「ブルゾンちえみ」が気になる理由をまじめに考えてみた 

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「ブルゾンちえみ」というお笑いタレントが人気である。正確に言うと、いま流行っているのは「ブルゾンちえみ with B」である。ブルゾンちえみという女性と、高身長で細マッチョの男性2人の組み合わせだ。彼らがブレイクしたネタは、キャリアウーマンに扮したブルゾンちえみが、恋愛に悩む女性(クミちゃん)にアドバイスするというもの。元カレのことが忘れられなくて仕事に集中できないクミちゃんに対して、イケメン2人を従えたブルゾンちえみは最後に決めゼリフを吐く。

「男はガムと一緒。味がしなくなったら、また新しいガムを食べればいい。だって、地球上に男は何人いると思っているの?・・・35億・・・あと5000万人」

さて、世間の流行は時代の気分を映す鏡だといわれる。映画「君の名は」などのプロデュースで有名な川村元気は、人々の集合的無意識を突いたときにヒット作品につながると語る(参考:朝日新聞ひろば「仕事は人生を楽しくする装置」川村 元気が語る仕事―3」)。集合的無意識とは、多くの人が無意識に共通で感じていることであり、心理学者ユングが提唱したものだ。ブルゾンちえみのブレイクも、人々の集合的無意識を突いたと言えるだろう。

彼女のコントが人々の集合無意識を突いた理由として、次の3点が考えられる。
●内容・・・コントのストーリーやセリフが響く
●構成・・・コントの設定や配役が響く
●人・・・ブルゾンちえみの声、滑舌の良さ、見た目、Bの見た目などが響く

このうち、私は内容と構成・演出に注目している。その理由は、ブルゾンちえみとBの2人はフリートークで人気を博したコメディアンではなく、あくまで例のコントのネタとセットでブレイクしたからである。ブルゾンちえみのブレイクが多くの人にとって「どうでもいいこと」であるのを百も承知で、あえて真面目に考えてみたい。ひょっとすると、何か我々の仕事や生活にとって意味があるかもしれない。

ブルゾンちえみのコントの「構成」

ブルゾンちえみのコントには、次のような構成上の特徴がある。

1. ブルゾンちえみが語りかけている相手(クミちゃん)はコントに登場しない
2. 誰だか分からない謎の人物2人(B)が登場する。Bは言葉を発しないが肉体美は披露する
3. コントに登場する3人には名前がない。ブルゾンちえみは「キャリアウーマンです」と自己紹介するが、Bは自己紹介すらない。しかし、ブルゾンちえみが語りかけている女性には「クミちゃん」という名前がある

これを下図のように整理した。ブルゾンちえみの「キャリアウーマン」という匿名性と抽象度の高さ、名前がなく言葉を発しないwithBの非現実感は、固有名詞を与えられている「クミちゃん」とは対照的である。一方、具体的な名前を持つクミちゃんは登場しない、透明な存在である。

なお、クミちゃんは数式における「X(エックス)」のような存在であり、受け手が自由にイメージを代入できる。彼氏のいない女性ならば、クミちゃんの位置に自分を代入することが多いだろう。「X」に入る値には女性という前提はあるが、年齢については幅広くカバーしている。なぜなら、彼女に説教しているキャリアウーマン(ブルゾンちえみ)が年齢不詳だからである。ブルゾンちえみは26歳と若いが、彼女が演じるキャリアウーマンには服飾デザイナーの「コシノジュンコ」(77歳)のイメージが強く反映されている。このようにキャリアウーマンが年齢不詳のキャラクターなので、クミちゃんも同じく年齢不詳である。

