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星野リゾート社長・星野佳路氏×iモード開発・夏野剛氏×カネボウ化粧品再生・知識賢治氏「苦しいことは面白い」(前編)

投稿日:2009/07/28更新日:2019/04/09

体育会で根拠のない自信をつかむ(星野)

堀:皆さんこんにちは。今年のあすか会議、最後のセッションは「創造と変革の志士に望むこと」がテーマです。あすか会議の目的は、普段、大学院でケースメソッドを通じて議論している学生たちが、リーダーに会って直接話をすることで、それぞれ何かを感じ取ることです。その最後を飾る本セッションでは、ぜひ考えていただきたい三つの要素についてお話ししていきます。「能力開発」、「志」、そして「人的ネットワーク」の三つ。人的ネットワークとは人間力と定義することもできますね。ただ単に名刺交換すれば良いわけではなく、心、あるいは人間力を高めたうえで人々を巻き込んでいく力とも言えるでしょう。

まずは、これら三つの要素に関してお集まりいただいたお三方に伺っていきます。また、途中から、ゲストとしてお招きした侘び数奇道家元の山田宗偏さん、そして元・株式会社ポッカコーポレーション名誉会長の内藤由治さんからも、皆さんに望むことをズバっとお話ししていただきましょう。まずは能力開発という視点からご自身がこれまで歩んでこられた道のりについて、さしあたって星野さんからお話しいただけますでしょうか。

星野:実際には何らかの能力を意識しながら計画的に訓練、または努力してやってきたというわけではないんですね。私を含めて、私どもの会社が培ってきた能力というのは、目の前の問題を解決することの積み重ねによって身に付いたものです。

もし私が経営者として何らかのリーダーシップを持っているなら、それはどこで培ったものなのだろうと少し考えてみると、大学や大学院での勉強、あるいは社会人になってからの仕事ではなく、学生時代、体育会系で活動していた経験が大きかったのではないかと思っています。私は長野県の軽井沢でスピードスケートをはじめて以来、中学、高校、そして大学でもずっと体育会系でした。慶応義塾大学ではアイスホッケー部に所属し、ホッケーのトレーニングだけは毎日4時間続けていました。

上下関係の厳しい体育会です。1年生の頃はずいぶん理不尽な組織だと感じたこともありました。それでも体育会系で学んだことは大きかった。現在の会社で採用している評価制度や人事制度は、実は体育会にヒントを得ている部分がとてもあります。日本人に向いていると簡単に言うのは良くないかも知れませんが、私たちの文化に合っている側面もたしかにある。私はそう感じています。

体育会の風土も時代とともに変化していると聞いていますが、私たちの時代に関して言えば、勝利という最大の目的に向かってとことん自分たちを追い込んでいきました。とにかく悔いが残らないようにやろうと、もう徹底してトレーニングする組織でしたね。早稲田や明治には素質のある学生がたくさん入る。だったら我々は早稲田の2倍、明治の4倍練習しようと。「練習こそ不可能を可能にする」というのが基本的な考えでした。もちろん肉体的にも精神的にも本当に辛かったし、辞めていくメンバーもたくさんいました。

ただ私のキャリアを考えたとき、当時、「限界を超える」という言葉で表現をしていた体験が、「どんなに辛いことも必ず乗り越えられるんだ」という根拠のない自信にも繋がっていきました。社会人になってからも大変なことは色々と経験していますが、私には眠れないほど悩むなんていう時期がなかった。どんな苦境でも切り抜けられる自信があったからです。

体育会系で学んだ要素はもう一つあります。それはチームワークです。体育会系ですから当然のことながら先輩を敬うし、普段の生活では1年生から4年生までの序列が厳格でした。ただその一方、氷の上でチームを編成するときは、完全な実力主義になります。勝つためにどのような布陣をとれば良いかを考える。私どもの会社で採用している人事制度にも、そういう部分があります。会社のスタッフには長く勤めて欲しいし、それぞれの働きに合った適切な報酬を出すという方針ではいます。でも誰が責任者になりディレクターになるかといえば、あくまで「今年勝てる組織」が基準。そこに過去のしがらみを混同させないことが、我々の組織における一つの強みであると思っています。そういったチームワークの部分でも、私は体育会で過ごした経験の影響を強く受けていますね。能力をどこで開発できたかと考えれば、自分を徹底的に追い込んで鍛えたあの4年間で得たものがすごく大きかったと、私自身、あの時代に感謝しています。

