メルペイの料金後払いサービスは、出版業界の敵か?

メルペイ

先日、メルカリ子会社のメルペイは、実店舗で使えるスマートフォン決済サービスに「後払いサービス」を提供すると発表した。発表の席上で同社の青柳直樹代表取締役は、「新しい本を借りるようにして読むという、メルカリとメルペイならではの体験を届けられる」と話した。後払いで本を買い、読み終えたらメルカリで売却し、その売上金で代金を支払うという使い方である。これに対して経済評論家の勝間和代氏がブログで噛みついた。「今回のメルペイは、著者や出版社へのなんの敬意もなく、そのような使い方をわざわざ助長するような決済方法を取り入れて、それを想定ビジネスシーンとするのはあまりにもひどいです」。

中古本の流通ではブックオフが大手だが、買取価格が低く抑えられているため(最新の文庫本で100~150円)、読み終えた直後に売るメリットは大きくない。しかし、メルカリであれば、新刊本が定価の7~8割の価格で売れる。それどころか、中古本を買った値段で転売すれば、実質的に無料で読めてしまう。まさに、「本を借りるようにして読む」ことが可能だ。このサービスが普及すれば、勝間氏が指摘するように、出版社と著者は少なからずダメージを受けるだろう。

ナップスター vs メタリカとの共通点

メルペイvs勝間氏の構図は、約20年前に起きたナップスターvsメタリカを思い出す。2000年4月、ハードロックバンドのメタリカは、MP3音楽ファイル共有サービスのナップスターを訴えた。ナップスターを使えば他人と音楽ファイルを自由に共有できてしまうので、音楽業界は大打撃を受ける。レコード会社はメタリカを支持し、多くのミュージシャンも訴訟合戦に参戦した。メタリカは勝訴し、ナップスターは操業停止に追い込まれて2003年に倒産した。

ちなみに、ナップスターは「違法」だったが、メルペイの新サービスは「合法」である。適法に購入した書籍などのコンテンツは、著作権者の許可なく転売してもよい(複製を売るのは不可)とされている。ナップスターvsメタリカと最も異なるのはこの点であり、メルペイは勝間氏の意見を無視しても構わない。

とはいえ、新刊本が中古本に代替されてしまうと、著者や出版社の得られる利益が減ってしまう。この点で、勝間氏はメタリカと同じ立場だ。また、服や家電の転売と異なり、本から得た知識やノウハウは本を売った後も頭の中に残る。本を物理的にコピーしていなくても、情報は頭の中に次々と転写されていく。つまり、メルペイの後払いサービスにはナップスター的な面があるのだ。そう考えると、このビジネスは、「合法」だが不正義なのではないかという疑念が生じる。勝間氏が指摘しているのはこの点である。

シェアリング・エコノミーにおける正義とは

正義というのは、立場によって異なることがある。ナップスターvsメタリカでは、ナップスター擁護派によって、メタリカが主張している著作権被害による損失分の補填を募る寄付サイトが立ち上がった。メタリカに憤慨したファンの1人は次のようにメタリカを批判した。「彼らは自分の音楽も、私の金も持っていけばいい。私はあんな裏切り者たちともう一切関わりたくないのだ」「メタリカの曲『マスター・オブ・パペッツ』(人形使い/他人を支配しようとする者)はまさしく彼らにぴったりだ……今回に限っては、メタリカの方が間違っている」(※1)。

こうした考え方は、「カリフォルニアン・イデオロギー」の中に見ることができる。それは「テクノロジーこそが『反中央・反権威』の個をエンパワーするもので、その力を起爆剤に現状を打破しフロンティアを切り開こうという、シリコンバレーの思想的ルーツ」(梅田望夫)である(※2)。個をエンパワーするということの意味は、個に活力を与える、不平等状態や不自由な状態から解放する、というニュアンスだ。

近年広まっている「シェアリング・エコノミー」はこれに加えて、ハッカー文化の「博愛精神」の影響を受けている。優れた知識やノウハウは企業や個人が独占するのではなく、その使用目的を問わずオープンかつフリーにシェアすべきであり、それを皆でオープンに改良していくことで世界が発展するという考えである。80年代中盤にフリーソフトウェアを提唱したR.ストールマンは、クローズドソースを「不道徳」だと考えていた。便利か不便かという問題ではなく、道徳か不道徳かという問題なのだ。