ちなみに、コントに登場しない人物に注目させるという手法は、平野ノラ(38歳)も同じだ。平野ノラはブルゾンちえみの少し前にブレイクした女性芸人である。彼女が演じる「美奈子」はバブル時代の女性で、大きなショルダーフォンを肩にかけ、逆さ言葉を多用する。電話には「しもしも~」と出て、電話の相手の名前を言う。相手はバブルの頃に人気があった有名人男性という設定である。例えば俳優の舘ひろし、野球選手のデストラーデなどだ。当然ながら、彼らはコントに登場しない。しかし、受け手の興味は電話口の男性に向く。あえて登場させないことで、「今回は誰の名前が出てくるのだろう」とその余白部分を想像させるのだ。しかし、平野ノラの用意する余白には、バブルの有名人男性しか入れられないという縛りがある。一方のブルゾンちえみが用意する余白は女性ならば誰でも入れられる。

ブルゾンちえみが用意した余白であるクミちゃん=Xの面前に現れる3人は非現実的な存在である。非現実的な3人が繰り広げるコントは、仕事に集中できないクミちゃんが見ている「白昼夢」のようでもある。この白昼夢に登場するのはクミちゃんの憧れの反映であるキャリアウーマンと、自分がキャリアウーマンになったときに相手にしたい男性B(高身長で細マッチョ)である。そして、我々がXに自分や誰かを代入することにより、そのメッセージは強く迫ってくる。

ここまで彼女のコントの「構成」を分析してきた。次は「内容」について分析する。

ブルゾンちえみのコントの「内容」

ブルゾンちえみのコントの特徴は、男性を選ぶ基準として「身体的な魅力」が前面に出ていることである。これは先に挙げた「平野ノラ」が演じるバブル女性と対照的だ。平野ノラは、バブル時代のイケイケ女性をパロディにしている。彼女の「アッシー、メッシー、舘ひろし」というセリフは、アッシーやメッシーをショルダーフォンで呼び出していることを暗に示している。なお、アッシーとは送り迎え専用の男性で、メッシーとは食事を奢ってもらうだけの男性のことを指す。平野が扮する女性が男性を選ぶ基準は、男性の記号的価値(ステイタス)や経済的価値など、自分にとっての利用価値である。当時、「3高(高収入、高学歴、高身長)という基準があったが、ほぼこれに準じている。それに対して、ブルゾンちえみ演じるキャリアウーマンは、男性の記号的価値や経済的価値よりも、若い細マッチョが持つ身体的価値の魅力に惹かれている。

<男性を選ぶ基準の違い>

彼女が男性に収入やステイタスを求めない理由は、彼女がキャリアウーマンだからである。つまり、彼女は仕事を通じて自分自身でステイタスを獲得し、経済的な豊かさも得ている。だから、男にそういうことを求めない。だから、ステイタスや収入という基準を度外視して異性を選ぶ「自由」を持っている。選択の自由が大きいから「男性は35億と5千万人いる」というセリフを吐けるのだ。ただし、その自由は「バブル時代の男性の裏返し」ではない。

ここでブルゾンちえみのセリフを引用しよう。

「花は自分からミツバチを探しに行きますか?・・・探さない、待つの。撒いてごらん、自然と男は寄ってくるから」 

バブル時代の男性、特にアッシーやメッシーは花ではなくミツバチである。ブルゾンちえみがクミちゃんに説くことは、女性は花のようにミツバチ(異性)を吸い寄せろということと、異性に経済的な要素やステイタスなどの利用価値を求めるな、自立せよということである。

女性のブルゾン化は、女性にとっていかなる意味を持つか

このコントが時代の集合無意識を突いたとしたら、クミちゃん=Xに代入された視聴者(女性)を主人公として、その無意識の願望をコントに映している可能性がある。

クミちゃんは元カレが忘れられない一般の女性である。仮に彼女がブルゾンちえみ演じるキャリアウーマンのように女の色気を磨けば、男性が寄ってくるようになる。キャリアウーマンになれば、交際相手に記号的価値や経済的な利用価値を男性に求めなくて済む。そうなれば、恋愛における自由度が増す。

ちなみに、男性が持つ「ステイタス」や「収入」の魅力と引き換えになるのは、女性の「若さ」や「美貌」であることが多い。そして、美は若さとともに失われるのが世間の相場である。その証拠に、年老いても美貌が失われていな人は(美)魔女と呼ばれてしまう。

