問題です
以下のAさんの問題は何か。
A: 「さて、今回の男性向けポロシャツ開発用の事前アンケートだが、300人程度の数は回収できたから、まず統計学的にはそれほど誤差がでない数は集まったかな。まず問1の年齢だが、だいたい予想通り、30歳を中心に正規分布している感じだ。うん、想定通りだな。問2の身長だが、あれ?これこそ正規分布しそうなものだが、167cmくらいと170cmくらいにピークがあって「2コブ」にわかれているような感じだ。特に170cmの山はかなり高い。不思議だな。これだけの数集めたから統計的な誤差はないはずなのだが。それとも、何かサンプルに偏りがあったんだろうか?」
解答です
今回の落とし穴は、「見栄張り回答」です。特に定まった専門用語や言い方はないので、ここではこう表記することにします。これは、アンケートやインタビューに対して、見栄(虚栄心)から、実際よりも好ましい数字や内容の回答をしてしまうという人間の性向です。時にはアンケートなどの結果に大きな影響を与えてしまうので、注意が必要です。
冒頭のケースでは、現在、30歳前後の日本人男性の平均身長はおよそ170cmですから、そこにピークがあるのはわかります。しかし、常識的に考えれば、もう少し下の方に小さいピークがあって2コブ型の分布になることはやはり考えにくく、何かしらの作為があることが疑われます。
今回のヒストグラムの形を言い換えると、168cmと169cmのところがややへこんでいるということです。言い方を変えると、170cm手前の数字がちょっと少なくなっているということです。いろいろ可能性はあるでしょうが、最もありえそうなのは、アンケートに答えた身長168〜169cm付近の男性が、見栄から、身長を170cmなり171cmと答えたという可能性です。実際に検証してみないと確かなことは言えませんが、見栄張り回答の可能性があると言えるでしょう。
こうした「下駄を履かせた」見栄張り回答を誘発しやすい質問例としては以下のようなものがあります。
「年収はおいくらですか?」
「1カ月にどれくらい本を読みますか?」
「テレビを見ている時間のうち、ニュース番組が占める比率はどのくらいですか?」
「あなたが起業するとして、出資してくれそうな親しい知人は何人いますか?」
「いままでに、何人の異性と付き合ったことがありますか?」(特に男性の場合)
「ウエストのサイズは何cmですか?」(特に女性の場合)
見栄、虚栄心は、人間という動物に本来的に備わっている自己愛や、認知ニーズ(認知欲求)と絡んでくるものです。マズローの欲求5段階説をひくまでもなく、「人に高く評価してほしい」という欲求は、多かれ少なかれ誰にでもあるものと言えるでしょう。それが、自分を実物大以上に見せようとする行動につながります。
とはいえ、一般的に、ある程度自信のある人は、過度の虚栄心を持つことは多くありません。虚栄心が強くなるのは、劣等感に近い感情を常日頃持っているような人です。そして、それが高じると、「何か良いものを持っていないと、他人から評価されないのではないか」「こんな自分では相手にされないのではないか」という感情が生まれ、自分をよりよく見せようという強い動機につながります。そこで描く自分は、「本当の自分」ではなく、「なりたい自分」あるいは「こうありたい自分」と言えるでしょう。こうした感情は、時として強烈なプラスのエネルギーにつながることもあるため、一概に否定されるべきものではありませんが、発露の仕方を誤ると、周りの人にとっても非常に扱いにくいものとなってしまいます。
ちなみに、今回のケースとは逆に、謙遜や照れから、好ましくない方向に回答をするようなケースもあります。たとえば、「あなたの夫/妻を、100点満点で評価すると何点ですか?」といった質問です。特に日本人の場合、「うちの宿六」や「愚妻」などという言葉があることからもわかるように、こうしたケースでは本心より低めの回答をする人も少なくないでしょう。
少なくともアンケート調査などをする人は、そのような人間の微妙な感情も意識した上で、データの信憑性を検証したり、データを解釈したりすることが必要と言えるでしょう。