最も重要な経営課題として挙がる「値上げ」
エネルギー費用や原材料費の上昇、労働力不足や賃上げによる人件費の高騰、円安やサプライチェーンの混乱など、企業の利益を圧迫する要因が増加している。各企業は費用削減に取り組んでいるが、それだけでは対応しきれない状況だ。
そのため、多くの企業は値上げを検討している。値上げを実施できた企業は好業績を収める一方、値上げができなかった企業は倒産に危機に瀕している、という報道もある。値上げが重要な経営課題になっているのだ。
名経営者として名を馳せた稲盛和夫氏が「値決めは経営」と看破していた。昨今の経済環境はまさにそれを痛感させる。値決めの中でも、特に値上げは難しい。顧客の理解を得られなければ競合にスイッチされ、売上も利益も失ってしまう。利益回復に取り組んでいたにもかかわらず、さらに利益を減らしてしまうのは、悪夢以外の何物でもない。値決めによって経営の成果は大きく変わるのである。
経営の意思決定を支援する管理会計
そんな悪夢に苛まれないようにするためには、値上げを実施する前の慎重なシミュレーションが必要だ。事前のシミュレーションと事後の検証で経営の精度を上げていく。そのために役に立つのが、会計データを経営の意思決定に活用する管理会計である。
管理会計には、戦略を的確に実行するための仕組みづくりやPDCA(Plan-Do-Check-Action)を通じた経営管理などの役割があるが、意思決定の支援もそのうちのひとつである。
利益の管理やシミュレーションのために会計データは豊富な情報を提供する。管理会計はその情報を意思決定に活用するのである。
本書は、会計データを使った意思決定について、簡単な数値例をたくさん用いながら、わかりやすくまとめられている1冊である。管理会計の初学者にもお薦めだ。
値上げの効果を限界利益で考える
価格の決定において重要なのは、価格の変更によって売上高が増えるかどうかである。更に言えば、売上の増加によって利益がどれくらい増えるのかだ。
売上高は価格と数量に分解することができる。一般的に価格を上げれば、販売数量は減る。価格の上昇よりも販売数量の減少が大きいと売上高が減り、利益も減ってしまう。いわゆる需要の価格弾力性が売上高を左右する大きな要因となる。価格弾力性が大きいと値上げにより需要が大きく減少してしまい、販売数量減少のインパクトの方が大きくなり売上高が減ってしまうことになりかねない。
では、利益を増やすために値上げをする際にはどうしたら良いか。それを考えるのに役に立つのが限界利益である。
費用には、操業度に比例して変動する費用である変動費とそうでない固定費がある。限界利益とは、売上高から変動費を減じて算出したものである。企業は限界利益で固定費を賄いながら利益を出していく。値上げによって限界利益がどう変わっていくかを見ていくことで、売上と利益の変動をシミュレーションすることできるのである。
わかりやすい数値例と解説を通して学ぶ
管理会計というと、たくさんの数字や難解な用語が出てきて、とっつきにくい印象をお持ちの方もいるかもしれない。本書は、主人公の家族が営むパン屋やアルバイトで働く花屋など身近なビジネスストーリーを通じて、管理会計に関するトピックスを学べるようになっている。上述した売上と利益の関係なども簡単な数値例を用いながらていねいに解説されていてわかりやすい。
なぜその価格にするのか。様々なシミュレーションを通じて、ロジックのある理由付けを以って決定する。そうすることでリスクを勘案した意思決定ができる。そして、事後に検証を行い、経験を次に活かすこともできる。
KKD(勘と経験と度胸)ではない、会計データを使った理屈の通った意思決定をしたい人が最初に手に取るにはお薦めの1冊である。
著:石王丸 香菜子 発行日:2022/6/28 価格:1,980円 発行元:清文社