もう、自己批判はやめよう
どんなリーダーでも、すべてのものごとが自分の思い描いたとおりに進むことは、まずありません。リーダーには、失敗や挫折はつきものです。
経営会議で渾身のプランが承認を得られなかったとき。頼りにしていたメンバーが退職してしまったとき。大型案件を失注してしまったとき。会議で上司とメンバーの板挟みになってしまったとき。さまざまな局面で、自分に自信を持てなくなる時があります。
こうしたとき、リーダーはどう自分と向き合えばよいのでしょうか。
多くのリーダーが、自分自身に対して反射的に「こんなこともできないのか!」「まったく価値が出せていない!」などと自己批判をしがちです。このような言い方をメンバーにしたら、それこそパワー・ハラスメントですが、それをまさに自分に行っているのです。セルフ・パワハラです。
当然、セルフ・パワハラのような、自己批判を繰り返していると、ますます自信を失ってしまい、メンタルは弱まり、心身の不調をきたす場合すらあります。
なぜ、自己肯定感が注目されているのか
リーダーに限らず、こうした自己批判がよくないことへの反省から、いま「自己肯定感」が注目されています。自己批判ではなく、その逆の、自己肯定を積極的に行い、難局を乗り切ろうとするアプローチです。ところが、このアプローチにも、まだあまり知られていない、大きな落とし穴があるのです。
順を追って、説明します。
そもそも、自己肯定感とは、「自分自身をどれくらい肯定的に評価しているか」という度合いです。
たとえば、世界でもっとも使われている自己肯定感(英語ではセルフ・エスティームといいます)をはかるアンケートには、次のような項目が並びます※1。
- 私は、自分自身にだいたい満足している
- 私には、けっこう長所があると感じている
- 私は、他の大半の人と同じくらいに物事がこなせる
- 私は、自分のことを前向きに考えている
- 私は、少なくとも他の人と同じくらい価値のある人間だと感じる
これらにおおよそ同意できた読者は、自己肯定感が高く、同意できなかった読者は、自己肯定感が低いということになります。
エビデンスに目を向ければ、自己肯定感が高い人はメンタルが強く、幸せであり、健康であると言われています。逆に、自己肯定感が低いままでは、不安を感じやすく、落ち込みがちです。
リーダーも、自己肯定感が高いほうが、成果を出しやすいといわれています。とくに、組織やチームを大きく変えなければいけないような局面では、自己肯定感の高いリーダーが成果を出します。
これだけのメリットがあるのですから、「自己肯定感を高めればいいじゃないか」と思われるかもしれません。
ですが、気をつけておきたい自己肯定感の見落としがちなポイントがあります。
リーダーなら知っておくべき、自己肯定感のダークサイド
実はリーダーが、難局に直面したときに、自己肯定感を無理に高めようとすると、高い確率で、副作用が現れることがあるのです。どういうことか説明します。
① 自己肯定感を守るために、世の中を歪めて見てしまう
じつは、自分が失敗したときに、自己肯定感を高く保つ裏技があるのです。
本当は自分のミスで失敗したとしても、「自分は悪くなく、周りが悪かった」と解釈したらどうでしょう。
「環境が悪かった」「チームメンバーが手を抜いた」などと周りのせいにしておけば、自己肯定感は傷つかずにすみます。
この裏技を使い続けていると、自分の過ちや弱点を認めることができません。謙虚さを失ってしまい、横柄な感じにもなります。
この傾向がさらに進むと、リーダーは、自分に酔いしれるナルシスト的な言動をしたり、平気で攻撃的な言葉を使ったりするようにもなります。暴力にも発展してしまいます。みなさんの周りにも、こうしたリーダーはいるかもしれません。
自己肯定感を無理に高めようとすると、自己中心的に世の中を歪んで見てしまうのです。
② 休むべき時を見失い、燃え尽きやすくなる
自己肯定感の落とし穴はまだ続きます。
変革を推進するリーダーを2年間追跡した研究があります※2。この研究で注目されるのは、自己肯定感が高いリーダーと自己肯定感が低いリーダーを比べている点です。
みなさんは、どちらのほうが燃え尽きやすいと思いますか。
直感的には、自己肯定感の高いリーダーのほうが燃え尽きにくいように思います。なぜならば、自己肯定感があればより心がタフになり、困難な状況を切り抜けられそうだからです。
ところが、その予想に反し、自己肯定感が高いリーダーほど、2年後には燃え尽きやすいという結果が出ていたのです。
なぜでしょうか。この研究チームは、自己肯定感が高い人は、「自分はできる」というポジティブなイメージを保とうと、より頑張りすぎてしまうリスクを指摘しています。
たしかに、「自分はできる」という感覚は、今、この瞬間を頑張るには役立ちます。
しかし、頑張れば、誰でも疲れます。このとき、本当は休めばよいところを、自己肯定感の高いリーダーは、さらに頑張ってしまいがちなのです。
