「目の前のやるべきことをやりきるのが、プロの仕事だ」――私たちは長らく、こんな価値観で仕事をしてきた。上司からこう言われて頑張ってきたし、部下にも同じように思ってほしい。しかし、それでは長続きしないことも、心の片隅で確実に気付いてしまっている……。
巷では「心理的安全性」や「エンゲージメント」という言葉をよく聞くが、「そうだよなぁ」と納得する自分と、「これって社員を甘やかすこと?」と冷めた目で見る自分とがいる……。
こんな気持ちに心当たりがある方にこそ手に取っていただきたい本が、『セキュアベース・リーダーシップ』だ。
セキュアベースは、社員に安心感だけを与えるものではない
セキュアベース・リーダーシップは「フォロワーを思いやり、守られているという感覚と安心感を与えると同時に、ものごとに挑み、冒険し、リスクをとり、挑戦を求める意欲とエネルギーを持たせる。そうすることで、信頼を獲得し、影響力を築く方法」と定義されている。
定義を読むだけでは想像が難しいが、青山学院大学陸上競技部・長距離ブロックの原監督、プロテニスプレイヤー大坂なおみ選手のコーチであったサーシャ・バイン氏が、このようなタイプのリーダーとして思い浮かぶ。
継続して高業績をあげるためにはセキュアベースによる「安心感」と「リスク」の両方が必要で、安心感だけでは過保護の状態となってしまい、人の可能性を狭めてしまうと著者は言う。つまり、「社員を甘やかす」こととセキュアベース・リーダーシップとは全く別物なのだ。
リーダーに必要なのは深い自己理解である
本書が興味深いのは、リーダーシップ本にもかかわらず、大半が自己理解の観点から述べられていることだ。持続的に高業績をあげるリーダーは、まず深い自己理解が必要ということで、各章に自らを見つめるための問いが散りばめられている。これまでの人生の延長線上に、現在のリーダーシップがあるという。
これらの問いを通じて、自分にとってのセキュアベースは誰もしくは何であるかに気づくことができる。また自分がどの程度、セキュアベース・リーダーシップの「9つの特性」を持っているかも知ることができる構成だ。
セキュアベース・リーダーシップの在り方は十人十色であり、9つの特性を持っていなくとも、伸ばすためのヒントも書かれているので、その点はご安心を。
リーダーシップを考える際、自己理解に大きくスポットライトが当たることはこれまで少なかったように思う。有名なリーダーシップ理論である「条件適合理論」も、置かれている環境や部下の要因に目を向けるものだ。
自己理解を深めたうえで、自分のセキュアベースをつくり、メンバーのセキュアベースをつくり、組織のセキュアベースをつくっていくのがセキュアベース・リーダーだ。『
リーダーシップの旅 見えないものを見る』(野田智義・金井壽宏著 光文社新書)で語られている、「リード・ザ・セルフ(自らをリードする)」「リード・ザ・ピープル(人々をリードする)」「リード・ザ・ソサエティ(社会をリードする)」にも類似するステップである。
成果をあげ続けるために必要なこととは
私たちは資本主義社会で豊かになった一方、自分を押さえ込んできた側面もある。さらに、テクノロジーがビジネスと密接になるにつれて「人間への回帰」に気づき始めているのだろう。本書では「私たちは長年のビジネスパーソン人生を通して、自分の夢や希望、人間としての感情といった側面からの自己理解をおざなりにしてきた」と警鐘を鳴らしている。
VUCAの時代、刻々と環境が変わる中で成果をあげ続けるには、短期目標というニンジンをぶら下げるだけの非人間的な組織運営では到底無理なのだ。
最後の章に、心を打つ1文がある。
「生き残るためには、やらなきゃならないことは、やらなきゃならない」というマインドセットが組織の中に根付いていると、人間は敗者となる。
本書は、小手先のヒントを与える本ではない。リーダーの立場にある皆さんが、充実した仕事人生を長く送るきっかけを与えてくれる本だ。休日の静かな時間に、ぜひ手にとっていただきたい1冊である。
『
セキュアベース・リーダーシップ』
ジョージ・コーリーザー、スーザン・ゴールズワージー、ダンカン・クーム(著)
プレジデント社、2700円