「地方創生」という言葉を聞くようになって久しい。グロービスでも茨城県水戸市の中心地を活性化させる「水戸ど真ん中再生プロジェクト」や異業種の社員で協働し社会課題の解決に取り組む「地方創生プロジェクトを通じた人材育成プログラム」などに取り組んでいるが、外部者である一企業にできることには限りがある。やはり、地方創生の主体は地域であり、継続した取り組みには、「想い」を持ちその地域に根差して活動する人の存在が重要だろう。そこで、地域で活躍するリーダーの考えを知るべく、インタビュー調査を実施した。
調査の対象に選んだ札幌市は、内閣府が認定する「SDGs未来都市」に選定されている。SDGs未来都市とは、SDGsの手法を取り入れて地方創生を戦略的に進めていくことにより、日本における持続可能な経済社会づくりの推進を図るものである。全国から29都市が選定されているが、北海道からは札幌市の他、ニセコ町、下川町、北海道自体も選ばれており、選定自治体数は全国で最多だ。
今回インタビューしたのは、札幌を中心に活躍する6名だ。初回は、内閣府の「
地域活性化伝道師」として活動する松橋京子氏。松橋氏は北海道の観光コンテンツの開発に取り組んでおり、ミシュラン5つ星を取得したニセコ町の人気旅館、
坐忘林の開発にも携わっている。地位活性化伝道師としての活動や札幌へ移住されるまでの決断、これからの担い手に対する期待について話を伺った。
自由に旅して北海道の魅力を感じ取って欲しい
本田:なぜ、地域活性化伝道師としての活動を始めたのか。
松橋:きっかけは、北海道の経済産業局から10年ほど前に推薦いただいたこと。毎年、地域活性化伝道師としての活動報告を行い、更新されていく仕組みだ。現在は、全国に368人の地域活性化伝道師がいると聞いている。
登録された当時はまだリゾート開発やホテル事業を手掛ける民間企業に所属していたので、観光コンテンツのPRやマーケティングのアドバイスをするにしても、ボランティア活動が多かった。その後、坐忘林を立ち上げて2年間女将として仕事をしたのちフリーになり、今では企業と顧問契約をさせていただくことも増えてきた。
本田:北海道を訪れた方に見てほしい場所や感じてほしい魅力を挙げるとすれば。
松橋:今は、ツアーなどを利用して北海道へ訪れる方が多いが、これからは定型化された旅ではなく、自分の足でいろんな地方を訪れて、自由に暮らすように旅する人が増えるだろう。それぞれの地方にそれぞれの良さがあって、ガイドブックにわざわざ載せないけれど面白いものがあったり素晴らしい方がいたりする。そこだけでしか食べられない美味しいものもある。そういうことを見て楽しんでもらえれば、もっと北海道という素晴らしい場所を好きになってもらえるのではないかと思う。
ライフワークを考えた時、北海道という選択肢があった
本田:東京での情報誌の編集長というキャリアを捨て、北海道へ移住して観光の仕事をするというのは、大きなキャリアチェンジだったと思う。どのような思いでこの地を選ばれたのか。
松橋:北海道に移住したのは20年ぐらい前、45歳の時だった。それより前に取材や旅行で訪れたことはあって、本州から少し離れている島国だから食や自然環境も異なるし、ずっと憧れの地ではあった。
とはいえ、最初に声をかけていただいてから2年間くらいは、本当に暮らしていけるのか悩んだ。「なんでわざわざ北海道で働かなきゃいけないの」と周りからも言われた。そんななかで決断する一番の決め手になったのは、「北海道の雄大な自然の中であなたがライフワークにしたかった本を書いたらどうか?」という言葉。確かに都会の生活って楽しいけれど忙しいし、北海道ならそういうこともできるかもしれない、と思ってしまった。
実際に来てみたら、生活に慣れなきゃいけないし仕事は山ほどあるし、思い描いていた夢の状態とは全然違ったけれど(笑)。20年前は駅も今のように綺麗ではなかったし、街自体も都市とは言えなかった。例えば買い物1つでも東京ではデパートで買えるものが手に入らないこともあった。
本田:1年目、2年目のつらい時期をどうやって乗り越えたのか。
松橋:当時は会社勤めをしていて、仕事に慣れることに必死でプライベートな会話をする余裕すらなかった。でも、社内に東京の大学に通っていた人がいて、その人を通じて他の人とも少しずつ馴染めるようになり、札幌の美味しいお店を教えてもらって一緒に行くような機会も増えた。そうやって少しずつ同僚の想いや考えが分かって距離感が縮まっていき、上手くコミュニケーションを図れるようになっていったのかなと思う。
