今回は「経営の全体像」(下図)における(6)資源と組織能力・マネジメントシステムの中で、前回取り上げた1.組織形態のデザインとともに人に強い影響を与える、2.情報の流れ・調整・意思決定の仕組みの設計運用から考えていく。
経営の全体像
※(1)~(5)までの具体的内容については連載5~9を参照。
経営の全体像
まずは、どのような情報に基づき、どのように意思決定がなされるのかを認識することが重要である。これには、計画策定のプロセス、管理会計制度、情報インフラなどの仕組みから、組織内で使われている報告・提案資料の書式、部門・個人を評価する管理指標など、多くの要素が関係する。これらは社員の関心の範囲、判断の仕方を大きく規定するが、日常的に行っていることだけに、その影響の大きさや問題に気づかないことも多い。
「情報の処理(効率的な調整・統合)」と「知識の創造」
分業された各活動は、相互に調整し、組織全体の成果に統合される必要がある。その巧拙を左右するのが組織内での情報の流れと調整・意思決定の仕組みだ。われわれの時間の多くが会議やメールのやり取りなど、情報の獲得、処理、発信、そして調整・相談に費やされていることを考えると、その影響は極めて大きい。同時に、組織は「情報の処理」だけでなく、活動の中から新しいやり方を生み出し、業務の効果、効率を高めていく。こうして生み出される知識・能力こそがイノベーションの源泉となる。つまり、「効率的な調整・統合」と「知識の創造」の両者をバランス・融合させていくことが目指す姿だ。
情報の流れ・調整・意思決定の仕組みに関する設計運用[神経]
意思決定とコントロール
組織は市場の動向、顧客の要望、科学の成果や利用可能な技術、経済状況や法制度の変化など、外部の情報を「入手」し、それを「処理」する。具体的には情報を整理・集約・解釈し、決定権限を持つ個人や会議体に「伝達」して「意思決定」を行う。そして‶誰が、いつまでに、何を、どのようにするのか" という目標と実行計画に落とし込み、各活動単位に展開し、事業活動を行う。活動の結果は適時に測定・フィードバックされ、調整・修正がなされる。この一連の流れが「コントロール(統制)」だ。
さらに組織は広報、財務結果の公開などの形で、また製品やサービスそのもの、価格設定、顧客や取引先とのコミュニケーションなどさまざまな形で情報を外部に「発信」する。そして「発信」された情報はブランドイメージ、顧客の満足度、株式市場や取引先からの信頼といった形で評価され、組織に戻ってくる。
なお、測定、伝達、統制の対象となるのは組織が行う活動の「インプット・プロセス・アウトプット」(連載9回参照)に関する情報、およびそれに影響を与える情報だ。人・モノ・カネ・情報等の資源は、いつ、どのような量・質で利用可能であり、どれくらい投入すべきか。どのような活動を行うべきで、その順番・時期や期限、進め方をどうすべきか。各活動がいつ、どのような品質の成果を生み出すのかといった情報がやり取りされ、活動がコントロールされる。情報が早く、正確に組織の中で伝わり、適切な意思決定が行われ、確実な行動につなげられるかどうかが組織における「情報処理・意思決定の正確性・迅速性」を決める。一方で情報の伝達や調整には多大な時間と手間(コミュニケーションコスト) がかかるため、「情報処理の効率性」を同時に考える必要がある。「情報処理の正確性・迅速性/コミュニケーションコスト」という図式を意識すると判断しやすくなるだろう。
ここで事例を1つ。
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“[事例] 進まない新規事業
ある分野において世界トップシェアを誇る企業で「新規事業」の議論をした時のことだ。同社は高品質な製品を低コストで作る力を持っているが、基盤事業の製品の需要が長期的に減退することを見据え、新規事業の創出に取り組んできた。保有技術を展開できる分野は広く、高い製品開発・生産技術をもってすれば、競争力のある製品を投入可能だ。事実、新事業として出した製品の機能・品質は顧客のニーズを満たし、技術力、商品開発力は決して悪くない。
しかし、製品投入のタイミングが遅い、価格低下に対応できないなど、どうもうまくいかない。その理由を探ってみると、基盤事業の強さを支えているはずだった‶同社における仕事の進め方、意思決定のスタイル" にその根本原因があったのだ。”
