デジタル化は標準化と自由裁量を同時に進めるカギになる

標準化今年9月発売の『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』から「標準化 vs. 自由裁量のパラドックスを打ち破る」を紹介します。

ビジネスは「標準化vs.自由裁量」「コントロールvs.イノベーション」「調整・統合vs.解放」といったトレードオフ、すなわち一方を追求すればもう一方が成り立ちにくくなるジレンマが数多く存在しています。多くの経営者はそのトレードオフを不可避のものとして安易に「どっちを取るか」という選択肢に逃げ込みがちですが、それは賢明ではありません。今の時代においては、デジタルの力をうまく活用して両方を実現させることが必要なのです。今回はその中でも企業の生産性を劇的に高める「標準化」と「自由裁量」の両立について解説します。適切な標準化は、従業員をルーチーンワークから解放し、クリエイティビティや対人スキルを要する仕事に使える時間を増加させるという点が非常に重要です。

(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

◇    ◇    ◇

標準化 vs. 自由裁量のパラドックスを打ち破る

社内のプロセスを標準化することで、UPSは何百万ドルものコストを削減した。ほかにも、同じような改善でかなりのコスト削減を実現している企業は多い。こうした変革には十分な価値がある。しかし、標準化と自由裁量というパラドックスの一方にだけ力を入れる結果になってしまうことがある。

このパラドックスを打ち破ることに成功した企業もある。標準化によって社員のスキルや意欲が失われる場合もあるが、そうはならないやり方もあるのだ。例えば、定型業務は、そうした仕事に充実感を覚える社員に担当させる。また、標準化によって一部のスタッフが不要になったとしても、残った人員はもっと充実した仕事ができるようになるかもしれない。

こうした変革は、大規模にも小規模にも行える。あるメーカーは、人事関連の業務の多くを標準化し、自動化した。この会社では100人以上いた人事部門のスタッフを30人以下に削減したが、社員の満足度は高まった。人事関連の定型業務は、社員がシステムを使ってセルフサービスで簡単に行えるようになった。人事部門のバイスプレジデントによると、同部門に残った社員の満足度も以前より向上しているという。彼らは、今では「休暇の日数を数えるのではなく、管理職としてのスキルを向上させる」ことに注力している。このように、社員が能力を発揮できる仕事が増えていることを受け、人事部門では新たな採用を計画している。

アジアンペインツでは、取引先の小売業者から注文を受けるプロセスを標準化した。以前は、数百人の営業担当者が数千に及ぶ取引先を定期的に訪問していた。営業担当者は、塗料などの製品の注文を受け、問い合わせに答え、地域の配送センターに注文内容を連絡する。連絡を受けた地域の配送センターが注文を届けていた。配送センターの多くは、ほぼ別個に運営されていた。

業務改善のチャンスがあるとにらんだ経営陣は、ERPシステムを導入した。これにより、受注から入金までの全プロセスを管理し、一歩進んだサプライチェーン・マネジメントを実現しようと考えたのだ。新システムの導入に伴い、地域内はもとより地域を越えた業務の標準化が必要となった。 ERPシステムにより、効率と情報の質も向上した。同社のCIOで戦略担当役員のマニッシュ・チョークシーは「当社はこの時期に、財政的にもオペレーションの点でも、成長に向けた非常に強い基盤を構築した」と話す。

システム導入後まもなく、経営陣はさらなるプロセス標準化の機会を見出した。分析の結果、現場の営業担当者が直接注文を受けるのではなく、集中コールセンターで注文を受けるほうが、顧客体験も売上げも改善する可能性があるということがわかったのだ。この変更によって、業務プロセスのうちいくつかの段階をなくすことができた。また、受注に関して規模の経済が働くようになった。

この変革には、サービスの質が上がるというおまけも付いた。それまでは、地域や営業担当者によって顧客満足度にはバラつきがあった。しかし、集中コールセンターをつくり、そのための技術的なプラットフォームが整備されたことで、この状況は変わった。経営幹部は、顧客に関するあらゆる活動を初めて全社レベルで一元的に把握できるようになり、その結果、どの地域の取引先にも、確実に同じレベルのサービスを提供できるようになった。コールセンターの責任者は、オペレーターの仕事ぶりに目を配り、必要に応じてトレーニングや変更を実施するようになった。改善は受注プロセス以外でも行われた。流通センターによって業績に差があることやその理由を、経営陣が把握できるようになったからだ。

では、社員はどうなっただろうか。コールセンターの担当者は、自動システムによって定型化された業務を行う。それでも、コールセンターの社員は、以前就いていた仕事よりも、今のほうがずっといいと感じている。

営業担当者はというと、それまで中心となっていた受注業務はなくなったが、それにより、もっとほかの仕事ができるようになった。今では、会社のシステムへモバイル機器でアクセスでき、また社内での研修やサポートもあって、営業担当者は高い技能を必要としない注文取りの仕事から、力のある顧客リレーションマネジャーヘと変貌を遂げた。コールセンターのスタッフが喜んで受注業務を引き受けるなか、営業担当者の取引先へのサービスは良くなり、充実感も増している。

このように標準化と自由裁量を同時に実現している例は、私たちが調査したほかの企業の中にも多く見られた。あるオンライン薬局では、定型業務のほとんどが自動化されており、薬剤師は患者へのアドバイスや、複雑な注文の処理など、もっと能力を必要とする業務にあたっている。錠剤を瓶に詰めるような業務はもう行わない。第1章でも取り上げたシーザーズでは、しっかりした標準化と自動化によって業務プロセスは効率的になり、社員は顧客1人ひとりの最新情報を得られるようになった。顧客担当者は、上司に確認しなくとも、部屋のアップグレードや食事への招待などのサービスを提供できる。特別な対応が必要になりそうな顧客についてもリアルタイムで情報が入り、その方法を決めることもできる。

(本項担当翻訳者:牛田亜紀 グロービス・グローバルエデュケーション部門コンサルタント、ファカルティ部門研究員)

『一流ビジネススクールで教える デジタル・シフト戦略』
ジョージ・ウェスターマン、ディディエ・ボネ、アンドリュー・マカフィー (著)、グロービス (翻訳)、
ダイヤモンド社、3,024円

RELATED CONTENTS