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それは確かに事実かもしれないけど・・・ -「事実=認識」の錯誤

投稿日:2011/10/19更新日:2019/08/15

問題です

以下のAさんの問題は何か。

Aさんはある企業の管理職。部下のBさんとちょっとしたことで口論になった。

A: 「Bさん、この件についてはこの前メールで伝えたはずだけど、どうして出来ていないの?メールだけじゃなくて口頭でも1回言ったはずよ」

B: 「そう言われましても・・・。そんなメールを読んだ記憶も、お話をうかがった記憶もありませんけど」

A: 「いえ、ちゃんと伝えたわ。さすがにボイスレコーダーでは録っていないけど、出したメールは探せば見つかるはずだから、ちょっと待ってて。今探すわ」

B: 「記憶にないですけどねえ」

A: 「ほらあった。私のPCを見て。先週の月曜に○○チームのメンバーに出したメールの最後の方に、Bさんをちゃんと指名して、今回の件よろしく処理しておいて、と書いてあるわ」

B: 「えー。そんな長いメールの後ろに書かれても見落としちゃいますよ」

A: 「だから口頭でも繰り返して伝えたんじゃない」

B: 「ですから、それは記憶にないんです。本当に。先週は忙しくてドタバタしていたから注意が散漫になっていた可能性はありますけど・・・。その時、私は『わかりました』とかって返事しましたか?」

A: 「そこまでは記憶にないけど、私が伝えたのは確かだってことは自信を持って言えるわ。メールだって、実際にあったじゃない。伝えたという事実は動かないわ。あなたも新人というわけではないんだから、もっと注意してね」

B: 「・・・」

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解答です

今回の落とし穴は、「『事実=認識』の錯誤」です。これは、特にコミュニケーションシーンにおいて、伝え手が、伝えた内容や伝えた行為など、伝え手にとっては明確に「事実」であることが、そのまま受け手に「認識」さらには「理解」されているはずと考えてしまいがちであるという錯覚を指します。

「伝えたことは事実なんだから、当然相手はそれを認識しているはず」——もっともな考え方のような気もしますが、残念ながら人間の脳はそんなに精緻にはできていません。仮に物理的に「声」は聞いていたとしても、その内容を正しく認識しているとは限らないのです。

よくあるのは、(1)聞くには聞いたが忘れてしまった(記憶に残らなかった)、(2)誤って認識してしまった、というケースです。

(1)は、人間の記憶のキャパシティには限界があり、印象に残らないものはすぐに忘れ去られる、という人間の本質的な能力の問題が原因となって起こりがちです。

(2)の誤って認識されたというパターンは、様々な理由から生じます。持っている知識や理解力によっても当然差が出ますし、仮に理解力が十分にあったとしても、受け手が置かれたコンテキスト(背景、文脈)や、暗黙の前提の差によって、伝え手の意図しない解釈がされてしまう可能性があります。

たとえば、C君は月末の納期のことで頭がいっぱいだったとします。そうした状況の時に、同僚のD君が、C君の年齢について聞く意図で、「まだ29だったよね?」と聞いたとします。その日がたまたま29日だったとすると、どういうことが起こるでしょう?

おそらく、納期に関連して日時のことに意識が向いているC君は、「今日は何日?」の質問と捉え、「ああ、そうだよ」と答える可能性が高そうです。ひょっとすると後で、「この前29歳だって言ってたじゃないか」、「そんなことは言ってないよ。実際、自分は31歳だし」、「いや、確かに言ったよ」などという噛み合わない会話が交わされるかもしれません(この程度であれば大きな実害はないでしょうが)。

冒頭のケースに戻ると、Aさんは、自分が伝えたという明確な事実をもって、Bさんがそれを認識していないのはけしからないことである、と考えています。しかし、ここまで見てきたように、伝え手が伝えたという行為をしたからといって、受け手が正しく認識しているとは限りません。

まずメールについて言えば、そもそも見落とされる可能性が高い伝え方をしたこと自体がすでに“アウト”です。もし重要な案件であるなら、読み手が見落とさない工夫をするのが書き手の義務でもあり礼儀であると言えるでしょう。

口頭での確認についてはさまざまな可能性がありますが、Bさんが置かれた文脈で錯覚をした可能性も考えられます。たとえば、たまたまAさんが別件でBさんに何かメールで指示を出していたとしたら、「この前メールした件、しっかりやっておいてね」という言葉が誤って認識されてしまったのかもしれないのです。

ちなみに、事実であっても人々に認知されないという問題は、個人間のコミュニケーションだけではなく、マーケティングにおけるコミュニケーション戦略実行のシーンでも起こります。たとえば、あるビール会社が、製法や物流の工夫で、非常に新鮮な生ビールを作ったとします。ブラインドテスト(ブランド名を隠して飲み比べ、その印象を調査するテスト)の結果でも、そのビールが「新鮮さではナンバー1」との結果が出たとします。

それを踏まえた上で、「新製品の○○は新鮮度ナンバー1。テストでも実証済み」と広告を流したとして、それは消費者に伝わるでしょうか?そのメーカーとしては、テストの客観的結果として新鮮度ナンバー1というファクトがあるのだから、それは正しく認識されるだろうと考えてしまいがちです。

しかし、消費者の認識はそう簡単に変わるものではありません。ブラインドテストの結果がどうであろうと、多くの人は「新鮮さと言えばやはり『スーパードライ』だろう」と考えてしまいます。ここでの鍵は、「『スーパードライ』は新鮮さを売りにしてビール市場で圧倒的なブランドシェアを残している」、「新製品の広告なんて多少大げさに言うものだ」という消費者の暗黙の前提です。たとえ事実を伝えたとしても、こうした前提も込みで人々の認識を覆すのは非常に難しいのです。

しばしば、「コミュニケーションの効率は受け手が決める」、「100回言ってようやく人はそれを認識する」などと言われます。コミュニケーションにおいては、「伝えた≠正しく認識された」でないことには留意したいものです。

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