自分のポジティブなイメージが崩れるのがいやだからです。こうして、長い目で見れば、自分の健康を損なっていくわけです。
端的にまとめるならば、自己肯定感を高めるアプローチは副作用のリスクがきついことが分かってきています。
セルフ・コンパッションを通し自己肯定感を健全に高める
自己批判もダメ、さらに、ここまで説明してきたように自己肯定も副作用があるというのなら、いったい、リーダーはどうしたらいいのでしょうか。
自己肯定感の副作用を出さない形で、自己肯定感を高める方法はないのでしょうか。
その夢のような方法があるということが、最近の心理学の研究により分かってきているのです。それが、リーダーが自分にやさしくする、セルフ・コンパッションのアプローチです。
セルフ・コンパッションとは何か。それは、大切な友人にやさしさと思いやりをもって接するように、自分自身に対してもやさしさと思いやりを接することです。セルフ・コンパッションとは、言い換えれば、自分への友情です。
こうした態度を自分に対して持つと、自己肯定感は結果的に高まるのです。さらに、重要なこととして、セルフ・コンパッションを取り入れたとき、わがままや自己中心的な考えなどといった自己肯定感の副作用は出ないことが近年の研究により分かってきたのです。
さらに、セルフ・コンパッションを実践することで、リーダーの疲弊感も改善され、燃え尽きにくくなることも明らかにされています。
自己肯定感そのものを高めようとするのではなく、セルフ・コンパッションを高め、自分にやさしくすることを通じて、結果的に自己肯定感を高めるのが健全なやり方なのです。
セルフ・コンパッション・スコアを測ろう
はたして、自分はセルフ・コンパッションをできているのだろうか?
ここまで読んで、そう思われた読者もいることでしょう。まずは、ご自身のセルフ・コンパッションの度合いを理解することから始めていきましょう。
次のアンケートに答えることで、簡単に自分のセルフ・コンパッションの度合いを知ることができます。このアンケートはクリスティン・ネフが開発したもので、現在、セルフ・コンパッションを測るスタンダードとして、世界中で使われています。
日本語訳は、有光興記先生らによるものです※3。
以下の文は、困難に直面しているとき、自分に対してどう感じたり考えたりするかを聞いています。
各文をよく読んで、自分がどのくらいの頻度でそうなっているかについて、各文の空欄に1~5までの数値で記入してください。
1セット目
2セット目
(1~5の意味が1セット目と逆になっていることに注意してください)
セルフ・コンパッション・スコアの算出の仕方
1セット目、2セット目の12項目すべての得点を足してください。
次にこの得点を12で割り、平均点を計算してください。これが、セルフ・コンパッション・スコアとなります。
読者のスコアはどうでしたか。日本人のセルフ・コンパッション・スコアの平均はおよそ3.0前後です。
2.5~3.5でしたら、平均的です。3.5を上回れば高く、2.5を下回れば低いといえます。
セルフ・コンパッション・スコアが低くても、がっかりする必要はありません。ここで大切なのは、スコアの高低ではありません。セルフ・コンパッションをご自身の仕事に取り入れてみよう、という意図をもつことです。
たとえば、前回の記事で掲載したエクササイズに取り組んでみることで、徐々にセルフ・コンパッションの実践が進んでいくことでしょう。そうすれば、結果的に、上述の副作用を心配することなく、自己肯定感を高めることができるはずです。
次回は、優秀なリーダーが直面する、コラボ疲れからの抜け出し方について、紹介していきます。
※1 桜井茂男 (2000). ローゼンバーグ自尊感情尺度日本語版の検討. 筑波大学発達臨床心理学研究, 12, 65-71.
※2 Zwingmann, I., Wolf, S., & Richter, P. (2016). Every light has its shadow: A longitudinal study of transformational leadership and leaders’ emotional exhaustion. Journal of Applied Social Psychology, 46(1), 19-33.
※3 有光興記, 青木康彦, 古北みゆき, 多田綾乃, 富樫莉子 (2016). セルフ・コンパッション尺度日本語版の 12 項目短縮版作成の試み. 駒澤大学心理学論集: KARP, 18, 1-9.
『すぐれたリーダーほど自分にやさしい 疲れ切らずに活躍するセルフ・コンパッションの技術』
著:若杉忠弘 発行日:2024/8/7 価格:1,760円 発行元:かんき出版
セルフ・コンパッションについて動画で学んでみたい方はこちら