前回、仮説を持つことの意義として、「検証マインドの向上と、それゆえに高まる説得力」、「関心、問題意識の向上」の2点を挙げました。今回は、それ以外の意義について説明していきます。
メリット3: スピードを生む
現代の企業にとって最も大事な資源は何でしょうか。かつて、第1次産業、第2次産業が中心の時代は、工場や土地そのものが企業にとって重要な資源でした。もちろん、現代でもその要素は重要ですが、相対的な重要度は下がっています。
これに代わって、より重視視されるようになってきたのが、「ヒト」という要素です。ヒトの持つ可能性、言い換えればヒトの能力とやる気の積を最大化した上で、それを効果的に企業価値につなげていくことが現代の企業の重要なテーマとなってします。
では、「効果的に企業価値につなげる」ために必要なものは何でしょうか。おそらく、経営大学院で学ぶような理論も重要でしょうし、ヒトを説得するための対人コミュニケーションも必要でしょう。そして、それらと同じくらい重要なのが、限られた時間の中で何をすべきか/すべきでないかを、明確に決めることです。
実際、仕事の効率が悪い人を観察してみると、何をどこまでやるかにメリハリがなく、優先順位付けが出来ていないというケースが非常に多いのです。そして、そうした人をさらに深く見ていくと、共通しているのは、仮説を持ちながら仕事をするということ、さらに言えば仮説を検証し、修正・発展させるということをしていないのです。
強盗事件の捜査を例に考えてみましょう。捜査人員は限られるため、当然、最初に得たさまざまな証拠(現場の遺留品、目撃者の証言など)をもとに、可能性の高いと思われる仮説(「内部犯行」「顔見知りの犯行」・・・)を立て、それに優先順位をつけながら捜査を進めていくことになります。そうしていく中で、仮説がどんどん裏づけ(検証)され、容疑者が絞り込まれていきます。仮に、警察が何の仮説も持たずに捜査を進めたら、極めて冗長で無駄の多い捜査になってしまうでしょう。そして真犯人の見当がつかないうちに、どんどん証拠が風化してしまうのです。
これはビジネスでも同様です。たとえば、ある消費財のプロモーションのオマケの商材を決めるときに、「どんなオマケがいいですか?」と、何の仮説もなく消費者やチャネルに聞いても、彼らから自社の定める方向性と合致したアイデアが出てくることは稀有でしょうし、スピードも大きく殺がれます。まずは自分なりにあらゆる情報を総動員して「これがいいのではないか」と仮説をもち、それをヒアリングでぶつけてみる、あるいはテスト的に実施しながら検証するという手順を踏んだ方が、スピードは遥かに向上します。
第1回に、ビジネス推進仮説の(事前)検証は7割くらいの精度で十分だと書きました。なぜ10割ではなく7割かというヒントもここにあります。10割を目指すことは、確かに説得力などは上がるかもしれませんが、それ以上に大事な要素であるスピードを殺いでしまいます。そもそも、ビジネスの世界では、科学の世界のような普遍的・絶対的な真理があるわけでもありません。時間的にも場所的にも限られた下での「条件付き真理」にすぎないのです。明日には顧客の嗜好がすべて変わってしまうかもしれませんし、予想もしていなかった代替品が登場するかもしれません。それゆえ、そんな「条件付き真理」を10割の精度で証明しようとするより、7割の精度でもいいからスピーディに動くことで競合に差をつけたほうがいい、という考え方が、経験論的にビジネスの場では有効とされているのです。
メリット4: 行動の精度を生じる
「仮説を持つことがスピードにつながることは分かった。しかし、それはアクションの精度を殺いでしまうことにならないのか」「仮説が間違っていた場合、間違った方向に進んだりはしないのか」
こうした質問をよく受けます。実は、これは私が新米コンサルタントの頃に抱いた疑問でもあります。結論から言えば、仮説思考を持つことは、スピードのみならず、行動の精度にもつながっていきます。ただし、そのためには以下の二つが担保される必要があります。
・(特に具体的行動レベルに近い仮説においては)より「解」に近い仮説を立てられるようになること
・検証の質とスピードを高め、仮説検証の作業を早くまわせるようになること
後者は、スピードを増すことでキャパシティを増やし、それによって精度も維持しようというものです。こちらについては、それほど異論はないでしょう。これに対し前者は、では「解」に近い仮説はそもそもどのように立てればいいのかというさらなる問いが出てくるに違いありません。これについては、別の機会にご説明します。
昔から「仮説検証」という言葉をあらゆる場で強調されてきた、イトーヨーカ堂グループCEOの鈴木敏文氏はこのように言っています。「仮説とは、なぜこの商品をこの数だけ売るかの理由である。検証とは店舗における結果である。結果に問題があれば、新たに仮説をたてて検証する。このプロセスを商品単品ごとに繰り返すことが、消費市場への対応につながる」
まさに、仮説を立て、それが説明できるようにする、そして必要に応じて走りながら検証し、新しい仮説につなげていることが分かります。そしてこのやり方が正しかったことは、同グループの利益率や新商品の多さにも現れています。仮説検証は、個人ベースもさることながら、企業のスキル、文化として定着したときに、予想以上の効果を生みます。
仮説の立て方に入る前に、次回は、そもそも「良い仮説とは何か」を考えてみましょう。
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