こうした思想を体現している代表的な企業がグーグルだ。ナップスターと同じ頃(1998年)に設立されたグーグルは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」を経営理念に掲げている。検索エンジン以外の事業には地図情報サービスのグーグルマップや動画配信サービスのユーチューブなどがあり、これらも従来は有料だった情報をオープンかつフリーにシェアするサービスである。

ちなみに、グーグルの非公式なスローガン(従業員行動基準)に「邪悪になるな(Don't be evil.)」というのがある。グーグルは既得権益を得ていた企業を衰退させてきたが、それは邪悪(不正義)には当たらないだろうか。当然ながら、邪悪ではない。なぜなら、グーグルにとっては、情報のオープンなシェアを妨げることで個の自由を制約し、世の中の発展の足を引っ張る勢力こそが邪悪だからだ。

このように、シェアリング・エコノミーを支える思想に照らせばメルペイの新サービスは正義であり、むしろ勝間氏や出版社のような旧来勢力こそが不正義になる。

結局、どちらの言い分が正義なのか

ここでナップスターの事例に戻ってみよう。ナップスターはメタリカやアメリカレコード協会との裁判で敗訴した後、2003年に倒産した。ナップスターが倒産したのは、違法であったからだけではない。アーティストやレコード会社の売上が激減すれば、創作に対するインセンティブが減り、レコード会社も作品にカネをかけられなくなる。アーティストのすそ野も小さくなるだろう。そうすると、優れた音楽コンテンツの供給が減る恐れがある。そして、その報いを受けるのは他ならぬ音楽リスナーである。このままだと将来的に個が音楽を楽しむ自由が制約され、それは僕らの世の中を良くしないから、「邪悪」なサービスになってしまう。結局、ナップスターはこうした「邪悪」な面を解決できず、メタリカの著作権侵害額を補填する寄付サイトにも十分な金額が集まらなかった。

翻って、メルペイの新サービスはどうだろう。現時点では、直近の利用者個人をエンパワーすることを目的としているように見える。それが作家の創作に対するインセンティブを損ない、将来的に良い本に出合う機会を減少させる可能性があるとしたら、邪悪な面がある。

両者の対立を乗り越える道はあるか

両者の対立を避ける道はないのだろうか。ヒントはナップスターの創業者が教えてくれるかもしれない。ナップスターは倒産したが、創業者のショーン・パーカーは複数の起業を経験し、現在は音楽ストリーミングサービス・スポティファイ(Spotify)の主要出資者に名を連ねている。スポティファイのビジネスモデルの原型はナップスターだ。ナップスターの登場した1999年を境に、世界のレコード産業は売上の4割を失った。その後、2012年になってスポティファイが牽引するサブスクリプションの売上などにより、レコード産業はやっとプラス成長を取り戻した(※3)。こうしたサービスは個人の音楽を聴く自由を格段に向上させただけでなく、アーティストにも再生回数に応じて収益を配分している。

他業界にもヒントはある。例えば製薬業界だ。新薬を市場に投入するには数十億から数百億円のカネがかかる。そうして出した新薬を、すぐに真似されてしまったらどうなるか。誰も研究開発の投資をしなくなるだろう。一方、真似を一切禁じたらどうなるか。その新薬を出した製薬会社が利益を独占することで、多くの人に安価な医療を提供できなくなる恐れがある。そこで政府は新薬に特許期間を設け、期間終了後は後発品を出せるようにすることで、製薬会社の研究開発意欲と医療費抑制を両立させようとしている。一方だけが得をして、もう一方が損をするようなやり方は避けねばならない。

アリストテレスいわく、利得の配分のバランスが取れていないことは、それが適法であったとしても「不正義」になる。利得に関する正義(均等的正義)は、利得と損失の「中」(ちょうどよいバランス)にある。今回の例に当てはめれば、メルペイの後払いサービスは適法だが、利得のバランスは「中」ではない。メルペイの後払いサービスは利用者個人をエンパワーするが、著作者の創作インセンティブを減らす可能性がある。一方の勝間氏の意見は、テクノロジーの破壊力に抗い、既得権益を守ろうとしているように聞こえる。テクノロジーの力で個をエンパワーしつつ、同時に著作者や出版社の意欲も失わせないような「中」を見つけるのは、まだ先になりそうだ。

※1 WIRED News 2000.4.24「ナップスター問題でファンとミュージシャンが対立」
※2 ウェブで学ぶ オープンエデュケーションと知の革命 (ちくま新書) 2010,梅田望夫,飯吉透 (著)
※3 IFPI RIN2013

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