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同社は市場・技術のロードマップを慎重に検討しており、長期的な技術開発投資の意思決定を行い、生産・販売などの活動に詳細な管理指標を設定・モニターする大変精緻な計画策定と管理会計の仕組みを持っている。そして目標に向け真摯に努力し続けることに長けた社員が継続的に改善を行い、品質とコストを高次元で両立させてきた。この仕組みは基盤事業の拡大の中で長年かけて構築されてきたものだが、その前提は‶技術の進化速度が遅く、高い確度で将来の市場の伸びや技術の方向性を見通すことができる" 事業特性にあった。
一方、新市場・領域では、使う技術こそ既存事業と同じだが、技術の進化、需要の変動や顧客ニーズの変化が速く、基盤事業のような精度の高い将来予測ができない。にもかかわらず、基盤事業出身者が多数を占める経営陣は、従来の事業環境と同レベルの‶確かな情報" に基づく意思決定を指向し、時間をかけ情報を収集して最適解を探そうとする。しかし、そうしているうちに状況が変化してしまうので、新製品投入の機会を逃す、増産が間に合わない、価格低下に追い付かないというように変化に対応できないのだ。
意思決定の正確性、実行モニター(組織の活動を測定し、検証するシステム) の厳密性を重視した仕組みは基盤事業との相性はよいが、判断の迅速性を求められる新規事業には適さない。しかし同社の人々にとっては極めて「当たり前の仕事の進め方」であり、それを意識して考えることも稀だ。結果、こうした点が新事業創出の最大の障壁になっているとは思いもよらなかったのだ。
事後の組織的調整
組織が情報を用いて活動を統制・調整するに当たって、大きく「事後の組織的調整」「事前の調整(標準化)」がある(下図)。活動を始めた後に関係者間で、もしくは上位の管理者・意思決定者に報告・相談するのが「事後の組織的調整」だ。多くの方が実感していると思うが、これには多大な労力や時間がかかる。適切な情報共有を行いながら、このコミュニケーションコストをいかに下げるかが重要な課題だ。
上位者が現場の情報をそのまま受け取ると、理解に多大な時間を要し判断が停滞してしまう。このため情報を解釈、圧縮し「情報の量を減らす」必要がある。ただし、その過程で重要な要素が抜け落ちたり、意味が変質する危険性がある。重要な意味を保持しつつ情報量を減らすには、個人の伝達能力の向上や情報システムの活用などの方法があるが、実は多くの場合、「情報共有・調整の数・頻度を減らす」ことを考えたほうがよい。前回取り上げた「組織形態を相互依存性の高い活動ごとにくくる」のはその有力な手段だ。そして、情報共有・調整の数・頻度を減らすもう一つの方法が「標準化」だ。
標準化による事前の調整
活動を始める前に一定の決定・調整を済ませておけば、情報共有・調整の数・頻度を減らすことができる。あらかじめ求められるアウトプット・プロセス・インプットについて目標や基準を決め、「標準化」し、その範囲内であれば、各活動単位が他に相談することなく物事を進められるようにする。
ここで重要なのは、「アウトプット・プロセス・インプット」の何を、どのくらい統制するかだ。通常、成果となる「アウトプット」を目標として定め、「プロセス・インプット」の中で重要なものをいくつか選択する。例えば、工場において最終的な製品が満たすべき性能条件、生産数量、不良品率等を定めた上で、作業手順や組み立て時間などを観察、測定するといった具合だ。
この選択には、「測定可能性と測定コスト」「成果や活動に求められる正確さ」「創造性の必要度合い」「メンバーの習熟度」「メンバーに何を意識させたいか」などの要素が影響する。測定が難しい、あるいは測定に手間がかかるものを統制しようとすると、そのための情報収集や報告に時間を取られ、効率を下げてしまう。
したがって、高い安全性・信頼性が求められる業務、メンバーのスキルが低い段階などでは、何をどのように行うのか基準や標準を詳細に設定し、チェック・修正をこまめに行うなど「プロセス・インプット」もしっかり統制すべきだ。一方、メンバーの習熟度が高く、細かく管理しなくても適切な成果が期待できる、またはその活動について組織として経験が浅く、やり方自体を試行錯誤で探る必要がある場合などは「アウトプット」を中心に統制する形が適している。どのような資源を用い、どんなやり方で成果を出すか各自に任されるほど、創意工夫の余地が生まれるからだ。
加えて、「人は測られるものを強く意識する」ため、メンバーが最も意識してほしい項目を測定することも重要だ。例えば「既存顧客との関係維持よりも、難易度が高くとも新規顧客の開拓を進めたい」のであれば、「新規顧客アポイント数、1日当たり訪問件数」といったプロセスの指標を設定・測定することで、メンバーの意識をそこに強烈に向けさせ、行動を促すことができる。
