「大人のスクール水着」が話題だ。販売実績も徐々に上がっているという。最初に誤解しないようにしておくが、今回取り上げるのはれっきとした歴史あるスクール水着メーカーが、「大人の女性のために開発したスクール水着」が、「大人の女性自身の支持を得て売れている」という話なので念のため。
スクール水着メーカーの外部環境の変化に合わせた成長戦略
歴史あるスクール水着メーカーとは「フットマーク株式会社」だ。1941年に東京墨田区の繊維メーカー街にゴム布製品の製造卸を目的として創業された。始めは赤ちゃん用のおむつカバーなどを扱っていたが、1969年からスクール水泳帽子の全国展開を開始。1975年からは水泳帽子のほか水着、スイムグラスなどの水泳用品などを開発し今日まで75年の歴史を積み重ねている。
同社が水泳用品を取り扱い始めた頃、1971年から1974年の間に出生数200万人を超える第二次ベビーブームが起きた。その子どもたちの学齢期にあたる1981年に小学校入学者数がピークを迎え、学校のプール普及率も1980年から大きく伸びて85年の時点では7〜9割以上となっている。まさに水泳事業の黄金期であったと言えるだろう。
だが、人口動態の変化からその繁栄には陰りが読み取れたはずだ。出生率は1981年をピークに低下の一途を辿ることになるが、婚姻率を見れば1972年をピークに81年の時点でも低下し続けており、この先しばらくは小学校入学者、つまりスクール水着ユーザーが増加することは望めないのがわかる。
アンゾフのマトリクスで考える「大人のスクール水着」を開発したワケ
企業の成長戦略を考えるフレームワーク、「アンゾフのマトリックス」で同社の課題を考えてみよう(参考:人口減でも生き残れるか?各社の対策をアンゾフのマトリックスで見る)。アンゾフのマトリックスにおいて「既存の商品を使って既存の市場で成長を目指す」という、第1象限の「市場浸透」では、スクール水着という既存製品を既存の学校市場においてシェアを拡大することになり、それは市場自体が縮小しているため困難だ。そのため同社は、「新市場に新商品を出す」という、マトリックスでは最も難易度が高い第4象限の「多角化」として介護製品事業に挑んだ。元々、同社はおむつカバーの技術があり、同象限で成功するために必要とされる「シナジー」を確保していたことがわかる。
もう一つの事業の柱を確立したのはいいが、主力のスクール水着事業がこのままではジリ貧に陥る。そこで、第3象限の「新市場開拓」に目を向けたのだ。この「新市場」とは2つの意味がある。1つは物理的な新たな地域への進出だ。しかし、スクール水着は戦後、学校の授業に相応しい形状・機能をメーカーが開発し、学校指定水着として定着していった日本独自の歴史と仕様をもったもの。いわゆる「ガラパゴス商品」なので、海外などの新たな地域への展開は困難だろう。
「新市場」のもう1つの意味が「新たな属性」に向けた展開である。女性向けのブランドが、男性向けの商品展開を始めるなどはこの例だ。そして、フットマーク株式会社は「小中高生」という従来の属性から「大人の女性」という属性を持った市場に足を踏み入れたのである。
新市場進出は「ニーズ先行」なのか「メーカーの想い先行」なのか
同社のニュースリリースによると、3年前から同社の直販ECサイトにおいて「今までになかったスクール水着」を開発してきたという。元々のターゲットは小中高校生の女子だったが、第2弾頃から濃紺やブラックというシンプルなカラー、体型をカバーできるデザイン、豊富なサイズ展開が支持されて大人の購入が目立つようになり、第3弾で大人もオシャレに着られるデザインにして需要がさらに拡大したそうだ。同リリースには以下のような「大人の女性」のターゲット像が示されている。
・パステルカラーの派手な水着や露出の多いビキニは恥ずかしい・・・。
・控え目なモノトーンの水着が欲しいけれど、露出を控えた水着が見つからない。
・プールや海に行くのは年に数回。どちらでも着られる水着が欲しい。