火中の栗を拾い続ける(夏野)

堀:ありがとうございます。実は今回のあすか会議で行われた他のセッションでも、「成功した人は、中学、高校、大学で体育会系に所属して何らかの試練を乗り越える過程を経た人が比較的多い」というお話を伺いました。私も水泳部に所属していましたから、同様の気持ちがあります。ではその一方、大学卒業後の道のりではいかがでしたでしょうか。具体的には25歳前後から40歳前後のあいだ、もし自分を鍛える経験があったとすればそれはどういったものだったか。我々は大学に戻ることができませんから、その点もお伺いしたいと思っています。夏野さん、いかがでしょう。

夏野:実は星野さんのお話に通じる部分がありますが、私はそもそも、嫌なことや大変なことをなるべく避けたいと思う人間なんです。でもそれを拾ってきた。本当に大変な時期もありました。キャリアを積んでいくなかで、あえて困難な道を選ぶ人と、割と楽なほうへ行く人に分かれます。会社でサラリーマンとして働いていても、「そんなことまでやらなくて良いのに」ということをあえてやる人と、全然やらない人がいますよね。普通に生きていてもビジネスチャンスはあちこちに落ちているし、人間関係を広げるチャンスだってある。結局のところ、「やらない」言い訳がいくらでもあるということです。「会社に怒られるかもしれないから」とか「自分の時間が持てなくなるから」とか。私はそのチャンスを全部拾ってきました。

そのせいで最悪のケースへ発展したこともありますよ。会社が倒産してしまったこともある。当時は本当に最悪でした。僕は人生のいかなるポイントでも、「そこに戻ってもう一度同じことを繰り返すか」と聞かれたら、「繰り返したくない」と答えます(会場笑)。だって嫌ですから。11年間NTTドコモにいたときも同じでした。社内の反対を押し切ってまで、「おサイフケータイ」にソニーの技術を採用しなくても良かった。ドコモが社内で持っていた技術を使えば楽だったんです。でも、描いていた物事を成し遂げるためには、ドコモの技術では絶対に不十分だった。だからこそ、あえて火中の栗を拾いました。それは誰に言われてやったことでもなく、自分で勝手にやったことですよね。そこまでしなくても給料自体は変わらないわけです。けれども、やり続けた。そうしているうち、「今まで無理だったことが実現できるようになっている」というような結果に行き着いていったんです。

ドコモを去った今、私は7社で社外取締役、7社で顧問やアドバイザーをやっていて合計14個の肩書きがあります。加えて経済産業省のプロジェクトでもマネージャーを務めたりしていて、いつのまにかものすごく大変な日々になってしまった。それは、大変にしておかないと、「今の自分以上になれない」と思うからなんです。毎週奥さんに不満を言われながら、あえてそういう状況に身を置いています。ドコモを去ったのも、正直言えば、少し楽になり過ぎてしまった部分があったから。苦しい思いをしたほうが面白いんじゃないかな。いや、やっぱりやめたほうがいいのかな……(会場笑)。

堀:いや。メッセージは「苦しいことをしなさい」ということにしましょう(会場笑)。では知識さん、お願いいたします。

10年単位で自分のあるべき姿をイメージする(知識)

知識:どうやって能力を開発してきたかと聞かれたら、「グロービスで勉強させて貰いました」と言えば、模範解答になるとは思うのですが(会場笑)。少し具体的なところでお話しをさせてください。私は「自分が何をやりたいのか」という答えを見つけた時期が少し遅かった。20代後半でした。ただ、そこで自分のやりたい方向を決めてからは、30代、40代、そして50代と、10年単位で自分のなりたい姿をイメージしました。その上で、まずは自分に足りないものをすべて書き出して、10年単位でそれをどうやって埋めていくか考える。そんなプランを立てました。そんな10年単位の目標を今度は年度で追いかけていく。振り返ってみると、そういったことを毎年積み重ねることが自分なりの能力開発の方法だったかと思います。

