだ後、大の甘党の私からすると、これまでの本が「ロジカル思考のミルフィーユ」に見えるようになりました。ロジカルな思考とは、何層にも「主張」と「適切な根拠」を積み重ねていくもので、ある種、画一的な結果を導き、その再現性を高めるための技術とも言えます。先に触れた「〜思考」などの書籍は、まるでミルフィーユのように、あくまでも見た目にもわかりやすく、きれいに積み重なった層を切り取っただけのようなものなのだ、と気づいたのです。
ただ、決して、ロジカル思考を蔑ろにするようになったという意味ではありません。ましてや、グロービスの「クリティカル・シンキング」のクラスで登壇する機会を頂く私にとって、ロジカル思考は愛おしいものですらあります。
ただ、物事を思考する際に必要な要素は、ロジカルな思考だけなのだろうか?という、私自身が向き合い続けている問いへの示唆を得た、と感じているのです。
究極に美味しいミルフィーユに“一番”必要なものは何か?
ここで閑話休題です。あなたに考えていただきたい問いがあります。
それは「究極に美味しいミルフィーユとは、(食感を左右する)生地の層の数で決まるのか?」です。必ずしも唯一の正解、不正解がある問いではないので、思考実験のつもりで考えてみてください。
おそらく、「層の数は美味しさを構成する要素の一部であって、それのみで美味しさが決まるとは言い切れない」という類の思考をされた方が多いのではないでしょうか?
とても素晴らしいロジカル思考だと思います。では、もう一問お付き合いください。
「究極に美味しいミルフィーユに“一番”必要なものは何か?」
もしこの問いが、「究極に美味しいミルフィーユに必要なものは何か?」であれば、材料や素材の良さ、製法、見た目、さらにはミルフィーユを食べる環境に至るまで様々な答えが思い浮かぶと思いますし、どれも正解と言えるでしょう。
しかし、この問いでは「“一番”必要なものは何か?」となっており、どれが相応しい要素かを決めるのは容易ではありません。
私はここにロジカル思考の限界を感じています。
ある一定の正解めいた領域までは、ロジカル思考を駆使すれば多くの人が辿り着く事はできるでしょう。しかし、その中から誰かに選ばれたり、愛され続けたりする要素を見出す事は至難の業です。本書ではその「正解」までが今や無価値化されていると警鐘を鳴らしています。
ですから、あなたが培ってきたロジカル思考に、本書で触れられている「美意識」という、あなただからこその価値を加えてみませんか?というのが私からの提案なのです。
ロジカル思考の限界を超えていくために
著者は美意識を養うためのミニ・エクササイズとして以下の3つの問いを私たちに投げかけています。
- あなたの「愛着のある品」は何か?その理由は?
- あなたにとって「目障りな品」は何か?その理由は?
- あなたの「スタイルアイコン」は誰か、なぜその人に惹かれるのか
これは言い換えると、自身の好き嫌いや愛着に対し自問自答する営みであり、考え抜くことを促しています。
美意識は直感にとどまりません。センスのある限られた人間の持ち物ではないのです。トレーニングすることが可能であるならば、それもまた希望になりえるでしょう。
きっと、ロジカル思考だけでは突破しきれない壁を越えるヒントや、ロジカル疲れのリフレッシュに役立つ新たな視野を手に入れることができるはずです。
ビジネスパーソンのみなさんは、業務に追われ多忙を極めていることと思います。ですが、願わくは、美味しい紅茶とミルフィーユと共に、ゆったりした気持ちで本書と向き合ってみてください。
『ハーバードの美意識を磨く授業: AIにはつくりえない「価値」を生み出すには』
著者:ポーリーン・ブラウン 監修・翻訳:山口 周 発行日:2021/11/26 価格:1,980円 発行元:三笠書房