問題です
以下の有名な詩が戒めているのは何か。
人が時間をかけるのは、要領が悪いから
自分が時間をかけるのは、丹念にやっているから
人がやらないのは、怠慢だから
自分がやらないのは、忙しいから
言われていないことを人がやるのは、でしゃばりだから
言われていないことを自分がやるのは、積極的だから
人がルールを守らないのは、恥知らずだから
自分がルールを守らないのは、個性的だから
人が上司に受けがいいのは、おべっか使いだから
自分が上司に受けがいいのは、協力的だから
人が出世したのは、運がよかったから
自分が出世したのは、頑張ったから
『「人を動かす人」になるために知っておくべきこと』(ジョン・C・マクスウェル著、三笠書房)より引用
解答です
今回の落とし穴は、「自己奉仕バイアス」です。これは、自分がやって成功したことの要因は自分に帰属し、失敗した時の原因は外部に帰属すると考える人間の性向を指します。人の業績は過小評価する一方で自分の業績を過大評価する、あるいは、自分の失敗は過小評価する一方で他人の失敗は過大評価することにもつながります。なお、このバイアスは組織や集団レベルでも見られます。組織や集団レベルのバイアスは「集団奉仕バイアス」と呼ばれています。
冒頭に示した詩は、まさに、自分が上手くやったことの要因は、自分に帰属すると考えています。逆に、たとえば「やらない」の理由では、「忙しいから」と、自分の能力ではなく、外部状況のせいにしてしまっています。この詩は、そうした「自分だけをかわいいと感じ、相手の視点に立てない」ことへの戒めのために書かれたものと思われますが、「うん、そうだな」と感じられた方も多いでしょう。
自己奉仕バイアスは、ビジネスの様々なシーンでも登場し、円滑なビジネス運営を妨げる原因となることがあります。
一例として交渉があります。自己奉仕バイアスは、交渉がなかなか妥結に至らなくなる一因としても知られています。たとえば、なにかトラブルが生じて損害賠償が発生した際、通常、損害を受けた側は、損害額を過大に評価します。一方で、損害を与えてしまった側は、その損害額を低めに見積もります。
この背景には、第26回でも紹介した「確証バイアス」も絡んできます。つまり、それぞれの側が、自分の主張に都合の良い根拠ばかりに目が行き、バランスの良い視点が持てなくなるのです。どの程度の乖離が生まれるかは状況にもよりますが、場合によっては数倍の乖離が生まれることも珍しくありません。
損害賠償のようなケースでは、もともと当事者が想定している妥結額に乖離があって交渉がまとまりにくい上に、交渉プロセスの中で、往々にして感情的なしこりが生まれる可能性が高まります。冷静に歩み寄れば妥結しうる案件でも、そうした感情的なもつれが生まれると、まとまるものもまとまらなくなってしまうのです。
別の例としては、MBO(目標管理制度)のシーンなどがあります。何か上手くいかなかった案件に関して、まさに自己奉仕バイアスが働いて、上司は部下個人にその原因を求める傾向がある一方、部下は、顧客やパートナー企業、あるいは同僚といった自分以外のせいにしようとするのが普通です。
上司としては、「君の問題だ」などと決め付けずに、まずは相手の言い分を聞いて、ある程度の共感を示した上で、質問などを投げかけながら、何が真の原因だったのかを考えさせるという冷静な態度が求められます。
ちなみに、自己奉仕バイアスが生まれる原因にはさまざまなものが挙げられています。ここでは紙面の関係もあるのですべてを紹介することはしませんが、最も大きな原因として、自尊心(self-esteem)を維持したり、自分の感情をポジティブに保つための仕組みという見解があります。
ここからもわかるように、自己奉仕バイアスは極めて根源的な人間のバイアスであり、そこから脱却するのは容易ではありません。しかし、そうしたバイアスがあることを認識した上で、常に相手の「視点・視界」を意識する必要があるのです。