持続的な成長を求められる企業・組織にとって、新規事業の創造は至上命題だ。ところがなかなかに難しい。この「新規事業がうまくいかない」問題は、実は組織内部の問題であることが多い。既存事業とのコンフリクトなどはその典型だろう。なにせ、限られたリソースを奪い合う関係なので、対立しない訳がないのだ。
もっと言えば、新規事業を成功裏に導く最大の肝は、斬新なアイデアや精緻な市場調査ではない。そのアイデアが事業として結実し、成果を産むまでの組織内部のプロセスにあるのだ。そう、新規事業の問題は、戦略論よりも人・組織論として語られるべきなのである。
というわけで本書だ。新規事業やイノベーションについて、「人と組織」という観点から、気鋭の研究者が真正面から向き合った渾身の1冊。まさに「ヒト系」の新規事業論だ。新規事業の担当者である「創る人」を機軸に、骨太な主張が展開されている。
その特徴は大きく2つある。1つ目は、研究者らしく地に足のついた調査を土台に主張を展開していることだ。書名に謳った“大研究”に偽りなし。国内で実施した1,500名もの新規事業経験者を対象に実施した調査は、迫力満点だ。同時に、データに裏打ちされた様々な気付きを与えてくれる。
冒頭の「新規事業は人・組織問題だ」という主張も、その1つだ。「新規事業で苦労した経験は何か」という設問に対し、「アイデア創出」よりも「社内の理解・巻き込み」といった声が倍近く挙がっている。「新規事業の敵は社内にあり!」なのだ。
また、「既存事業での経験は武器か?足枷か?」という設問も興味深い。基本的には「武器」になるが、在籍年数の長さは逆に「足枷」になる、と著者は結論付けている。「慣性」は新規事業の阻害要因となるのだ。
いずれも、クリステンセンに代表されるイノベーション研究では、『イノベーションのジレンマ』等で確立された知見であるが、やはり国内企業のデータや紹介されている生声がベースだと説得力が違う。そう、「あるある」「わかるわかる」なのだ。
2つ目は、掘り下げと広がりが絶妙なバランスの「切り口」にある。機軸に据えた「創る人」については、学生生活まで遡るなどその実像に徹底的に迫る。同時に、経営層や上司など「支える人」が何に留意すべきか、抜かりなく指摘している。さらに、全てを育む土壌としての「組織」の有り様にまで言及しているのだ。懸案である「既存事業」との“遮断”と“接続”のバランスが大切だと。
ともすれば、ハウツー的なキャリア本に閉じがちな類書が多い中、この深さと幅は出色の出来だ。詳細な中身は本書に委ねるとして、新規事業を創るためには、これら三位一体の改革が重要だという点は心に留めておきたい。
なお、本書では「新規事業」を「育成事業」と捉えようと提唱する。「新規」という言葉が、屋台骨を支えている「既存」事業との対比となり、結果対立を生みがちだという。また、そのプロセスを通して人と組織を育むからこそ「育成事業」であると。呼び名は大切だ。全面的に賛成したい。
本書は、新規事業に携わる人のみならず、いやむしろ、そういう人を育み支える人にこそ読んでいただきたい。経営層や人事担当者、あるいは人材育成を生業としている諸兄姉におすすめの1冊である。
『「事業を創る人」の大研究』
田中聡(著)、中原淳(著)
クロスメディア・パブリッシング
2,030円