「深い」課題を「深い」技術で解決するディープテック
最近、「ディープテック」という言葉を耳にするようになった。ディープテックとは何か。
日本ディープテック協会の理事である中島氏の言葉を借りると、ディープテックとは、「大学や研究機関で長期間かつ多額の費用をかけて研究開発された技術(眠っているような技術)を基に、世の中の生活スタイルを大きく変えたり、社会の大きな課題を解決したりする技術のこと」である。
つまり、課題も技術も「深い」のである。(参考)2018.11.15「いま、なぜディープテックが注目されるのか」
本書は、科学技術の社会実装を支援しているリバネス社CEOであり、ユーグレナの技術顧問でもある丸幸弘氏が、執筆家・IT批評家の尾原和啓氏と共同で執筆した。「インターネット」「ソーシャル」の次の波として、そして日本が再び世界をリードできる分野として、「ディープテック」の概念を、世界中で生まれている様々な事例とともに紹介している。
例えば、パーム油の搾りカスから鶏の成長促進剤に使えるマンナンを取り出すことに成功したインドネシアの現地スタートアップが紹介されている。パーム油は私たちの生活に欠かせないものだが、環境問題など様々な問題を孕んでいることはよく知られている。その一つに、パーム油の搾りカスを放置することによるメタンガス発生の問題があり、このスタートアップの技術が解決に貢献しているという
この例からも分かるように、地球規模の課題を科学技術で解決しようとする取り組みが「ディープテック」なのだ。
ディープテックが注目される3つの理由
なぜ今、ディープテックなのか。本書を読んだ私なりの理解は、①デジタルテックからリアルテックに世界の関心が広がりつつあること、②技術起点でなく(地球規模の)課題起点のイノベーションの重要性が高まっていること、そして、③大企業や大学の研究機関などに眠る優れた技術を活用し成功する例が増えてきている、ということだ。
1つ目の「リアルテック」は、これまでデジタルに寄っていたテクノロジーへの関心が、よりリアルな科学技術との融合で語られるシーンが増えてきたこと。これに伴い、投資家のリスクマネーがこの分野に潤沢に投資されるようになってきている。
2つ目の「課題起点」は、国連サミットでのSDGs採択を一つの追い風に、気候変動や海洋汚染といった、地球規模の課題に対し、サステナビリティを実現するソリューションへの必要性と関心が急激に高まっていることだ。
3つ目の「眠れる技術」は、これまで陽の目を見なかった優れた技術が、東南アジアをはじめとした世界のディープイシュー(根深い課題)と、その解決に取り組むスタートアップとのコラボレーションにより、まったく新しい形で価値を発揮する事例が増えてきたことだ。
特に本書では、②の「地球規模の課題」の場として、欧米や日本などの成熟した国ではなく、東南アジア等の新興国こそディープイシューの宝庫であり、そこには日本の③「眠れる技術」を生かすチャンスが豊富にある。だから、日本の研究者や経営者、企業はチャレンジしていくべきだ、と強調されている。技術を課題と結び付けることが不得手とされる日本への一つの処方箋として興味深い。
ディープテックは、現在進行形の潮流
本書では、「地球規模の課題」の全体像に対し、事例の技術や事業が与える影響度などの検証まではなされておらず、現在進行形の壮大な仮説を様々な事例で紹介したものと捉えることが妥当だ。
また、前述の通り、ディープテックという言葉は、事業領域や技術の分類ではない。課題も技術も深いところを狙いに行くべき、というぐらいの、意思や問題意識が反映された言葉と捉えるべきだろう。
粗削りな部分も多いが、ディープテックという重要な潮流を理解するうえで役立つことは間違いない。何より大いに知的好奇心と、日本と日本企業の将来に向けた希望を感じられる書籍である。是非多くの方に手を取っていただきたい。
『ディープテック 世界の未来を切り開く「眠れる技術」』
著:丸 幸宏、尾原和啓 発行日:2019/9/20 価格:1980円 発行元:日経BP