ここまで、「議論の仕込み」の中核である「論点の把握」を、「合意形成のステップ」、つまり、
(1)「場の目的共有」すなわち、「何の話をなぜここでするのか?」
(2)「アクションの理由の共有・合意」すなわち、「なぜそうするのか?」
(3)「アクションの選択と合意」すなわち、「どうするのか?」
(4)「実行プラン・コミットの確認・共有」すなわち、「誰が、いつ、何をするのか?」
に沿って、(2)まで見てきました。
(1)、(2)は、実りのある議論をするうえで重要かつ難易度の高い部分であるため、相当に長い説明になりました。ちょっと“迷子”になられた方もいるかもしれませんので、再度我々がいる位置を確認したうえで、(3)、(4)に進んでいきましょう。
復習になりますが、(3)の「アクションの選択と合意」における主要な論点は以下の3つです。
・取り得るオプションは何か?
・いくつかのオプションをどのような基準で選択するのか?
・あるアクションをとった際に想定されるリスクは何か?対応策はあるか?
今回は、まず、なぜこの「アクションの選択と合意」のステップが重要なのか?から、詳しく考えていきましょう。
可能性を出してから選ぶことで納得度が高まる
組織において何らかの施策を実行するうえで重要なことの一つは、実行するメンバー、そしてその施策に対して意思決定の権限を持っていたり、施策の実行に必要な資源を提供するなどの影響を与える関係者、もしくはその施策を打つことによって影響を受ける人々などの納得性を高めることでしょう。
人が納得するにはまず、「なぜその施策を打つ必要があるのか」を十分に理解し、「なるほど、その課題に対しては手を打たなければならない」と感じてもらうことが必要です。ここについては、これまでの(1)「場の目的共有」、(2)「アクションの理由の共有・合意」というステップを正しく踏んで、関係者の合意が取れていれば問題は無いはずです。
一方で、ある課題を解決するための方法は一つとは限らず、具体的な施策は複数考えることができます。ここで着眼したいのが、集団で様々な対策案のアイデアを出し合うことで、よりよい案を選択できる可能性が高まる、という点です。
また、こうしたプロセスを踏むことは、実行するメンバーや関係者の対策案に対する納得性を高めることにもつながります。人はある対策を示されると、「他のやり方は考えなかったのか?なぜこうしないのか?」と疑問を持つものです。予め考え得る案を洗い出し、そこから選択するステップを踏むことで、決定に関与するメンバー(多くは主要な実行メンバーでしょう)にとって「自分達が決めた施策」になり、実行に対して高い当事者意識、コミットメントを持てるようになります。さらに、決定に関与していないメンバーに対しても、「こうした対策を考えた上で選んだ」という説明が可能になることで、施策に対する様々な疑問や懸念に答えることができます。
では、具体的にはどのような手順を踏めばよいのでしょうか。ここでは、まず、(2)の「アクションの理由の共有・合意」で到達した内容、すなわち、その施策を打つそもそもの目的(What)、施策を打つことにより、どこをどれくらいよくしたいのか?(Where)、そのために何をどのように変える必要があるのか?(Why)を確認したうえで、具体策を複数考えます。
その際には、ばらばらと思いつくままに策を挙げるのではなく、まず「いつ」「誰に」「何を」「どのように」といった項目(パラメーター)を考え、それぞれ取り得る方法を洗い出し、組み合わせて考えいきます。こうすることで、ぱっと思いついた対策に飛びつくことなく、よりよい案を幅広く探ることができます。
たとえば、「あるルールを社内全員に周知する」という対策の場合であれば、「誰に伝えるか?(全員に直接・上司を通じて)」「どのように伝えるか?(文書で・口頭で)」「何をどの程度伝えるか?(ポイントのみ・背景等詳細まで)」等のパラメーターが考えられます。これらパラメーターを組み合わせて「上司に口頭で背景を含めて説明したうえで、上司を通じ全員にポイントを伝達してもらう」「全員を対象にポイントを伝える説明会を開催する」等のオプションをつくることができます。この段階では、「○○だからダメ」、「自分達ではできない」など、既成概念や自分の仕事の枠にとらわれないように、大胆にオプションを出すようにします。一見無理に見える策であっても、関係者の協力を得ることで可能になることも多いからです。
