『グロービスMBA組織と人材マネジメント』の第5章から「多様性のマネジメント」を紹介します。
現在の日本では「女性活躍社会」ということが話題になっていますが、活躍してほしいビジネスパーソンはそれにとどまりません。少子高齢化という現状を踏まえると、外国人労働者やシニア人材にも活躍していただければなりませんし、障害者の活躍なども重要な論点です。かつての日本は、特に総合職といえば 日本人の(健康な)男性を前提にしていましたが、いまやそういう時代ではありません。女性はもちろんのこと、ありとあらゆる人材に活躍していただかないと、日本は沈没してしまいます。
ただ、多くの企業では、人事の仕組みはまだ昭和時代の面影を引きずっているのが現状です。本来、多様性(ダイバーシティ)は企業の競争力強化に資するはずなのですが、それを実現できている企業は多くはありません。組織としての柔軟性や環境変化対応力、さらには競争力強化の側面からも、多様な人材を、単なるアリバイ作りではなく、真に企業の戦力とできるかは、日本企業につきつけられた大きな課題と言えるでしょう。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
若年者
少子高齢化社会の本格的な到来はマネジメントのあり方を変える。団塊の世代が大量に定年退職し、若年労働者の数は確実に減ることが予測されている。このような労働人口構成の状況で、組織を存続させるためにいかに人材を確保するかはマネジメントの重要課題である。
しかも、若年者の数が減るなかで、フリーターといった正規の雇用契約を結ばない若者が増えている。また、そもそも仕事に就こうとしないニートと呼ばれる若者も増えている。もちろん、このような若者に就業機会を提供するという課題は政治が担うべきものであるが、将来の安定的経営を考えた時、企業人も真剣に取り組むべき課題といえよう。正社員にならない若者が増えることは低所得者が増えること、ひいては、他の先進国の事例が示すように犯罪増加などの社会不安をもたらす可能性があるからだ。そして、最終的には組織がコスト負担せざるをえなくなる可能性が高い。社会貢献という立場からも、こうした若者に就業機会を提供することが検討されなくてはならない。
高齢者、障害者
企業市民としての企業は、若年者に労働機会を提供するだけでなく、高齢者や障害者といった社会的弱者に労働機会を提供することも求められている。法的、社会的な要請はあるものの、高齢者や障害者を積極的に雇用する組織はまだ多くない。たとえば、高齢・障害者雇用支援機構によると、民間企業の障害者の実雇用率は、1.52% (2006年6月1日現在)となっている。
高齢者や障害者を有能な働き手に変えるのはマネジメントの力である。年齢や心身のハンディキャップがあったとしても、能力を開発することは可能だ。たとえば、ヤマト運輸の会長であった小倉昌男氏は障害者雇用のためにベーカリー店を展開し、その運営を障害者に任せた。小倉氏が亡くなった後も、その遺志は引き継がれ、店舗数を増やしている。環境を整えさえすれば、心身にハンディキャップを持っていても、十分に働くことができることを示す事例である。
ユニバーサル・デザインの導入
また、高齢者や障害者が働きやすい職場環境は、他の組織メンハ一にとっても働きやすい職場環境といえる。その観点から、ユニバーサル・デザインの普及が望まれる。ユニバーサル・デザインの意味を物理的環境だけでなく、仕事の手順をだれでもできるようにわかりやすく示すということまで広げると、たとえば、マニュアルの工夫やITの活用によって、ハンディキャップを持った人でも仕事をこなすことができるようにすることなどが考えられる。上記の小倉氏が創設したヤマト福祉財団では、業務プロセスを工夫し、宅急便の配達作業の一部を障害者に任せている(同財団ホームページより)。
将来的には高齢者や障害者の雇用についての社会的および法的な要請はさらに強まるだろう。企業は、景気が回復したいまのうちにこうしたユニバーサル化を検討すべきではないだろうか。
外国人労働者
近年注目を浴びているのが外国人労働者のマネジメントの問題である。すでに、一部の外国人に限っては、就労が認められており、多くの生産現場で中心的な役割を果たしている。そのため、工場でのマニュアルや標語はポルトガル語で書かれていることも少なくない。
政府の基本姿勢は、単純労働者は受け入れないという方針であるが、専門的スキルを持った外国人については今後増えることになろう。事実、日本におけるIT技術者の不足を補うようにインド人技術者が多数日本で働いている。
日本の若年者の人口は全体として減少傾向にあり、しかも学力も低下傾向にある状況を考慮すると、外国人労働者の受け入れは好むと好まざるとにかかわらず、進むことになろう。彼らがいなければ、一部のビジネスは機能しなくなっている。すでにブラジル人街やインド人街ができ、学校や銀行までできているという事実を直視すべきだろう。外国人労働者の増加は、企業によい意味での多様性をもたらすことも期待される。
外国人労働者のマネジメントを考えた場合、重視すべきは文化や宗教、そしてそれらに基づく価値観の違いである。システムの運用面でも、日本人はどちらかというと言葉ではっきりと表現せず自分の考え方を相手に悟らせるといったコミュニケーション・パターンを好む傾向がある。このようなタイプのコミュニケーションでは価値観の違う人間同士の場合、理解しあうことが難しくなるだろう。あるいは誤解やトラブルを引き起こす原因になるかもしれない。
これまでは、外国人労働者が働く場は製造現場が中心であったため、会話は作業指示など定型的なものが多く、それほど込み入ったコミューケションは必要ではなかった。しかし、増加傾向にある専門的能力を持つ外国人とのコミュニケーションは、重要な意思決定をめぐるものと想定される。
外国人労働者をマネジメントする時のポイントは外国語に熟知することではない(もちろん、言葉はできるに越したことはないが)。相互の考え方を理解できるように言葉を尽くすことがポイントとなる。
なお、本節で述べた外国人労働者のマネジメントは、ドメスティックな企業が国内の職場において外国人労働者を受け入れるという、狭義の場面を想定している。グローバル企業のグローバル・マネジメントについては次節で詳述する。
(本項担当執筆者: グロービス経営大学院教授 佐藤剛)
次回は、『グロービスMBA組織と人材マネジメント』から「『運用』の重要性」を紹介します。
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