コミュニケーション機会が増えればチーム力が高まるという幻想
イノベーション創造にむけた社内アイデアの発掘、生産性向上にむけた心理的安全性の確保、組織のエンゲージメント向上など叫ばれる中、対話の重要性が増している。そのために1on1を導入している企業も多いのではないだろうか。
こうした世の中の変化を受けて、矢面に立たされるのはたいていマネジャーである。しかし、コミュニケーション頻度を増やしたり、わかりやすく伝えるスキルを磨いたりしても、なかなか相手に自分の意図が伝わらない。メンバーが変わらない。相談されることも減ったように感じる。定期的に話す機会を設けているのに、メンバーのことがわからない――。彼らからのそんな不安の声は後を絶たない。
本来コミュニケーションは、伝える側と受けとる側の両方が必要である。にも関わらず、人は、つい伝え方や話し方ばかりに意識を向けてしまうのではないだろうか。
本書は、分かり合いたいと願う読者に向けて、あらゆる角度から「LISTEN(きく)」ことの重要性と教訓を訴えている。知見録読者にも多いであろう、人を巻き込む立場にあるマネジャーや広い意味でのリーダーの方々にとっても、学びのある一冊だ。
――相手の話に本気で耳を傾けたのはいつだろう。
優れた聴き手は、自分自身への批判的思考から
筆者は、聴くことの効用として「人は聞いてもらえたと感じるとより積極的に自分の話をするようになる――。より正しく多くの情報を得ることに繋がるだけでなく、問題解決力や創造力も高まる」と述べている。聴くことが、このような便益を生み出すのであれば、実践しない手はない。
では、実際に「聴く」を意識したコミュニケーションには、どういった姿勢で臨めばよいのだろうか。ビジネスシーンでは、よくこんな会話や質問が繰り広げられている。
「昨日の企画会議はどうでしたか?」
「提案書作成は終わったの?」
「〇〇さんからメールの返信はきましたか?」
一見、友好的で好奇心を持って相手の話を「聴く」質問にも見えるが、本書ではこれらを「タスクを確認するための質問」だと指摘している。実用的な質問を否定するわけではないが、こうした質問だけになってしまうとかえって関係性を悪化させかねないという。
また、次に以下はどうだろうか。
Aさん「先日、取引先から無理難題を要求されてしまいました。」
Bさん「私も以前同じようなことがあってね。その時は冷や汗ものだったけど、結局、〜な理由を丁寧に伝えた結果、先方が折れてくれたよ」
こちらも相手に共感しつつ解決策のヒントを示す友好的な会話に見えるが、会話の主人公がAさんではなく、Bさんに変わってしまっていることにお気づきだろうか。
2つの例からわかるように、自分の思考を保留し、相手の話だけに集中することは想像以上に難しい。私自身も、本書を手に取ってから「聴く」チャレンジを試みたが、どうしても相手の話に自分の話を被せてしまったり、話の文脈とは異なる考えやアイデアが浮かんできて、つい空想にふけってしまったりとする。気づけば、「聴く」をしているようで自分の時間になっているのだ。
聴くことは、あらゆる問題解決の第一歩
本書によれば、そもそも「LISTEN(きく)」には以下2つの姿勢が含まれるという。
- 自分の意見と合っている、違うなどと自分の頭の中で判断しながら聞く姿勢
- 話し手の景色や感じている感覚に意識を集中させながら聴く姿勢
私は話を聴いている、と自己評価する人の多くが前者であるとすれば、これまでの姿勢を見直さなければいけないだろう。
見直す際に厄介なのは、話すよりも思考のほうが速いということだ。本文の「次に何を話そうか、頭の中で考えている時は聞けていない」という一文が印象的である。つまりコミュニケーションにおいて、例えばマネジャーの立場だからこそ、メンバーに何かアドバイスしよう、良いことを言ってあげよう、と思えば思うほど、話を聴けなくなってしまうのだ。
どうやら、話をコントロールしたいという思いを手放したところに理想の関係性が待っているらしい。相手を想っているからこそ陥るジレンマである。
何事もバランスが大事であるが、もし誰かと分かり合いたいと願うならば、聴くことを意識してみてはどうだろうか。本書は、人と人の付き合いの本質を知る道しるべとなるだろう。
人は、聞いたことよりも、話を聞かなかったことに後悔し、言わなかったことよりも言ったことを後悔するものらしい。
――あなたもすでに話を聴きたい人の顔が浮かんでいるのではないだろうか。
著者:ケイト・マーフィ_(著)、篠田 真貴子(監訳)、松丸 さとみ (翻訳) 発行日:2021/8/5 価格:2,420円 発行元:日経BP