つまり、第1弾、第2弾では上記のような未充足ニーズを持った女性が、その想いを「水着 モノトーン 露出少ない」などのキーワードに乗せてネットを検索し、同社の直販サイトに辿り着いて購入したのだと思われる。
そう考えると、この「新市場開拓」に至る道のりは、ユーザー主導で同社にとっては「ラッキー」なことのように思えるが、筆者はそれだけとは思えない。スクール水着のトレンドを調べると、ここ10年ほど前から、いわゆるワンピースの「スクール水着然」としたものは少数派になっており、セパレート型で上は半袖、下はハーフパンツのような形状になっている。生徒自身が脱ぎ着しやすい、肌の露出が少なく抵抗感が少ない等のメリットがあるらしい。
とすると、リアルユーザーのニーズはセパレート型で満たされている。しかし、フットマーク株式会社は、あえて「今までになかった(かわいい)スクール水着」にこだわって開発をしてきたのだ。その「メーカーの想い」が、新たな属性のユーザーのニーズと結びついたのだ。
顧客のニーズに応えることはマーケティングの鉄則である。しかし、ニーズを後追いしているだけでは新しい物は何も生まれない。自社のシーズを押し出して、それと結びつくニーズとニーズを持ったターゲットを探すことも欠かせない。その意味からも同社の展開からは学ぶべき所がある。
ターゲット層の拡大と普及の可能性
では、スクール水着の老舗で大手のフットマーク株式会社の想いと、大人の女性のニーズが詰まったこの「大人のスクール水着」はどの程度ヒットする可能性を秘めているのだろうか。
日経トレンディーネットの記事に掲載されている、製品開発にも携わった直販サイト店長のコメントがヒントになりそうだ。「これまでは体形を隠したいという理由から、3L〜6Lまでの規格外を含む“大きなサイズ”が買われる傾向が強かった(中略)今年の新作は、いわゆる通常サイズの購入率が、発売後1カ月で68%にも上る」という。
上記のコメントから、この商品の大きなヒットの可能性が推察できる。前述のように、大人の購入が始まった第2弾や第3弾は、既存の水着に未充足ニーズ持った女性達がネットを検索して購入したのだと思われる。その時のキーワードは、上記コメントから考えると、前述の「水着 モノトーン 露出少ない」に加えて「大きなサイズ」、もしくはもっと直截に「○L」など自分のサイズを続けて入力したのではないか。そして辿り着いた課題解決商品は、購入者にとってはまさにニーズを満たす理想的なウォンツ(モノ)ではあるが、その商品や自らが購入したという事実、もしくは使用している姿などをSNSにアップする可能性は低いだろう。なぜなら、「隠したい」というニーズと伝播させるという行為は相反するものだからだ。
一方、「いわゆる通常サイズ」の購入層の購買決定要因(KBF=Key Buying Factor)は、「露出控え目・色抑えめ」であるのは確かであろうが、「かわいい」という要因も大きいだろう。事実、製品の発表後「かわいい」「着てみたい」というポジティブなコメントが散見される。プールや海の季節になれば、購入者は使用感や自らの姿を伝播させるのではないだろうか。
イノベーション論で有名なE.M.ロジャースによるイノベーションの普及要件の1つに「観察可能性」というものがある。実はこの内容はロジャースの著書『イノベーション普及学入門』(1981年)では、「目に見えない効果ではなく、明らかに効率が上がる、もしくは質が向上するなどの効果が観察・実感できること」という主旨で述べられていた。これだけであれば、自分自身がしっかりと効果を実感できれば済む。
だが、2007年版の『イノベーションの普及』では、「周囲の人の目に触れて賛辞や共感されるなどして他の人に拡散されること」という要素が付け加わっている。ロジャースは「普及要件」を「普及速度」とも言い、それらの要素を満たしているかどうかで普及の成否と拡大のスピードが変わってくるとしている。その意味からすると、「大人のスクール水着」は、それまでの水着とは規模と普及速度において格段のヒットとなる可能性を秘めていることになる。
この夏、「大人のスクール水着」で水と戯れる女性がどれだけ現れるのか、非常に興味深いところである。