前回、「議論の出発点と到達点は、参加者の状況を予想しながら設定する」と申し上げました。今回はこの「参加者の状況」をもう少し具体的に考えてみましょう。参加者の状況は出発点と到達点の設定だけでなく、議論の中身を具体的に考えるうえでも、実際の議論の現場での「さばき」をどうするかを考えるうえでも重要なものだからです。
ファシリテーションが人を相手にするものである以上、どんな人が、どういった状態でそこにいるのかを把握することは不可欠です。しかしいざ「参加者の状況を考える」と言っても何をどのように考えたらよいか迷うことも多いでしょう。ここでは議論の場面に大きく影響を与えるポイントを中心に考えてみましょう。
参加者の気質より、議論の内容を起点に
そもそも「相手(参加者)の状況を考える」というのはファシリテーションに限ったことではなく、例えばプレゼンテーションにおいても「聞き手のことをよく考えろ」などと言われます。ここで難しいのは、漠然と考えてもあまり実りがある分析にはならない、というところでしょう。
「キーパーソンは誰か?」、「それは、どんな性格の人か?」と、個人の属性を掴むことも大事なのですが、そこから考え始めても、何をどのように話せば相手を引きつけることができるかまでは、なかなか具体的なイメージが結べません。その人が議論の場で積極的に発言をする人かどうか、といったことは、普段の印象だけで決め切れるものではないからです。相手を自分自身に置き換えて考えるとわかるのですが、例えば日ごろは自分の主張をはっきり述べる傾向にあっても、自分にとって関心が薄い議題ではほとんど発言しないのではないでしょうか? 逆にいつもはおとなしい人でも、あるテーマの議論になると驚くほど饒舌になるといったこともよくあります。このように一般的な属性で参加者を「こうだ」と決め付けてしまうと、予想を裏切られ失敗することも多いのです。
そこで私がお薦めするのは、話されるテーマ、議題から考えていく方法です。そこで押さえるべきポイントは、議論に参加する相手が「何を知っていて何を知らないのか?」(テーマに対する認識レベル)と、「その議題に対してどのような考え・意見を持っているのか?」(テーマに対する意見・態度)の二つです。
参加者の認識レベルを丁寧に掴む
「話されるテーマ、議題から考えていく」というと、参加者が「どういう意見を持っているのか?賛成か?反対か?」といった結論の部分から考えてしまうかもしれません。しかしファシリテーションにおいて重要なのは、参加者が「何を知っていて何を知らないのか?」という「テーマに対する認識レベル」を具体的にイメージすることです。
たとえば「自分が今日の会議で出された提案に賛成しなかった」という場面をイメージしてみてください。その理由は何でしょうか。「明確に反対の意見を持っているから」という場合ももちろんありますが、実は「よくわかっていないので賛成もできなければ反対もできなかった」ということや、「提案の趣旨や、その背景にある重要な事実、前提を知らなかったために、賛成に足る理由を持てなかった」ということが意外に多いのではないでしょうか。
我々は「自分がよく知っていることは、他の人も同じように知っている」と錯覚しがちです。また賛成してもらえない場合、「その人がやりたくないからだ、違う価値観を持っているからだ」などと、人の内面に原因を帰属させてしまいがちです。しかし実は「そもそも知らなかった」、「何の話かわからなかった」、「話の途中までそれが自分に関係があるとは思わず、きちんと聞いていなかった」、「そもそも専門的な内容で自分には何の話か理解できなかった」など、認識の部分に原因がある場合が少なくないのです。
認識レベルとは、「何を」「どれくらい」知っているか?ということです。「何を」は実にさまざまな面がありますが、まずは議論のテーマ自体に関するポイントを挙げてみましょう。
議論の前提に関する認識
・その議論のテーマがそもそもどういうことなのか?【テーマ、議題の意味】
・その議論は何のためにするのか?【議論の目的】
・なぜその議論をする必要が生じているのか?【議論の背景】
・そのテーマを議論することは、どれくらい大事なことなのか?【議論の重要性】
議論の中身に関する認識
・議論されていることを理解するベースとなる一般的【知識・経験】
・その話を具体的に理解するための【情報・状況イメージ】
などが考えられます。こうしてみると、ご自身が議論にうまく入り込めなかったとき、これらのいずれかに関する認識が薄かったことに気づかれるかと思います。特に「議論の前提に関する理解」は、議論の現場では暗黙の了解として省略されることも多く、そこがわからないのが議論にうまく“乗れない”理由であったり、話が噛み合わず、議論が混乱する原因であることが多いのです。
このように考えていくと、参加する人がどのような認識を持っているのかを事前に把握し、議論の現場でまずは「適切な議論をするために必要なメンバーの認識を揃える」ことが、ファシリテーターの重要な役割であることがおわかりいただけるでしょう。
「場の空気」の影響を意識する
更に、議論が集団で行われる際には、その集団がつくる「場の空気」がメンバーに大きな影響を与えます。人は議論に参加する際、まず無意識にその場の空気を探り、それに適応しようとします(たまに適応しない人もいますが・・・)。この、「ここはどういう議論の場なのか?そこにおいてどのように振舞うべきか?に関する認識」が、その人の議論の場における言動に大きな影響を与えます。
たとえば、
・その議論の場自体がどういった場であり、一般的にどのように振舞うことが求められているのか?という【場(のスタイル)】
・その議論がどこまで進んでいるのか?という【議論のプロセス】
・その議論が自分とどう関係するのか?という【テーマと自分との関係の強さ】
・その議論の中で、自分がどういった役割を期待されているのか?という【役割期待】
などです。議論に参加するメンバーが、適切・積極的に議論に参加し、十分に意見を述べられるようサポートすることがファシリテーターの重要な役割であると考えると、こうした点に気を配る重要性が真に迫ってくるかと思います。
これら「場の空気」への認識も含め、議論に際しての参加者の「認識レベル」の程度(つまり「どれくらい」)には、「全く知らない」から、「なんとなくは知っているが曖昧、もしくは知っていると思っているがずれている」、「十分に理解している」など段階に差があります。
ファシリテーターとして参加者の認識レベルについて考える際は、この段階を、「かなり辛目に」捉えておくことが得策です。「知っていると思ったが実は知らなかった」ということも多く、それに気づきにくいこと。そしてそのまま議論が進むとメンバーが強いストレスを感じるためです。また、もしメンバーが事前の想定以上に高い認識レベルに達していた場合には、そう判断できた段階で、既知のものはさっと省略するといった対応ができるからです。
ここまで参加者の「認識レベル」について考えてきました。次回は更に、参加者の意見や態度という、より議論の中身に近い部分について考えてみたいと思います。