その他に心がけていたのは、座学と実学双方の学びを自分の中で融合し、蓄積させていくということでしょうか。「座学で学んだことを実行に移し、そこで得たことを融合させて自分のノウハウとして蓄積する」。こうしたプロセスによって、成功であろうが失敗であろうが「自分が得たものはこういうことなんだ」と、納得できるものをとにかくたくさん作らなきゃいけないと、強く意識していました。

自分なりの能力開発のポイントは、その2点であったように思います。

堀:ありがとうございました。少し自分の話をさせてください。私は17年前にグロービスを立ち上げたとき、上司がいなくなってしまったことで、「上からの学びがなくなってしまったな」という問題意識を感じるようになりました。そこで、自分が学び得る人を探し続けることにしたんです。これはいまだに続けています。たとえばダボス会議は、グローバルリーダーの品評会のようなもので、すごい人がたくさんいる。自分と彼らの何が違うのかを考えるんです。そして彼らを能力向上の目標として設定したうえで、どうやったらそこに到達できるのか、ということをずっと考えてきました。

それから、自分の枠を拡大させて、人間的な幅を広げるということ。それは古典や哲学からの学びでもあります。私も夏野さんに近いのですが、どんどん自分のスケールを大きくしていこうと思っています。そこで思い上がってしまうといけないから、常に自分が学び得る人は探し求め続ける。その繰り返しが面白いと感じています。そんな能力開発の旅を続けていったすえに、例えばダボス会議のメインステージで最初にスピーチできるような人間になれたらいいなと。

では次に、二つ目の要素である「志」に話を移していきましょう。志というものについてどう思われるか。さらにはどんな風に志を育ててきたか。今度は夏野さんからお願いできますでしょうか。

小さな世直しから始める(夏野)

夏野:志というのは結局、「自分が何のために仕事をしているのか」という哲学だと私は思っています。先ほど、「辛い経験をどんどんした方が良い」という話をしましたが、なぜあえて辛い道を選ぶのかといえば、「世の中が良くなる」と思うからです。明治維新を成し遂げた志士たちは、「こうしたら国が良くなる」と本気で考えていたんですよね。私の場合、国というものではありませんが、「こうしたら世の中が良くなる」という気持ちはあります。

私の大好きなSF小説の世界ほどではなくとも、こうすればもっと良くなると思える物事が世の中には溢れている。「このコップはもう少し薄かったら水がおいしくなる」とか、そんな小さなことから、「こういう技術があればもっと暮らしが便利になる」とかいうこと、たくさんありますよね。それが実現できれば、「自分の仕事で世の中が少しだけ進化したかな」と思える。これまでインフラ系の企業に長く勤めてきたというのは、そういう想いが影響していたんです。今は、「こういう経営をしたらこの会社はもっと良くなるよね」という気持ちが強い。これだけたくさんの会社で顧問やアドバイザーをしているのも、1社でしかできなかったことを複数の会社でやりたいという願いがあるからです。

だからどうやって志を育んできたかと聞かれたら、まあ、これは趣味ですね。最近は、「夏野さんは何をしたいのですか」と聞かれたとき、迷わず「世直し」と真面目に答えています。政治的な世直しではありません。例えばある製品のデザインが嫌だから変えてみようという程度。これも立派な世直しというか、志の一つではないでしょうか。

堀:分かりやすいですね。夏野さんがそんな風にあちこちでズバズバ言ってくだされば、確かに世直しになるなと思います。批判や摩擦をものともせず、ビシッと言っていただくことが皆さんにとっての学びにもなりますから。

夏野:批判を恐れる人は、とにかく楽な仕事を選んで、無事に人生を終えてください。人と喧嘩をしたり、人と意見が合わないのを不快としか感じないなら、リーダーには挑戦しないほうがいい。苦しい思いをしても何にもなりませんから。

堀:挑戦に批判はつきものですからね。そういうものだと割り切って、その乗り越え方さえ分かっていればいいのではと思います。逆に批判されないのは、何もしていないということですから。批判している人や嫉妬している人の人間的感情を分析して観察している方がよほど面白い。私はいつもそうしています。では次は星野さん、お願いいたします。

エネルギーの原点は「人をやっつけたい」(星野)

