前回は、深く人の話を理解するために「論理の三角形」を活用する考え方をご説明しました。そして、語られていない前提など欠落点を補って相手の主張を成立させるうえで、まずは「主張を明確にする」ことの重要性をご説明しました。今回は、これ以外の着目点を見ていきたいと思います。
隠れた前提(ルール)を確認する
主張が明確になったら、その主張を支える論理が十分か?を考えます。ここではその主張を成立させるためには、話し手が根拠として挙げていること以外に何が必要か?を考えます。前にご説明したように、論理の成立においては演繹的と帰納的の二つの論理展開があります。まず演繹的な論理展開について考えてみましょう。
演繹的な論理とは、「前提(ルール)→事実→結論」という論理展開です。正しい演繹的な論理展開のためには、「そこでの論理展開上、正しい前提を用いている」ことと、「事実として言われていることが正しい」ことが必要です。後者の事実関係の正しさについて確認が必要な場合もありますが、特に注目すべきなのは「前提(ルール)」です。「前提」は実際の発言の中では省略されることが多く、また話し手がその前提を当たり前のことと思っている時はほとんど言及されません。同時に、事実認識に齟齬が無いのに、なぜその結論になるのか理解できないときは、概ね「前提」が共有されていないことが多いからです。
そこでの論理展開上、正しい前提を用いているをチェックするうえで、まず事実と結論から逆算し、その結論が成立するための前提を考えます。たとえば「低価格が重要なこの製品(ここまでは事実として)で、競争力を高めるためには、シェアNo.1を目指すことが必要だ」と言う場合の前提は何でしょうか?いろいろな前提が考えられますが、たとえば「低価格を実現するためには低コストであることが重要」「この製品においては、製造販売量の大きさが低コストの鍵である(規模の経済が利く)」といったところでしょう。この段階で話し手に「こうした前提での意見でよいのか?」を確認してもよいでしょう。
次に、その前提は今取り上げている事例・事象に当てはめてよいものなのか?を考えます。製品の種類によっては、必ずしも規模の経済が利くものばかりではないので、この製品は当てはまるのか?更に言えば、この製品の製造等のコストにおいて、規模が大きくなると下がるコストがどれくらいなのか?どういったメカニズムでコストが決まるのか?を具体的に確認する必要があります。もしここに疑念があったり、確認が必要な際には、上記のような論点を話し手もしくは全体に対して問いかけ、議論の俎上に載せることになります。
共通点と違いは何かを確認する
次に、帰納的な論理展開の場合を見てみましょう。帰納的な論理展開では、いくつかの事例から共通項を見出して結論を出しますが、実際の議論では、参考となるA/B/Cといった事象に共通するルールを抽出し、それにそこで話題になっているXも共通のものとして判断をする形を取ることが多いようです。
たとえば、「最近我々の業界では、Xという営業支援システムを導入して成功している企業が多い。ゆえに当社もXを導入すべきだ」といった議論がよくなされますが、慎重に判断する必要があります。なぜなら、Xを導入しても成果が出ていない企業、もしくはXを導入していなくても成功している企業があるかもしれないからです。
ここで考えるべきなのは、まず、「Xを導入し、かつ成功している企業」と、「Xを導入しても成功していない企業」や「Xを導入しなくても成功している企業」を比較し、何が違うのか?を考えることで、「Xを導入し、かつ成功している企業」に共通する属性は何か?を明らかにすることです。そして、そこで明らかになった属性と自社の属性に共通点が多いか?を考えることです(更に言えば、様々な属性がどのようなメカニズムでXの導入と成功という結果に繋がるのか?を具体的に検討することです)。帰納的な論理展開においては、こうした「共通点と違い」に着目し、その論理展開の妥当性をチェックすることが重要なのです。
欠けている論点を補完する
相手の主張を成立させる上で、見落としがちであり、かつ議論をする上でも重要な点として、「欠けている論点を補完する」ことがあります。
たとえば、ある国の市場に参入するかどうかを議論する際、「この市場は魅力的であり、想定される競合には勝てそうだ。そして自社も参入できる能力がある」といった発言があったとします。いわゆる3Cの視点を押さえていますが、果たしてこれで十分でしょうか?その国の政治、経済、社会的な面で起こり得るリスク(カントリーリスク)はどうなのか?といったことも、環境の異なる新たな国に進出するかどうかを判断する上では重要な論点の一つでしょう。発言者がこうした論点を考えたうえで説明を省略しているのか、それとも考えていないのかは確認が必要ですが、より適切な結論を導くうえで本来考慮すべき論点を押さえることは極めて重要です。様々な発言がどの論点について語っているのか?そして語られている論点は十分なものなのか、ファシリテーターは常に意識を向けてチェックする必要があります。
発言を理解し、適切な議論をするために論理をチェックする
ここまで、論理の三角形を用いて話を深く理解するポイントについて考えてきました。最後に強調したいのは、これは人の上げ足を取ったり、批判をするために行うものではない、という点です。まずは相手の主張に寄り添い、相手の主張が正しいと仮定した場合に、本来必要な論理のパーツは何かを考える。言いかえれば、様々な意見には価値があり、正しい論理を持っているかもしれないと仮定する。そのうえで欠落点をチェックするのは、発言を批判するためではなく、正しく意思決定を行うためにあるべき論理を追求するために行うのだということを決して忘れないでください。
なお、ここまでご説明したような聴き方を、多人数が参加し、様々な意見が飛び交う議論の現場でリアルタイムですべて実現することは不可能です。実際には上記のような手順やポイントをその場で一つずつチェックすることはありません。しかしあえてご説明したのは、人の話をより深く理解しようとするとはどういうことなのかを理解し、まずはその姿勢を持っていただきたいためです。そして、まずは新聞の社説やコラム、もしくはメールなど、書かれた文章で訓練をしてみる。そして1対1の対話の場面などですこしずつチャレンジしてみる。
こうした訓練を繰り返すことで、だんだんと「人の話の裏にある論理を掴む感覚」がついてきます。そうすると様々な人の話を聴きながらでも、主張は何か?前提は適切か?論点は十分か?などに嗅覚が働くようになります。優れたファシリテーターになるために、ぜひ粘り強く聴く力を高めていっていただければと思います。(続きはこちら)