選択のプロセスを通じて「何が重要か?」の意識を合わせる
さて、どのような打ち手にも一長一短があります。よりよい案を選択し、関係者の合意を得るためには、まずオプションを評価する基準について合意する必要があります。ビジネスにおいて押さえるべき一般的な基準としては、効果の大きさ、実行のスピード、かかる工数・コスト、対策実施に伴うリスクや副作用等があります。そのうえで、各オプションを基準にあてはめ評価します。その際、数値化できるものは極力数値化しておくと適切な比較を行うことができます。
ここで注意が必要、かつ実は重要な点は、「評価基準間の重みづけ」をしっかり議論することです。この議論を行う際に、オプションと評価基準をマトリクスにして点数化したり、◎○△×などで評価する一覧表をつくることが多いですが、「どの評価基準も同じように機械的に集計して、一見合理的に見える選択」をそのまま示して終わりにしているケースをよく見かけます。しかしこの評価はゴールではなく、議論の出発点と捉えるべきです。
各評価基準をそれぞれどのくらいの重みづけで選択に反映させるのかは難しい判断であり、課題の重要性・緊急性、そのときの人や予算といった資源などの制約条件等を勘案して決める必要があります。しかしこの判断は関与するメンバーの立場や関心によってばらつきが大きいものです。ここを十分に議論し、合意をとっておかないと、いざ対策が走り始めた際に、「自分はもっと緊急性が低いと思っていたので、他の案件を優先している」「工数を過小評価していたので実際にはそこまでの時間が割けない」などの状況が生じてしまいます。
評価基準と各オプションを整理したら、具体的にどれがよいか?を議論していきます。その中で、なぜあるオプションが他のオプションよりよいと感じるのか?その理由を議論していく中で、各人がどういう認識を持っていて、何を重視しているのか?が明らかになっていきます。この議論のプロセスを経ることで、メンバー相互の認識を揃えていくことが、むしろ重要なのです。
リスクや副作用を、衆知を集めて幅広く洗い出す
ある目的を果たすために対策を考えていると、どうしてもその範囲だけで物事を判断しがちになります。特に自分達が「こうすべきだ」「これをやりたい」と思っている施策であればあるほど、その施策が周囲に与えるマイナスの影響や、その施策を打った際に起こりうるリスクや副作用を見落としたり、薄々気づいていても無視しがちになります。後になって「なぜ考えなかったのか?」と後悔することも多いのですが、決定の瞬間には忘れがちなものです。このため、あえてリスクや懸念を洗い出し、対応を検討しておく「仕掛け」も合意形成のプロセスの中に意識的に入れておくとよいでしょう。
その際、自分自身やその件について考えているメンバーだけで考えることには限界があります。同時に、ある対策の実行には、自分だけではなく多くの関係者が関わるものです。そこで、多くの関係者に情報を共有し、あえて影響や懸念を聴きだす。そして出された懸念に答えるステップを意識的に踏むことが重要です。そこでは、「対策を実行する時、誰が関わるのか」「その対策を実行することで、直接・間接に影響が及ぶ範囲はどこまでか」を具体的に考え、最低でも前後左右の業務プロセスの関係者に意見を求めるとよいでしょう。そうすることで、対策の影響範囲の大きさや調整すべきこと、実行すべきことが見えてきます。
このことは、実はわかっていてもなかなかできないことです。徹底的に考え、議論し、「こうすべき!」と自信を持って周囲に提案できるレベルの対策であると同時に、自分達の判断を絶対とせず、よりよい結果を導くために、より広く衆知を集め、耳を傾け、真摯に懸念や疑問に応えていこうというオープンな姿勢を併せ持つことが必要です。リーダー・ファシリテーターが身をもってこのような姿勢をメンバーや外部に示していけるようにしたいものです。