本書の舞台は、安楽死が合法化された現代日本。主人公「愛」の恋人で、一見何不自由なく生きているように見える「平成くん」が、「平成という時代が終わり、自分は古い人間になるから“安楽死”がしたい」と打ち明けたことをきっかけに進んでいく物語である。
決して安楽死の是非をめぐる内容ではない。死を選ぶ権利がある世界で、なぜ「平成くん」が安楽死したいと思ったのか――「愛」は彼に何度も問いかけ検算することで、「死ぬ理由」を覆すような「生きる理由」を見つけ出そうと奔走する。煌びやかだがもの悲しさを感じさせる東京独特の雰囲気の中に、登場人物それぞれのあたたかな愛を感じられる作品だ。まさに平成と愛を詰め込んだ1冊である。
筆者は、著者や「平成くん」と同じミレニアル世代だ。本書にはグーグルホームやUberなど最新テクノロジーの数々が登場する。「平成くん」の交友関係を物語る有名人たちもまた、今話題の人ばかりだ。新たなサービスやテクノロジーが次々に生み出され、速いテンポで過ぎていく「平成くん」たちの毎日に、自分が生きてきた時を重ねるミレニアル世代は多いだろう。
さらに、面倒な説明を取っ払ってサクサク進んでいく文章や、映像を見ているように思い描ける情景は、活字より動画を好む傾向にある我々の世代にも最後までさらりと読み切らせるのだと思う。
さて、企業にとって今や欠かせない広報ツールのひとつと化したSNSは、平成を象徴するものの1つだ。筆者がSNS発信の担当になった時、世間では企業アカウントの「中の人」が話題だったが、今は違う。話題の事象、流行り廃りが秒単位で変わっていった。ついさっきまで誰もが呟いていたことが、1時間後には全くの関心外ということがざらにある。タイミングがとても大事なので、情報の賞味期限がいつなのか、常に気にしている。
だからこそ、「平成くん」が自分を終えるタイミングを図っているのは妙に納得がいった。筆者が本書を手に取ったきっかけも、「今」でなければと思ったからだ。本当は文學界に載ってSNS上で話題になった時に読むべきだったし、本書発売後Amazonで売り切れになる前に買うべきだった。年明けのこのタイミングですら遅いと感じているが、きっと芥川賞発表の日には、結果がどうあれまた話題になるだろうと、少し企んでもいる。
本書の中で、平成くんはこう言っている。「平成というのは昭和のツケを払い続けた時代でした。――昭和を終わらせることが平成の時代の宿命と言ってもいい。――昭和もろとも、平成を終わらせないといけないんです」
昭和もろとも平成が終わった時、新しい時代を我々はどう生きていくのか。ゆっくりと考えている暇はない。ひとつの時代が終わり新たに始まるのは、新年でも新年度でもない。元号変更に伴う10連休に浮足立っても、終わればすぐに慌ただしい日常が始まる。だからこそ本書を読み終わったその時があなたにとっての平成が一旦終わる時と考え、これからをどう生きていくのかを改めて考えるきっかけにするのはいかがだろうか。
『平成くん、さようなら』
古市憲寿 (著)、文藝春秋
1512円