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『他者と働く』――組織の問題は、解決よりも「解消」することで前に進む

投稿日:2020/02/28更新日:2021/10/12

NewsPicksが立ち上げた出版部門NewsPicksパブリッシング初の刊行物となった『他者と働く』。著書の経営学者 宇田川元一氏と、グロービス研究員 松井孝憲の対談後編です。組織で起こる問題のほとんどは人と人の関係性の問題です。それにどう気づき、向き合っていくのか。後編では、問題を「解消する」方法について語ります。(全2回の後編、前編はこちら

問題解決ではなく、問題が「解消」する

——問題に気づくと、問題そのものが解消されるとのことですが、それは問題解決とは違うということですよね。

宇田川:そうですね。私がとても影響をうけた考え方に、「べてるの家」という精神障害ケアのコミュニティがあります。べてるの家で実践されている「当事者研究」という方法がわかりやすいと思います。

当事者研究とは、医師などの専門家による治療ではなく、障害を持つ当事者が中心となって、自分の病気について自ら、周りのメンバーと一緒に研究をするという取り組みです。

そのひとつで興味深かったもののひとつに、過食嘔吐の方の当事者研究がありました。普通はみんな「過食嘔吐をなくすためにどうしたらいいか」と問題解決を考えると思います。でも、ある方の当事者研究では、「どうやったら、あなたも過食嘔吐になれるか」ということを考えてみたそうです。再現性を持たせるというわけです。これを「反転」といいます。

そうすると、「人生になるべく高い目標を立てる」「親の顔色を常にうかがって生きる」「自分の弱さを絶対に他者に明かさない」とか7箇条くらい出てきた、という当事者研究がありました。それを守ると立派に過食嘔吐になれると。

(参照)浦河べてるの家『べてるの家の「当事者研究」』(医学書院)

反対に言うと、そういう苦労が煮詰まった表現として過食嘔吐になれたんですね。その苦労を自分で何とか助けるために、病気がその人のところにやってきた。苦しいんだよ、ということを教えてくれているわけです。

べてるの家には「病気はあなたを助けに来ている」という言葉があります。病気はその人の人生の苦労が煮詰まって出てきた必然であり、例えば、先の場合、過食嘔吐という形で表現されている苦労が紐解かれていくと、単に病気を解決するだけでは見えなかった、人生の中での大切な苦労が見えてきます。そして、その中で自分の助け方が、自分や周りの人にも見えてくる。

それは単に問題を「解決されればよいもの」だと片付けてしまうには、あまりにももったいないものではないでしょうか。もちろん、解決するべきものだと考えるに至るには、社会的に構築された「疾患」という枠組みがあり、そうした枠組みによって、当事者の方は自分の人生の苦しみよりも、疾患の解決という苦しみに目が向けられてしまうということもあります。

しかし、当事者研究という観点は、大変な病気の苦労がある一方で、そうした苦労を通じて、もっと良い人生を発見するためのきっかけが提供されたという側面もあることを教えてくれていると思います。つまり、問題を解決するのではなく、それを解決するべき問題だと考えることをやめ、その中に反転的に希望を発見していく。これが問題を解消するということのように思います。

ものの見方を「反転」させてみることで、組織の問題も「解消」し得る

——話は変わりますが、松井さんは過去にNPO法人の経営に関わり、現在はKIBOW社会投資で活動しており、これまでにさまざまな社会起業家(ビジネスを通じて社会課題の解決を目指す起業家)との接点があったと思います。社会課題の解決を目指す組織ならではの問題はあると感じますか?

松井: そうですね、社会起業家の方々は、まさに社会課題を解決しようと理想を追い求める、本当に尊い存在だと思います。でも、そういった方々は難しい立場にとても置かれやすいと感じます。

社会起業家の方々は目指す社会の実現に向けて人生を賭けて行動しています。すごく尊敬していますし、個人としても立派な方ばかりです。ただ一方、組織のマネジメントに関しては、「目指す社会」というミッション・ビジョンを源泉に動く組織だからこその脆さもあるのではないか、とも感じます。社会起業の組織には、スタッフの方々も報酬ではなくミッションに共感して集まっているので、経営者との少しの考え方のズレによって、組織から離脱しやすくなってしまう。

宇田川:それに関して言うと、問題が起きないようにしようとするから大変なんだと思うんです。人は、ビジョンという人間がつくった観念に対して完璧に動くことはあり得ません。「人間なんて所詮、絶対分かり合えないものだ」という前提に立つとだいぶ楽になるんじゃないかなという気がしますね。

松井:そうかもしれません。「自分たちはビジョンで完全に共通している」と思うこと自体が、もしかしたらどこかで無理をしているというか、自分自身を納得させているという感覚はあるかもしれないですね。