クミちゃんが元彼との別れを惜しんでいる背後には、元彼と出会った頃の「若さ」という価値を、結婚が成就しなかった男性に投資してしまったことがある。若さの価値は時間と共に低下する宿命にある。だから、ブルゾンちえみのメッセージが響くのだ。しかし、男性に収入やステイタスを求めなければ、自分の若さを引き換えにする必要はない(下図参照)。

そうなれば、クミちゃんの悩みは緩和される。元彼のことなどなどさっさと忘れて、男は35億と5000万人から選べばいい。ブルゾンちえみが突いた時代の「集合無意識」は、これかもしれない。

ちなみに、こうした集合無意識の兆候は、ブルゾンちえみ以前にもあった。それは今年ドラマ化された漫画「東京タラレバ娘」である。詳細は割愛するが、この漫画の主人公の髪型や体型は、ブルゾンちえみに似ている。こうして東京タラレバ娘によって徐々に表面化した集合無意識は、ブルゾンちえみのコントによって表に引き出された。

さて、ここまでの説明では女性に受けた理由を説明してきた。しかし、ブルゾンちえみwithBがお笑い番組だけでなくCMにも引っ張りだこなのは、女性だけではなく男性にもウケたからである。では、このコントの何が男性の集合無意識を突いたのだろうか。

男性にとって、女性がブルゾン化すると何が嬉しいか

男性にとって、身近にいる一般人女性がキャリアウーマンを目指し、色気を磨き、恋愛に積極的になったら何が嬉しいのか。おそらく、それは2つある。

第1に、「経済的能力で値踏みされるプレッシャー」からの緩和である。家族社会学者の山田昌弘氏によると、現代の婚姻率が低下している主な理由は、若年男性の経済力の低下と格差の拡大にあるという。80年代までの若年男性は終身雇用の正社員が多く、男性の収入は安定して増える見通しが立っており、結婚に際して経済的な心配は少なかった。それに対し、現在は未婚男性の4割は非正規雇用か無職であり、妻子を養えるだけの収入を得られない男性が増大している。ブルゾンちえみ演じるようなキャリアウーマンが増えれば、経済的に不安のある若年男性にとって、女性からの「男性の経済的能力を値踏みする視線」から解放されることになる。あとはBのように体を鍛えるだけだ。これはお金がなくても可能である。雑誌の「ターザン」でも読んで、ペットボトルを使って筋トレすればよい。

第2に、「恋愛告白に伴う心理的コストを下げること」である。近年はいわゆる「草食系男子」が増えている。草食系男子が恋愛から距離を置く最大の理由は、恋愛に興味がないことよりも、告白することのハードルが高く見積もっているからだ(参照:続「逃げ恥」論: 恋愛における「告白コスト」の重さ)。男女雇用機会均等法や、女性の社会進出に伴い、女性の権利は強化された。そして、恋愛告白において昔は男から告白するのが相場だったのだが、それが男女平等になっていった。その結果、男女ともに恋愛告白に伴う痛みのリスクを避けるために、告白行為が宙に浮いてしまった。今や恋愛を成就させるには微妙な空気を読みあうことが求められ、LINEにおけるメッセージの書き方ひとつひとつを気にする世の中だ。しかし、ブルゾンちえみが演じるような女性が多くなれば、男性も告白しやすいだろう。彼女は自分のポジションを「ミツバチではなく、花」とはっきり決めているため、相手の恋愛告白を誘導する行動をとるはずだからだ。

このように、ブルゾンちえみは女性だけでなく男性の集合無意識も突いている。

まとめ

ブルゾンちえみが描く世界はクミちゃん=Xの願望であり、それはXが見る白昼夢のようだ。そしてXに自分や誰かを代入することにより、そのメッセージは我々に強く迫る。こうして彼女が試行錯誤の末に生み出したコントは、ラジオのチューニングがぴたりと合うがごとく、時代の集合無意識を突いた。

集合的無意識は意識に先立って現れる。数年後にはブルゾン化した女性が増えてくるかもしれない。それは男性にとっても歓迎だろう。
 

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