キャンペーン終了まで

割引情報をチェック!

W・チャン・キム、レネ・モボルニュの『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』で読み解く -工具メーカーのマーケティング担当・清水の悩み

投稿日:2011/11/29更新日:2019/07/24

本連載「ストーリーで学ぶ経営戦略シリーズ」では様々な立場の現場のマネジャーのストーリーを基点に、古今東西の優れた戦略論から彼・彼女らの仕事をより良くするヒントが得られるかを具体的に考えていきます。

ストーリー概要:

大手工具メーカーであるインダストリアル・ツール社(以下IT社)は、岐路に立たされていた。IT社は、かつて小型・軽量化や新しいテクノロジーの積極的な導入によって、工具業界内でもプレゼンスを高めてきた。業界内には圧倒的に規模の大きい企業が既に2社あったが、それら二強に対してシェアこそ劣るものの、IT社は高付加価値メーカーとして業界内でも確実な地位を築いてきた。

しかし、金融危機以降の住宅投資の低下や公共工事の不振により、業界全体の売り上げは伸び悩んでいた。さらに、低コストの中国企業が、低価格を武器に市場参入を始めており、これからの大きな脅威になると思われていた。結果として、業界は典型的な成熟市場の過当競争の様相を見せており、国内工具メーカーは、どの企業も一様に業績不振であった。そのため、多くが今後の市場拡大が見込める中国などへのシフトを大きな検討課題に掲げていた。IT社は、そのような環境の中でどのような戦略を採るべきか、真剣に検討する必要性に迫られていた。

清水は、IT社におけるマーケティング担当の課長であった。清水の担当は、定期的に出される新商品のプロモーションの企画や営業ツールの開発などであった。月次で開発や営業の関係者が集まる会議に清水も参加しているが、最近は全般的に業績が芳しくないこともあり、会議も混迷気味であった。前回のミーティングも、目玉の新商品だったリチウム電池搭載の工具で議論が紛糾した。

「例の新商品、確かに客からの反応は悪くないのですが、値段がネックで売れません。これ以上安くならないのですか?」「これ以上安くすれば、完全に赤字になります。営業があと2倍売れるというコミットをしてくれるなら別ですが・・・」「そもそもこの売れ行きが芳しくないのは、競合に開発スピードで遅れたからでしょう。開発側のスケジュールの責任も相当でかいですよ。それさえなければ、2倍とは言わないまでも、全然業績は違ったはずです。そちらこそ、コミットを守るべきだ」

清水は最近のミーティングで続いているこうした不毛なやりとりに嫌気がさしていた。とは言うものの、自身に何か新しいアイデアがあるわけでもなかった。リチウム電池搭載商品は久しぶりにヒットの予感をさせる商品であり、清水も気合を入れてプロモーションを行ったのだが、真似をされるどころか、競合に先んじることすらできなかった。コスト競争も毎回議論に上がるのだが、業界3位のIT社、ましてや新興国の脅威がちらつくなかで、IT社が優位に立てる目算はなかった。

正直に言えば、関係者全員が八方ふさがり、という状況を薄々認識しており、こんなミーティングの議論で勝った負けたを決めたところで意味がないことは誰もが分かっていた。清水はもっと建設的な議論にするために、「何か全く別のアプローチから考えなくては」と思っていたが、焦るばかりで頭は空回りするばかりであった。

理論の概説:『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』

「ブルー・オーシャン戦略」は、フランスのビジネススクールINSEAD(欧州経営大学院)の教授であるW・チャン・キムとレネ・モボルニュが著した『ブルー・オーシャン戦略競争のない世界を創造する』という書籍の中で紹介された戦略コンセプトです。

2004年に刊行されて以来、ビジネス界で話題を呼び、日本のビジネスパーソンの中でも広く浸透したコンセプトになりました。私が担当する経営戦略のクラスの中でも「ブルー・オーシャンのアプローチで考えると・・・」といった発言を耳にすることは多く、一般用語となった印象があります。

改めて簡単に解説しますと、「ブルー・オーシャン」とは、競合が存在しない新たな市場のことになります。既に競争のルールが確立され、血みどろの戦いが繰り広げられている既存市場(=レッド・オーシャン)との対比で語られます。つまり、戦略の本質とは、「決められた既存市場の中での横並びの消耗戦をする戦い方」ではなく、「誰も気付いていない新たな価値創造によって、需要を生み出していくアプローチ」である、というのがこの書籍の重要なメッセージになります。

