問題です
以下の考え方の問題は何か。
「この間の人間ドックの結果が返ってきた。ふんふん、基本的に異常はないな。でも、白血球の数字がちょっと大きいな。別に検査を受けた日の直前に病気や怪我をしていたわけじゃないのに、不思議だ。ここだけ要再検査か。でも忙しいし、なかなか病院に行く暇もないからな。さて、どうしたものか。まあ、この手の検査で時々変な数字が出るのはよくあることだし、別におかしな自覚症状もないから、まあ無視しても大丈夫かな。何年か前の人間ドックの時にも、便潜血があるという結果だったけど、再検査してみたら、単なる診断ミスで異常無しだったし。とりあえずほっておいて、何か自覚症状が出たら診察を受ければ十分だろう」
解答です
今回の落とし穴は、「正常性バイアス」です。「日常性バイアス」や「正常への偏向」と呼ばれることもあります。これは、正常な状態から逸脱するなんてことはそうそうない、言い換えれば、異常事態なんてそうそう起きないと考えてしまう思考パターンです。
今回のケースでは、自覚症状がないことから、「まあ、大丈夫だろう」と考えてしまいました。しかし、白血球は、わかりやすい怪我や病気(風邪など)の際だけではなく、胆嚢炎や腎盂炎などの体内の炎症で急増することがありますし、白血病などの難病に罹患した場合も、著しい増加を示します。もし、今回の白血球の増加が、これらの疾病に由来するものだとしたら、無視するという意思決定は、大きな代償を払うことにつながりかねません。
正常性バイアスはさまざまな心理的な働きの結果起きますが、心を平静に保とうとする傾向に由来する部分が大と言われています。つまり、毎回毎回、正常からのちょっとした逸脱に関して心配をしていたら、精神的に参ってしまうため、それをある程度無視し、メンタル面が疲弊しないようになっているのです。いわゆる心配性の人は、このメカニズムがやや弱いため、ちょっとした正常からの逸脱に過剰に反応してしまうわけです。
このように、正常性バイアスは、メンタルヘルスを維持するための仕掛けでもあるため、それ自体全く否定されるべきものではありません。ただし、過度にこのバイアスが強くなってしまうと、それはそれで悲劇を招きかねません。
たとえば、冒頭のケースで、実際には白血病の兆候だったとしたら、これは大きな悲劇です。あるいは、ビルの上層階の人が、火災警報が鳴っているのに、「どうせ誤作動だろう」と考え、実は本当に火災だとしたら、これも悲劇です。
ビジネスの例でいえば、大きな顧客のリピート案件の失注や、従業員の退職などについて、「まあ、そんなこともあるだろう」と軽く見ていたら、実は重大な事態の兆候であり、適切に初動対応しておけばよかったのに、と後悔するというのも、正常性バイアスが過度に働き過ぎた結果と言えます。
正常性バイアスは、それまでのウォーニングが実際にはトラブルにつながらなかった、という事態が続くと、強化される傾向があります。たとえば、火災警報装置があまりに誤作動ばかりしていたら、実際の火事のときでも、多くの人は「どうせ今度も誤作動だろう」と考えてしまいます。冒頭のケースも、以前、診断ミスがあったことから、今回もどうせ診断ミスだろうと考えてしまっています。
先にも述べたように、正常性バイアスは、心の平静を得るためのメカニズムでもあるため、一概に否定されるべきものではありません。しかし、経営者やマネジャーなど、より多くの人に影響を与える立場の人は、頭ごなしに「異常なんてそうは起きない」と考えるのではなく、ある程度、さまざまなシナリオを想定した上で、都度都度、冷静に物事を判断することが求められるのです。