いきなり物騒な話だが、日本企業は今、えらいことになっているらしい。
・「やる気のない社員」が7割
・人材流出が相次いでいる、しかも「優秀な若手ほど早く辞めてしまう」
・人手不足・採用難のため、「人手不足倒産」も5年で2.5倍に
・一方で、「1人当たりの生産性の低さ」という問題も抱えている
そう、「人」を通して眺めれば、複合的な病に冒されているというのだ。しかもかなりの重症らしい。こうした状況を打破する肝が「エンゲージメント」だ。いかに高めるか、が組織の浮沈を決定づけるという。
グーグルやザッポスといった世界の成長企業はもとより、スポーツ界でも多くの事例が見られる。女子カーリングの「LS北見」や駅伝で名を馳せた「青学陸上部」も高いエンゲージメントを示す好例だ。
実際、人と組織のパフォーマンスに影響をもたらすことが、幾つかの調査から裏付けられているという。そう、科学的なのだ。それ故、エンゲージメントこそが、収益性を含め上述した様々な課題を克服する肝になるというわけだ。
このような危機感と骨太な主張が著者2人の間で共有され、世に出たのが本書だ。「そもそもエンゲージメントって何?」「なぜ今必要なの?」「具体的にどうすれば良いの?」といった、本書を手に取る読者が抱きがちな疑問に、実にわかりやすく応えてくれる。
その特長は、まさに著者それぞれのキャラクターに帰着する。
まず株式会社アトラエ代表取締役CEO、新居氏だ。本書の領域を生業の1つとする企業のトップである。専門性は言わずもがなであろう。その彼が惜しげもなく見せているのが、エンゲージメントを左右する9つのキードライバーだ。それぞれを構成する小項目まで詳らかにしているのは嬉しい限りだ。詳細は本書並びに同社が展開する「wevox」というプラットフォームを参照されたい。本書から、概念レベルに止まらず具体レベルまでエンゲージメント向上の示唆が得られたとすれば、彼の専門性のおかげであろう。
次いで、グロービス経営大学院教員の松林氏、通称・まっぴーだ。講師業をはじめ幾つもの顔を持つ彼が、最近SNSで繰り返し発信しているのは、「マーケと人事の垣根が消えた」という言葉だ。顧客と企業・組織を繋ぐ「マーケティング」と、従業員(人)と企業・組織を繋ぐ「人事」がボーダーレスになったということだろう。
マーケティングは、顧客とのエンゲージメントを中核に据え、3.0や4.0へとバージョンアップしつつある。人事も…という流れは、ある意味必然なのであろう。人と組織の関係が、一方通行から双方向、さらには共創へと向かうベクトルは、本書の主張と合致する。
ちなみに松林氏の専門をあえて言えば「マーケティング」だ。著者の1人が、バウンダリースパナー(境界連結者)であることで、本書の主張や構成が重層的に彩られることとなった。そう、人(従業員)を顧客に据えた「(インターナルな)マーケティング」の書として楽しめるのだ。
あえて難点を言うと、全体を通して主張の論拠が大らかだという辺りだろうか。特に「日本企業」の捉え方が平面的で、ややもすれば本質と異なる点で議論を喚起してしまう危うさを感じる。取り上げた成功事例も(個別には惹かれるものの)、問題提起と対になっていない中小企業が中心で、正直物足らない。まあいずれも目くじらを立てることはない程度の粗さがしの類だ。特に事例などは、本書に触れた実務家が育んでいけば良いのだから。
そういう意味で本書は、HR関係者のみならず、内部的な施策を組織に浸透させる役割を担う方にこそ読んでいただきたい。ベタな表現になるが、人と組織を束ねるあらゆる領域のマネジャー諸兄姉にオススメの1冊である。
『組織の未来はエンゲージメントで決まる』
新居佳英、松林博文(著)、英治出版
1620円