では、その価値創造はどのように実現すべきなのか。ブルー・オーシャン戦略では、6つの原則を提示しています(下図参照)。

18671

『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』より引用、筆者加筆

では、なぜこのコンセプトがこれだけヒットしたのでしょうか。それは、まず、既存の戦略論のアンチテーゼとして書かれていることにあります。たとえば、本連載の第1回に紹介したポーターの戦略論では、「定義された市場の中で、いかに競合からの勝負に優位に戦えるか」、そして「コストか差別化か、どちらかを選ぶべし」ということが中心に語られています(もちろん、正確に言えばそれだけではないのですが)。しかし、このブルー・オーシャン戦略論においては、「その戦い方はレッド・オーシャンの戦い方であり、結果的には消耗して終わるだけだ。コストも差別化も実現できる新しい市場は必ずある。それを探すことから始めなければならない」と説きます。戦略のアプローチを敢えて二元論化し、自身のコンセプトを分かりやすく見せたことは、多くのビジネスパーソン、中でも既存の市場で横並びの戦いに疲弊していた人たちには魅力的に映りました。数多くの戦略論が多産多死する中で、まさにこのコンセプト自体もブルー・オーシャンを切り開いたといっても過言ではないでしょう。

もう1つは、「再現性を意識した戦略論である」ということです。つまり、ものの切り方や断片的な考え方を提示するのではなく、「ゼロから新たな戦略を考える際の一連の流れ・プロセス」にパッケージ化されたコンセプトであるということです。これによって、読者は「自分もひょっとしたらこのプロセスに沿って考えれば出来るかも知れない」という期待を抱くことが出来ました。

3点目は、「主要なフレームワークの圧倒的な分かりやすさ」です。前掲の6つの原則の一覧表にも記載した通り、実はブルー・オーシャンには相当な数のフレームワークが提示されているのですが、一般的にブルー・オーシャンといえばこれ、というフレームワークがあります。それは第2原則にある「戦略キャンバス」(下図参照)というものです。これを描くことにより、既存の市場との差異をビジュアルで分かりやすく示すことが可能になります。このフレームワークの分かりやすさが、世の中に広く浸透したもう1つの大きな要因だと考えられます。

サウスウェスト航空の戦略キャンパス

18672

『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』より引用

更にもう1つ加えるならば、それは「実行に移す」ということまで視野にいれたコンセプトであるということです。つまり、多くのコンセプトは「戦略の考え方」に留まることが多いのですが、このコンセプトは第5、第6原則を見れば分かる通り、「まったく新しい戦略は現場がそう簡単には動かない。そのために、どう動かすかも含めて設計に入れるべきだ」という前提に立っています。ここまで考慮に入れている戦略論は極めて稀有であり、このコンセプトを特徴付ける要素になっています。(しかしながら、戦略キャンバスが有名すぎるために、このことは実は一般的にはあまり知られていないことでもあります)。

解説:清水さんはどうすべきか?

さて、では清水さんはブルー・オーシャンのコンセプトを活用すると、この状況をどう打破できるでしょうか?

まず、今のミーティングでの議論は、すべて「レッド・オーシャン」の中の戦い方、つまり既存の電動工具市場の中でどう優位性を築くか、ということに意識が集中しているようです。

では、ブルー・オーシャンを描くにあたり、まずは第1原則である「市場の境界を引き直す」、つまり市場の常識を疑ってみましょう。ここでは、そのためのツールである「6つのパス」のうちの1つのパスである「買い手グループに目を向ける」というアプローチから考えてみたいと思います。

IT社の営業担当者が日々接しているのは、企業の購買担当者になります。彼らに対して現場で使う工具を見積もりと共に提案し、契約に至ります。当然営業担当者にとっての顧客は購買担当者。したがって、彼らのニーズにどう対応するか、ということに最大限の意識が向くことになります。しかし、そのままで行くと、どの企業もやがては同じ競争軸の中で戦うことになります。そこで、買い手の定義を少しずらしてみましょう。他の買い手は誰かと言えば、現場の建設作業員になります。彼らに目を向けてみると、購買担当者とは違う風景が見えてきます。