一方で、強すぎる統制は人々の創造性、自ら考え判断する意欲と能力を阻害してしまうので、どこまで何を測定、統制するかは細心の注意が必要だ。皆さんの組織では、これらのバランスは適切だろうか。注意深く日々のコミュニケーションや判断を観察してみてほしい。
「人材の標準化」と「思考・行動プロセスの標準化」
「標準化」の対象は「インプット・プロセス・アウトプット」にとどまらない。以下のような「人材の標準化」ができると、多様かつ変化する環境においても各自が適切または柔軟に対応できる。
● 教育・指導で一定レベル以上の専門知識や業務スキルを身に付け、細かな指示なしでも一定の成果が出せる
● 組織の目指す姿・理念、判断の原則や行動の規範を共有し、多様な状況下でも望ましい判断・
行動を行える
ただし、その実現には組織として相当の時間と労力を投入する必要がある。
ここで注目すべきなのが、「思考・行動プロセスの標準化」だ。理念や規範より具体的で、業務手順やマニュアルより汎用的な「考える手順」「判断・行動の際の留意点」を組織として定義し、共有することである。重要なのは「こうすべき」という行動自体や「こう判断すべき」という「答え」を与えるのではなく、「判断・行動において、考えるべき論点、問うべき問い」を標準化し、実際の判断・行動はメンバー自身が考え、自ら答えを導くという点だ。何を考慮すればよいか分からないままでは重要なポイントを見落とし適切な判断はできない、指示を与えてばかりでは自分で考えなくなり、毎回指示が必要となるというジレンマを超えるために効果的な手法だ。
「思考・行動プロセスの標準化」は、関係者間のコミュニケーションも容易にする。意思決定や調整において解決が難しいのは、意見の対立よりむしろ「論点のずれ」だ。例えば、営業は顧客の要望を、開発は生産の効率性を重視し対立するといったケースだ。本来は「両方とも重要であり、どうバランスを取るか」がポイントとなるはずだが、論点の共有がないまま議論を続けると議論がかみ合わず、「価値観の違い」で片付けられ物別れに終わってしまう。考慮すべき点が共有・理解されていれば、たとえ意見は違っていても、より生産的な議論ができるだろう。
「思考・行動プロセスの標準化」の徹底活用で有名なのはトヨタ自動車だ。同社は「トヨタの問題解決」という考え方を定義し、それに基づく仕事の仕方を組織内で徹底して指導・実践することで、多数の関係者による複雑な調整を容易にし、また人材育成の効果を高めている。今後、組織のメンバーがますます多様になることを考えると、この「思考・行動プロセスの標準化」の必要性は高まっていくだろう。
事前と事後のバランスを取る
「事前」と「事後」の調整のベストな組み合わせは、さまざまな要素の変化や多様性がどのくらいあるかによって決まってくる。提供する製品・サービス、使う資源・人が多様で変化も激しい場合、事前の調整で処理しようとすると非効率になる。一方、変化や多様性が低ければ、事前にできるだけ計画、標準、基準等を定めるとよい。
しかし実際にはこのバランスが悪く、「標準」が状況変化によって不適切になっているのに見直されず、そのまま処理され問題が起きる等、頻繁に発生する「例外」の調整に追われてしまうことも多い。また、標準やルールを決める際には一定の前提条件があったのに、前提が忘れ去られルールばかり独り歩きするケースもある。「標準や基準は何のためにあるのか?」「どういった場合に変えるべきか?」を問い、必要な見直しを適時行うべきだ。
学習と知識創造
組織は情報を処理するだけでなく、活動の中でさまざまなことに気づき、学び、新たな活動の仕方、技術、ノウハウを生み出していく必要がある。生み出された知識は組織の中で活用され、活動の効果・効率を高めていく。この「学習と知識創造」を意識的に強化するマネジメントによって、企業は他社が容易にまねできない組織能力を獲得できる。組織が独自のノウハウを獲得し、進化させていく流れには、①学習・習熟、②広がり・深まり、③再構築・創造の三つの段階がある。以下、それぞれについて考えてみよう。
まずは社内外の手本や事例を参考に試行し、これを繰り返す中で、だんだんと自組織の状況に合う形が見え、活動と結果をコントロールできるようになる。そして繰り返しにより習熟度を高め、成功確率、スピード・効率が向上していくのが「学習・習熟」の段階だ。
さらに確立したやり方を異なった対象にも用い適用範囲を広げていく。成功と失敗を繰り返しながら、さまざまな条件がどのように結果に影響を与えるか理解が深まり、対象や状況によって適切にやり方を調整できるようになる。これが、「広がり・深まり」の段階だ。
