「近年のマーケティングで成功した事例は?」と問われれば、多くの人がUSJのケースを挙げるのではないか。P&Gからやってきた森岡毅氏は、入社早々矢継ぎ早に手を打ち、低迷するUSJの来園者数をたった5年で700万人から1400万人へ倍増させた。森岡氏の仕事ぶりはNHKの「プロフェッショナルの流儀」で密着取材され、USJ大復活の裏にひとりの“マーケター”ありと多くの日本国民が知るところとなった。
本書に紹介された事例の中で、私が特に感銘を覚えたのはクリスマスに流すTVCMの話だ。コアターゲットを「小さな子供連れファミリー」と定め、「子供と本気で楽しめるクリスマスはあと何回もない」という親の切ない深層心理に訴えかけ、「いつか君が大きくなってクリスマスの魔法が解けてしまうまでに、あと何回こんなクリスマスが過ごせるかな・・・」というコピーをパパ目線のナレーションで語るというものだ。結果、プロダクト(施設)は前年と全く変わらないのに、TVCMの変更だけで集客効果は前年に対して倍増したのである。ハリーポッター導入前で、設備投資をする余裕が一切ない中での快挙である。
その鮮やかな手腕に、経営者や人事担当者ならば思わず、「あんなスーパーマンのような人が我が社にいてくれたらなぁ」「外資系のマーケターでもひとり連れてきたら、ウチもあんな成長カーブを描けるのだろうか」とため息を漏らしたくもなるだろう。
人材育成の観点から、企業はどうやって森岡氏のようなスキルを持った人材を育てるべきだろうか。森岡氏は本書の中で、日本企業はマーケターが育ちにくい環境であること、それでも日本企業が世界で伍していくためには優秀なマーケターの存在が欠かせない旨を繰り返し述べている。確かに、私が日頃から担当している法人顧客の組織構造やキャリアモデルを見ても、プロのマーケターを本気で育てようという意図は見えないケースが大半である。例えば、他の部署から異動でやってきて、数年後にまた別の部署に異動してしまう、業務領域が営業支援や生産計画調整の域を出ていないといったマーケターは多いのではないだろうか。
USJのケースを見ても明らかなように、企業がマーケティングを意思決定の中心に据え、徹底的に消費者視点に変わることで、アウトプットは急成長する可能性がある。それにもかかわらず、多くの日本企業は「マーケティング部を特別扱いすること」を組織秩序の観点から嫌がっているように私には見えるのだ。
森岡氏は、「リーダーシップの強い人」「考える力(戦略的思考の素養)が強い人」「EQの高い人」「精神的にタフな人」がマーケターに向いていると言う。私は本書を、人事部や育成担当者(もちろん企業経営者も)にこそ手に取って読んで欲しいと思う。そして、「上記のような素養のある人材が自社にいたとして、彼/彼女をマーケターとして育てるにはどうしたらいいか」を本気で考えるべきだと思う。
森岡氏は自身のキャリアを分析し「P&Gに育てられた」と述べている。もちろん、一朝一夕にP&Gのようなマーケター育成のケイパビリティを持つことはできないだろう。ならば、そのギャップをどうやって埋めていくべきなのか、あるいは自前主義ではなく市場の強力なマーケターを獲りに行くべきなのか、いざマーケターを獲得したとして、既存の社内慣習に囚われず十分な権限を与えることができるのか――。ぜひ本書をきっかけにリアリティを持って考えていただきたい。
『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』
森岡 毅(著)
角川書店
1400円(税込1512円)