たとえば、現場では工具の手入れ、管理に多大な時間が割かれています。また、現場では実際にどの工具がどれくらい必要か、ということは予測がつかない場合があります。しかし、工具がないからといって作業を止めるわけにはいかない。現場においてダウンタイムは致命的です。したがって、出来るだけ多くの工具を現場に揃えようとするのですが、そうなると管理が面倒になる。また、各現場でそれぞれ工具を購入することになると、工具の量が都度増えていくことになり、無視できないコストになります。当然、メンテナンスの手間もそれに伴い増えることになります。本来は建設に集中すべき作業員が、工具の管理に四苦八苦する姿が想像できます。

こういったことに着目すると、どのような戦略キャンバスが描けるでしょうか。既存の勝負においては、工具そのものの価格、種類、現場へのデリバリー納期といったことが重視されていました。しかし、新たな戦略においては、たとえばその軸に現場でのメンテナンスの手間、ランニングも含めたトータルコストといったことも加えることができ、まったく新たな戦い方を打ち出すことが可能になるのではないでしょうか。つまり、たとえば、工具を売り切るビジネスモデルではなく、リースとしてその現場で必要なメンテナンスされた工具のみを提供する、という形態などが考えられます。

IT社の新たな戦略キャンパス

18673

さて、第2原則を踏まえて戦略キャンバスを描いてみましたが、さらに考えるべきことは続きます。まず第3原則です。ここでは、「顧客を限定的に捉えずに、どれだけ潜在顧客層を広げることができるかを考えるべき」、ということが語られています。たとえば、今の前提は大手法人顧客向けのビジネスですが、中小の建設業者にも顧客層は広がる可能性があります。財務基盤の弱い中小の建設業にとって、付加価値の高い高額工具の故障は、ダウンタイムによる影響のみならず、修理や買い替えのための資金面において大きな影響を与えることになります。また、好不況の波を大きく受けるため、専門的な工具も必要な時は数多く必要になりますが、不要な時は一切いらなくなります。おそらく、彼らの多くは新たに参入してきた中国企業による低価格の工具を中心にラインナップを揃えているでしょう。しかし、品質は決して高いとは言えず、度重なる故障問題を抱えているはずです。他方、IT社としても、従来は予算規模が桁違いの大手建設業者をターゲットに積極的な営業を仕掛けており、このような中小建設業は相手にしていませんでした。しかし、ちょっと視野を変えてみると、このようなセグメントまで含めて新たな顧客層として取り込める可能性は十分にあることに気付きます。市場の広がりを考えると、検討する価値が十分あるオプショでしょう。

次に第4原則を踏まえて、適性価格やコスト構造を考える必要があります。第4原則では、価格を考える際に押さえるべきいくつかのポイントを示しています。その中でも重要な点が、「規模の経済」が効くのか、ということ。そして、もし規模が効くのであれば、先行者のメリットを享受するために、価格は最初から意図的に低く設定すべき、ということを示しています。

では、このビジネスにおける「規模」とは何か。それを理解するためには、このビジネスの「固定費」を十分押さえる必要があります。そして、よく考えてみると、このビジネスは従来のモデルに比較して、かなり固定費型のビジネスになることが分かります。具体的には、まずは顧客にリースするための工具在庫を全てIT社側で抱えなくてはならないことです。更に、顧客がリースする工具を柔軟に変更することや、故障した際にタイムリーに交換を行うためにも、在庫はできるだけ多く抱える必要があるでしょう。これだけで大きく固定費型のビジネスになります。また、在庫管理を確実に行うために、ITインフラへの投資は不可欠になります。当然ながら、代理店営業ではなく、直販体制になるため、高度にトレーニングされた人材が必要になることになるでしょう。これだけのことを考えれば、この新たな工具のビジネスモデルにおいては、固定費型ビジネスであり、規模の経済が効きやすいビジネスである、ということが理解できます。

したがい、顧客層を広げるための低価格設定が前提になるでしょう。当然、中小建設業まで顧客層を広げる価格設定を意識すべきです。もし一気に中小建設業まで入ることができれば、固定費を大きく吸収することができ、価格設定などで今後のオプションを広げることが可能になります。そこまで行ければ、これから固定費を積み増さなくてはならない後続の競合企業にとっては、非常に勝負が難しい状況になるでしょう。