しかし取り組む課題のレベルが上がる、もしくは大きな環境変化があると、既存のやり方では結果が出ない状況にぶち当たる。そこで、築き上げた成功の原理を疑い、壊し、「再構築・創造」段階に至る。こうした一連の流れで学習が行われ、新たな知識が創造される。
それぞれの段階でマネジメントの力点は異なる。「学習・習熟」の段階では、いかに早く成功確率の高いやり方を見つけ、それを標準化し、多くの人が学べるように分かりやすく伝えるかが重要だ。「広がり・深まり」の段階では、成功・失敗経験や発見を広く共有し、理解の深化を促すことが重要だ。ネガティブな情報もよどみなく流れる仕組みや、相互学習の「場」をいかに作るかが大事になる。「再構築・創造」の段階では、異質な情報、組織の常識を破る考え方を組織に取り入れていくことが求められる。外からの新たな人や情報を積極的に受け入れ、過去の成功体験を乗り越えるチャレンジを促すことが必要だ。
こうした「学習と知識創造」は、その蓄積、創造を企図した研究や研修といった直接的手段だけでなく、むしろ業務上の問題や非効率を解決する努力からよりよいやり方を生み出すなど、日常の事業活動の中で行われることこそが重要である。しかし、日常の活動こそが「学習と知識創造」の機会だと意識していないと、それを生かせない。
同時に、学習の結果がイノベーションを阻害し、環境変化への適応を遅らせることがあることにも十分な注意が必要だ。一定の成功を収めた組織では、人々は成功確率の高い活動、判断の仕方を日々の仕事の中で学び、習熟していく。それが理解できて初めて、周囲から「一人前」「仲間」と認められる。そして、いつしかそれは「いちいち言うまでもない当然のこと」となり、多くの人が意識すらせず、「当然に、普通に」行うようになる。こうした状態の中で既存のやり方を疑い、見直すことは想像以上に難しい。組織内で「うちの会社では…」「普通は…」といった言葉が多く聞かれるようになったら要注意だ。
[事例]を上記の段階に当てはめてみると、「学習・習熟」までは極めてうまくいき、既存事業の範囲内では一定のレベルでの「広がり・深まり」が実現できていた。しかし、その成功があまりに長く続き、その情報処理・意思決定のスタイルを誰も疑わないほど当たり前になってしまっていたがゆえに、知識の「再構築・創造」、そしてイノベーションにおいて大きな課題に直面していたといえるだろう。
高い情報処理力と学習・知識創造を両立させる「学習する組織」へ
ところが「学習と知識創造」は、「情報処理の正確性・迅速性・効率性を高める」ことを重視したアプローチだけでは促進できないことが多い。例えば、以下のような組織としての効果や効率を一時的に下げる取り組みが「学習」の視点では重要となる。
● 結果は予想できないがともかくやってみる
● 能力が高い人がやったほうが確実な業務でも、あえて初心者にチャレンジさせて育てる
● 失敗から学ぶ
また、組織にとって価値の大きな発見は、当初予想もしなかった「意図せざる結果」からもたらされることが多い。「危機的状況を切り抜けようとする必死の努力、既存のやり方が通用しない経験から新しいアイデアが生まれる」といった話は、イノベーションにつきものだ。直接の業務には必要のない情報に触れる機会、普段話す必要がない人との交流から新たなアイデアが生まれることも多い。「学習と知識創造」を促進するには、組織の活動の中に一定の無駄を許容し、業務や情報の重複を生み出す「冗長性」、そして計画どおりに、安定的に物事を進めるばかりでない「揺らぎ」「驚き」といった要素を取り込むことが必要なのだ。
「学習と知識創造」が持つこうした特性を理解し、情報処理の正確性・迅速性・効率性との間でどのようなバランスを持たせ、融合させていくかここに難しさと面白さがある。組織の情報処理能力が一定以上に高まっており、活動の効率が高いゆえに人々に時間的・心理的余裕が生まれ、学習が促進される。強固な業務活動のインフラが構築され、ミスやトラブルへのリカバリー力が高まるからこそ、失敗を恐れないチャレンジが可能になる。そこで「思考プロセスの標準化」というプラットの存在が、多様な人の経験からの相互学習を容易にするのだ。したがって、環境の変化が速く不確実性が高いこれからの事業環境を考えると、常に変化に対応し、新たな知識を生み出し続ける「学習する組織」こそ、目指すべき姿といえるだろう。
次回は、3.人材の認識、能力、意欲、行動のコントロール[筋肉]、4.コミュニケーション・リーダーシップ[血液]について解説し、「人・組織というシステム」をまとめます。
※労政時報に掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。