そういう意味では本当に今この場所にいられることも、つながりを作ってくれた北海道の方々のお陰だと思う。ホテルの開業などいくつか経験してきたが、その都度、北海道の方が助けてくださった。そういった方がお客様にもなってくれたり、仕事のサポートをしてくれたり、あるいはネットワークを広げることに協力してくれた。そういうことで今の自分があるというのはすごく思う。
地域と人が繋がり新しい価値が生まれる
本田:人と人、地域と地域など、つながることでどんな付加価値が生まれるだろうか。
松橋:地域と地域がつながり、そこでまた人が結ばれていくことで普通に感じる以上の感動や喜びとが生まれると思う。それを上手に発信していくことでさらにその地域の良さが伝わっていく。よく点から線、そして面と言われるけれど、繋がり、伝わることで相乗効果が生まれるということは強く感じている。
本田:人が関わることで通常以上の感動や魅力が生まれる。
松橋:私は本当に人が大事だといつも思っている。どんなにいい箱を作っても、そこに関わる人たちが機械的な人であればお客様に喜びは与えられない。そういう意味ではそこで働く方、関わる方の人間的な魅力や人間性も大事なことだと思っている。
本田:企業とコラボレーションして雑貨や食品を開発し、ホテルに来たお客様に旅行が終わった後も使っていただけるような取り組みをされている。
松橋:できるだけ北海道の素材を使い、家に持ち帰っても思い出として残しておけるようなものを作りたいと思ってやっている。ただ技術面で、北海道では素材があってもまかないきれない部分があったことも事実。当時は、全部北海道でやろうという意識があったが、自分たちでできないことは、他とコラボレーションをして作っていけばいいのではと気づいた。その方が最終的にはいいものもでき、お客様にも喜んでいただけると思い、強いこだわりは持たないようにした経緯もある。
本田:外部との連携という点で重要な示唆だと思う。例えば、大企業は何でも自社で開発しようとするので、ベンチャー企業やNPOとタッグを組んでイノベーションを起こしていくのが苦手だと言われている。こだわりをある意味捨て、他に優れているところがあるのであればそこと組んで一緒にやるというのは、業種問わず大事な考え方だと思う。外部の方と協働して新しいことを始める際に気にかけていることは。
松橋:まず相手の方の考えはきちんと聞きたいなと思っている。それを受け止めて、否定するのではなく、どうやったら実現できるのかということをポジティブに考えている。若い方たちの感性ってすごい。だから彼らのアイディアをうまく聞き、ちゃんと受け止めて、それを形にするためのサポートができればいいなということは強く思っている。
情熱を持ち、感性を磨く
本田:人材育成や組織開発のお手伝いをしている立場からの観点でお聞きしたい。観光の分野で北海道を活性化させるために、どんな人材が必要だと思うか。
松橋:情熱を持って取り組んでいただける方。今、「働き方改革」とか言われているが、旅館の仕事は24時間労働。お客様に喜んでいただきたい、お客様に「ありがとう」って言っていただきたいから一生懸命やっているっていうことがすごく多い。もちろんきちんと労働時間のルールは守らなきゃいけないけれど、時にはそれをはみ出すような思い切りの良さでやれるような、そんな人が牽引していってほしい。
本田:地方創生に興味を持ち、何かしら関わりたいと思っている若い方にメッセージをいただければ。
松橋:いつも楽しみながら感性を磨いているような、そんな人になってほしいと思う。経験を重ね、突き抜けて好きなことを続けるエネルギーを持っていること。目の前の仕事をどう処理するか以前に、目利きというか幅広い視点を持っていること。そういう基本的な感性がその人を作ると思っている。
まとめ
松橋氏のお話からは、外部との協働する際の姿勢やこれから求められる人材像について重要な示唆を得られた。一貫して感じたのは、人との向き合う真摯な姿勢である。その地を訪れる方や一緒に取り組む人、協力してくれる人、目の前にいる方との向き合い方とその根底にある人を大事にされている松橋氏の想いが印象に残ったインタビューだった。