さて、通常の戦略論であればここまでで考えるべきことは終わるのですが、ブルー・オーシャン戦略にはこの先があります。この先の第5、第6原則には、「組織をどう動かしていくのか」という問いがあります。ここでの現実的なハードルは、「現場の営業担当者が正しくソリューション提供が出来るようになるか」、ということでしょう。まず考えなくてはならないのは、営業の際の接点が変わること。つまり、対面は購買担当者や代理店から、より位の高い財務担当役員や場合によっては経営企画担当役員などに変わる可能性があります。彼らに対してどのように価値訴求をできるのか。ここが1つの山になりそうです。そのためには、当然営業担当者のマインドセットやスキルセットを変えていく必要があります。ここは大きな難所になりますが、第6原則を踏まえて、このプラン作りから営業担当者を巻き込むことができれば、ブルー・オーシャンへの道はぐっと近づくことになるでしょう。

また、第5原則では「実行の際に重要なことは、ティッピングポイントリーダーシップである」と言っています。つまり、「すべてのスイッチを押しにかかるのではなく、影響力の大きい重要なスイッチを見極め、そのスイッチを押せるように全力を注げ」、ということです。たとえば、既存のモデルで一番営業成績が高かった営業担当者などは抵抗勢力の筆頭になる可能性があります。裏を返せば、その営業担当者をひっくり返すことができ、その担当者が実績を上げるようなことができれば説得力は一気に高まります。したがって、そのような担当者に目をつけて、早めに巻き込み、一点突破で実績作りを目指す、というやり方は十分に考えられるでしょう。

ミドルにおける「ブルー・オーシャン戦略」の価値

以上、行き詰った清水の立場でブルー・オーシャンを活用し、新しい戦略作りのアプローチを考えてみました。その上で、改めて、ミドルにとってのこの書籍の価値を考えてみましょう。

それは、この書籍は「現状の引力」に負けないための道具である、ということです。つまり、ミドル=現場の当事者としてビジネスを考えてみても、既存の枠組みやしがらみにとらわれて、通常はまったく新しいアイデアなどは出てきません。出てくるのは、現場でやっていることの「多少の改善案」のようなものが関の山です。そのときに必要なのが、「思考をジャンプさせる道具」であり、「ジャンプした後にちゃんと着地させるための道具」であるのです。普通はこれらの道具がないために、「現状の引力」に負けてしまいます。

結果として、冒頭の議論にもあったように、誰もが良くないと思いつつ、レッド・オーシャンの中での戦いに明け暮れることになるのです。もちろん、ここで描いたようなアイデアも含めて、新しいアイデアには必ず反論、抵抗、批判がつきまといます。しかし、このような現場で大事なのは、完成度100%の確実なアイデアではなく、「完成度30%程度のたたき台」であることが多いのです。その「たたき台」が他のメンバーの思考の刺激となり、アイデアが形作られていくのです。現場のミドルが、単なる思い付きではなく、このようなブルー・オーシャンの原理原則を踏まえた「たたき台」をスムーズに提案できるか、ということが現場レベルで問われる重要なポイントではないのでしょうか。

ということで、ブルー・オーシャン戦略をご説明させていただきましたが、冒頭でも記載したとおり、このコンセプトの名前自体は、多くの方が一度は聞いたことがあるものではないかと思います。しかし、実は最初から最後まで丁寧にご覧になった方がいないのも事実です。実際に先日、ビジネススクールの受講生に尋ねてみたところ、しっかり読んだことがある人は1割未満でした。一般のビジネスパーソンも含めれば、名前ばかりが先歩きし、その中身、特に記載されている細かな原則論は実はあまり知られていないと思います。

もし「ブルー・オーシャン」という言葉を使っていながらその中身を理解されていないミドルの方がいましたら、まずはしっかりと本著を読み、原則をレビューされることをお勧めします。

■参考文献
ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する

■連載一覧はこちら
#ストーリーで学ぶ経営戦略シリーズ

新着記事

新着動画コース

10分以内の動画コース

再生回数の多い動画コース

コメントの多い動画コース

オンライン学習サービス部門 20代〜30代ビジネスパーソン334名を対象とした調査の結果 4部門で高評価達成!

7日間の無料体験を試してみよう

無料会員登録

期間内に自動更新を停止いただければ、料金は一切かかりません。