宇田川:そうであれば、「どうやってみんながビジョンにそった行動をするか」という問題解決を一度脇に置いて、例えば、一度、反転させてみて「どうやったらメンバーがミッション・ビジョンを無視して突っ走る状況を続けられるか」などを考えてみると良いかもしれません。そうすると、メンバーがビジョンを考慮しない組織の日常が浮かび上がって来ると思います。つまり、表に起きている問題の背後にある困りごと、適応課題が見えてくると思うのです。

松井:自分の関わってきた社会起業家やNPOの方々も、とても誠実だからこそ、ちょっと脇に置いて端から見てみるという、肩の力を抜いた見方が苦手なのかもしれません。だからどうしても、「メンバーはビジョンで完全に一致していなければいけない」という、べき論になってしまう。今言われてみて、自分もそうだったなと思いながら、なるほどな、と思いました。

メタファーを通じて、自分と違うナラティヴの存在を知る

宇田川:政治思想家でプラグマティズムを復活させたリチャード・ローティが書いた『偶然性・アイロニー・連帯』という本があります。このタイトルは、秀逸だと思います。

「偶然性」というのは、「たまたま自分は今その考え方にいます」ということ。どんなに思い入れのある考え方でも、「それって所詮たまたまだよね」っていうアイロニカルな対応。そうやって1回ちょっと突き放してみると、ぜんぜん関係ないと思っていた人たちと連帯を結べるようになるという話なんです。

偶然性・アイロニー・連帯っていう、このステップが大事かなと思います。自分のナラティヴをアイロニカルに見ることで、分かり合えない人とも連帯をしていくことができる、橋を架けていくことができるということをローティは教えてくれているんだと思うのですよ。

じゃあ、それはどうしたらできるか。ずっと僕も悩んでいるんですけど、ローティの思想ですごく大事なことは「メタファー」に可能性をすごく見出しているということなんです。

例えば、「人生につまずきを覚える」という場合、「人生」という、いわく言いがたいものを「旅」とか「道」というメタファーで語ることで、「つまずきを覚える」っていう表現になるわけですよ。要するに、人生と旅ないし道っていうものを結びつけているわけですよね。この「結びつける」ことが、我々が新たな意味を発見していくうえで、重要な働きをします。

言い換えれば、我々は世の中を使い古されたメタファーで見てるわけです。基盤としてのナラティヴも、ローティ的な表現で言うと「死んだメタファー」ですね。ローティは「生きたメタファーの探求」の重要性を言っていて、そのために大事なことは想像力を広げるっていうことです。想像力を広げるための、我々の知的な道具のひとつを提供しているのが哲学であり、理論なんだと。ローティは、哲学の役割を考えた人でもあるのです。

ガーゲン(社会構成主義を提唱した心理学者)もそういうことを言っています。「自分は理論というものを通じて世界の見方を新しくつくる――Generative Theory(生成的理論)を展開するのが自分の目的だ」ということを言っています。

つまり、理論とは世界の認識の方法で、メタファーもそう。ナラティヴもそうです。

メタファーを獲得するのは、別にテレビドラマでもいいんです。ドキュメンタリー番組でもいいし、映画でもいいし、小説でもいいんです。何でもいいのですが、生きたメタファーというもの、つまり、自分のナラティヴと違う、自分のナラティヴと橋が架かってない人がいるということを、なるべく若いうちからいろいろな形で知っていくことがすごく大事な経験になると思います。それは、資本主義社会の中で生きなければならない私達にとはよい道具になると思うし、自分を助けることにもなると思います。

——いろんな打ち手が増えてくるということですよね。

宇田川:そうそう。あるMBAの先生と前話したときに、「なんかさ、今の若いやつはすぐ『問題解決するフレームワークはなんですか?』って言うんだけど、そんなことよりも、まず、トルストイを読め、漱石を読めって思うんだよ。フレームワークよりも前に、まずは人間をもっとよく理解したほうが良いから」ということをおっしゃっていました。でも、そういうことこそ大切なんだと思います。人間って一体何なんだろう、ということを色々と想像力を広げてみる。そうした視点に立ちつつ、で、短期的に活用できるフレームワークもあるから最強なんですよ。

松井:そうだと思います。

宇田川:まずはそんなに大層なものでもなくても、身の回りで「この人、なんでこんな反応するんだろう」とかっていうところを興味を持って観察するくらいのスタートで良いと思います。そのときに、僕の本で言う「準備」が整います。そこから観察、解釈、介入のプロセスを動かしていって自分にも相手にも橋を架けていく。そうした中で、今までの息苦しい連帯とは違う、新しい連帯の可能性を探っていく。我々は誰でもそれを始めることができる。そこに希望があると僕は思うんです。

(聞き手=吉峰史佳)

他者と働く——「わかりあえなさ」から始める組織論
:宇田川元一 発行日:2019/10/4 価格:1980円 発行元:NewsPicksパブリッシング

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