問題です
以下のAさんの問題は何か。
Aさんは、友人であるBさんに誘われて、あるビルの奥まったスペースにあった画廊に入った。Bさんは、しきりに「この画家の絵いいわねー」とつぶやく。店の店員も、絵の良さを必死にAさんに説明する。
画廊には他にもその画家の絵が数点あり、数人のお客さんがいて、店員の説明にうなずきながら、「じゃあ、買おうかな」なんて声が聞こえてくる。
確かに悪くはない絵のように思えるが、Aさんにとっては、数十万円の価値がある絵には思えない。しかし、そうしている間にも、数件の商談が成立しているようであった。
Bさんは、「ほらー、この画家人気なんだから」と、Aさんに勧める。そのうちAさんも、「みながそこまで評価する絵なら買おうかな。数十万円とは言え、買えない額ではないし。たまには美術品を買うのもいいかもしれないわ」
解答です
今回の落とし穴は、「多数者効果」です。これは自分以外の多くの人間が積極的にある意見を支持すると、「自分の意見は彼らと違う」と思ってもなかなか言い出せず、そのうちに「自分の考えの方が間違っているのかもしれない」と思ってしまい、考え方を変えるというものです。
前回ご紹介した集団浅慮に似た側面もありますが、あれは、自分の考え方を変えたわけではないにもかかわらず、周りからの同調圧力に抗しきれず、積極的に反対意見を表さない結果、集団として好ましくない意思決定をしてしまうというものでした。
それに対し、多数者効果は、「自分だけ意見が違うのはおかしいのではないか」と疑心暗鬼になって、自分個人の意見を変えてしまうという点に差があります(なお、広義には、同調圧力で何も言わないことも、多数者効果に含める場合があります)。
今回のケースでは、Aさんは、友人のBさんや店員、周りのお客さんの行動に、「自分のセンスが違うのかもしれない」と感じ、最終的に自分の意見を曲げてしまいました。典型的な多数者効果と言えるでしょう。
お気付きの方も多いでしょうが、実は、今回の事例は、悪徳商法の押し売りなどでよく用いられる手法でもあります。今回のケースでは実態は不明ですが、Bさんと店員、そして売買契約をした他のお客さんもグル(つまり他のお客さんはサクラ)の可能性があるのです。彼らがつるんでAさんをカモにしたという構図です。
今回は友人のBさんがいたのでそうした傾向がさらに強まったとも言えますが、実は人は、友人でなくとも、同じ行動を多くの人がとっていると、疑念や危機感が薄れ、そうした「騙し」に無防備になることが知られています。その際、周りにいる人が多ければ多いほど、たとえば5人の場合よりは15人の場合の方が、その効果は強まります。まさに多数になるほど影響力は大きくなるのです。
こうしたやり方、カルト宗教や政治団体への勧誘などでもよく用いられる手段です。最初はちょっとした勧誘だったのが、まずはちょっとした集会につれていかれ、その後、本拠の会議室に連れ込まれ・・・というパターンです。特に、周りが熱狂状態になっているような集会にいると、通常の感性が麻痺し、どんどん「洗脳」されてしまうことになります。
では、こうした「洗脳」にかかってしまう人は意思が弱い人々なのでしょうか。決してそんなことはありません。意思が強い人でも、時には不安を感じたり、エネルギーレベルが下がってしまうことはあるものです。そうした時に、こうした「洗脳」を受けると、なかなか抗しがたいものなのです。意思の強い人ですらそうですから、常日頃から気の弱い人などは、相手からしてみたら良いカモです。
こうしたやり方に対抗する一番効果的な方法は、「数のプレッシャー」を感じたら、何でもいいから理由をつけて、その場から逃れることです。気の弱い人にとってはそれだけでも大変かもしれませんが、ぜひ勇気を振り絞って、日常感覚を失う状況にみすみす取り込まれることは避けたいものです。