星野:「志には社会的に貢献したいという想いが伴っていなければいけない」というのは、私も頭では理解しています。ただ、あすか会議では自分に正直になろうと心がけているので本音をお話ししますと、そういった発想からやる気が湧いてくることは、私自身はそれほどありません。私の志というか、経営者としてのエネルギーの原点は何かというと、実は「人をやっつけたい」という気持ちなんです。正直、人をやっつけたい。この性分も、体育会から来ているんですよね(会場笑)。例えば北海道の中学や高校で同期だった人間が、皆早稲田や明治に入ってしまった大学時代は、とにかく「打倒早稲田、打倒明治」ばかりでしたし。

堀:体育会じゃなくて、アイスホッケーが重要なんですね。水泳だとやっつけようとは思わないですから(会場笑)。

星野:そうかもしれませんね。氷上の格闘技ですから。今でもよく覚えていますが、大学時代は「早稲田に勝てたら、死んでもいい」と本気で思っていたぐらいです。今の仕事をはじめて軽井沢で実家を継いでからも、まず「(軽井沢)プリンスホテルには負けたくない」と思っていました。毎年満足度調査をしてプリンスと比べていたほどです。現在は温泉旅館再生といった事業にも取り組んでいますが、これも外資の合弁会社を意識しているんですね。

日本に進出して都市部で大きな業績をあげている外資系ホテル運営会社は、いずれ必ず地方に進出してきます。そのときに彼らをやっつけたいという気持ちが私にはある。これは日本の観光産業全体に対する想いでも同じです。日本は世界のリーディング・カントリーであるのに、観光の分野では世界で第30位。観光5大国と言われるイタリア、フランス、スペイン、米国、中国は、年間3000万人以上の観光客を集めているのに、日本はチュニジアと同じ程度で、約800万人。この数字あり得ません。他の国に、「日本の観光産業は二流だ」なんて言われるのを見返したい。そういう「戦いの構造」に持っていったときに、すごくエネルギーが湧いてくる。それが原点だと感じています。

堀:実はジャック・ウェルチも高校時代にアイスホッケーをやっていたんですよね。彼の著書にはのちの事業に通じる原体験が記してありました。それは高校時代、彼の所属していたホッケーのチームが5連敗して、ウェルチがお母さんに、「あなたたち何をやってるの!」と怒られたことだったというんです。「それから私は負けないことに決めた。勝つための経営をずっと続けてきた」とありました。こういうモチベーションってあるんですね。しかし星野さんのお話を伺うと、やはりアイスホッケーは大切だと気づかされます(会場笑)。では知識さん、お願いします。

「世のため、人のため」は欠かせない(知識)

知識:星野さんの後はちょっと話しづらいですね(会場笑)。決して綺麗ごとをいうわけではありませんが、やはり、志には「世のため、人のため」ということは欠かせないと思っています。志や使命感という言葉と、カネボウ化粧品での再生の仕事がダブってしまうからでしょうか。少し大げさかもしれませんが、「ひょっとしたら自分はこのことのために生まれてきたんじゃないのか」とすら思えるもの、それが志や使命感といったものではないかと考えています。

堀:おっしゃる通りです。私も本当にそうだと思います。

知識:それから、通り一遍のことですが、自分を犠牲にしても成し遂げるんだという強い想いがあること。そして、覚悟を決めるということ。この三つが志や使命感には必要だと思います。実は現在の私の志というか、これからの仕事のテーマの一つにしていきたいと思っていることは、日本的事業再生の有り様を作り上げたいということです。

カネボウという、いわば日本的大企業が経営破綻に陥り、その再生を外部からではなく、私のような内部の人間が担うことによって、日本企業に相応しい事業再生の在り方といったものを学んだように思います。このような会社が経営破綻すると、社内でどんなことが起こり、どんな力学が働くのか。あるいはどんなことに留意してターンアラウンドの手順を踏んでいかなければならないのか。そこには日本的経営システムの強みと弱みを踏まえた相応しい方法論がある筈だと思います。今の日本はそうした事業再生の方法論やインフラが未だ不十分なように思います。私はカネボウ化粧品の再生で経験したこと、勉強したことを、少しでも世の中に役立つようにしていきたい。そんなふうに考えています。

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