『1分で話せ』の著者であり、企業でプレゼン指導をすることも多い伊藤羊一氏が、同じくプレゼンの達人として『社内プレゼンの資料作成術』『最高品質の会議術』などの著書を持つ書家の前田鎌利氏に、「人に伝え、動いてもらう」プレゼンの極意についてインタビュー。孫正義氏の後継者を探す「ソフトバンクアカデミア」にて、共にプレゼンの技を競った仲間だからこそ聞き出せたその極意とは?
プレゼンは、想いを伝えるためのツール
伊藤:今、どんな活動をしているんですか。
前田:6~7割は書家として活動しています。作品を書いて発表したり、全国に12ある書道教室を回って教えたり。土日はパフォーマンスをすることもありますし、だいたい2か月に1回は海外に行って書を書いています。
ほかにも、企業でプレゼンのノウハウをお伝えし、その場で企業が求めるキャッチコピーや理念を書いて飾っていただくといったことも多いです。
伊藤:前田さんの中では、プレゼンと書はセットになっていると。
前田:どちらも、僕の中では伝えるツールなんです。だから、「プレゼンを作っているビジネスパーソンもアーティストだ」ってよく話します。伝えたいことがあるから、それぞれのターゲットに合わせて伝わりやすいツールを使っているだけ。
伊藤:僕は「プレゼンはライブ」って言ってるんですよ。マイクを使って歌っているようなもので。ミュージシャンが歌を通して聴いてる人に感動を与えたり考えるきっかけを与えたりするのだとしたら、僕や前田さんのプレゼンもそうだし、書もそう。誰かに何かしら気づきを与えているものだと。
プレゼンはとにかくシンプルに
伊藤:以前はソフトバンクの社員でしたよね。僕たちが出会ったのが、ソフトバンクアカデミア(以下、アカデミア)という、孫さんの後継者を探して育成する虎の穴。今のプレゼンスタイルに目覚めたのは、アカデミアがきっかけ?
前田:そうです。それまではどちらかというと、『社内プレゼンの資料作成術』に書いてるように、短い時間でいかに通すかを主に考えていました。
一方、アカデミアでは「自分は孫正義だ」と思わないと何も提案できない。「世の中を変えてやる」っていうプレゼンをするために、普段とはやり方を変える必要があった。だから、誰に対して、どういうアプローチで、どう伝えたら共感してもらえるかをまず考えました。
そのうえで、多くの人の賛同を得ようと突き詰めていく過程で、「文章を書いたら通じない」とか、「ビジュアルを入れないと通じない」といったことに気付き、どんどん変えていきました。だから、毎回予選前には半端ない枚数のパワポを作りましたね。
伊藤:僕もとにかくスッキリ簡単にすることをまずやるんですよ。中学生でもわかるような言葉で言うことを目指していて。だから、この本を小学生の子が読んで「面白い」って言ってくれたのが、最近嬉しかったことですね。
前田:実際は、詰め込むプレゼンって多いと思うんです。たとえば、研修で自己紹介をやってもらうと、だいたい最初の1人に引っ張られてみんなが同じことをダラダラ言うから、誰も内容を覚えてない。だから、「本当に伝えたいことを3つに絞って話してください」ってお願いしています。これ、何か伝えるときの大事な要素だと思うんですね。
伊藤:なぜ、みんなできないんでしょう。
前田:考えていないからでは。僕はソフトバンクにいたときは毎朝、日本経済新聞を開いて「ここと提携したんだ」といったことをチェックしていました。こういう情報は、自分で取りにいかないとアップデートされない。ましてや、「今日のトピックを3つ挙げると?」「うちの会社はどんな会社?」ってなると、日頃から考えてないと喋れない。考えるっていうのは大事なアクションなんです。
伊藤:つまり、勝負はプレゼンの前に終わっている(笑)。シンプルにするって、実は重要なことにフォーカスし、それが絶対わかるようにしていく作業でもありますよね。
前田:孫さんのよく言う「決断」ですよね。決めて、断ち切る。
伊藤:そうやってシンプルにすることが意思決定にも繋がると。
プレゼンの事前準備ですべきこと
伊藤:僕、アカデミアの選考前に300回練習したんです。そしたら、本番で生まれてはじめて場をコントロールすることができた。孫さんがいるからめちゃくちゃ緊張していたけど、一方で渾身のギャクをどこに向けて打ったらいいか冷静に観察してる自分がいて。その前提としてあるのが、徹底した準備だと思うんです。
前田:僕はカラオケボックスで昔の歌を歌って、低い声を出す練習をしましたね。昔の歌はそんなにキーが高くないから、歌ううちに自然と低い声も出るようになった。
伊藤:僕は逆に高いんですけど、それは意図しています。聴いてる人を「ヤバいぞヤバいぞ」って焦らせるために。ほかにも、13文字以内にキーフレーズを絞り込むとか、エクセルのグラフは目盛りを消すとか、前田さんがやられていることは僕もやっていて、必ずひと手間加える。
なんでこれ、みんなやらないだろう。時間がないからかもしれないけど、人にものを伝えるっていうことは全部なんだと。立ち方も声もグラフもメッセージも、全部。そこに執念があるかどうか。じゃあ、執念って何かっていうと、最初の伝えたい言葉があるかどうかにつながっている。
前田:羊一さんが本に書いている「相手を動かしてナンボだ」はまさにそう。社内であれば意思決定をしてもらう、「やろう」っていう気持ちにさせること。相手が動かなかったら、何やったってゼロなんですよね。
伊藤:たとえば、何人もいる場でこっちに発言を振らせたいけど声を上げにくいときは、「うぉぉ~ん!」と大げさに相槌を打ってみる。すると自然と「伊藤、何か言いたいことある?」となる。相手を動かすための真剣勝負において、「プレゼンのスタートからエンドまでが私の仕事です」ではダメで、その前も、あと自分が話していないところでも、全部勝負なんです。
前田:発表の場は、そこにいる人たちと一緒にセッションして魂を注入するだけで、そこまでのところで自分が何をやったかっていうのが、全部問われる。
伊藤:「作るまで俺、伝えるのは誰か」じゃなくて、作るのも伝えるのも全部込みで動かしてくことに尽きる。どれだけそこに魂を込められるかと。それを実現するためにも、どれだけ本気の勝負の場に立てるかが、大事かもしれないですよね。
前田:多くのビジネスパーソンは、プレゼンする機会はそう多くないですが、その中で機会を取りにいけるかどうか。取りにいっただけフィードバックもあって、次のアクションにも繋がりますよね。
相手を感情的に動かすには?
伊藤:ピラミッドストラクチャーで考えればロジカルに伝わるけど、相手を感情的に動かすのは結構難しい。聞き手の右脳なり感情なりを揺さぶるために、心がけていることってありますか。
前田:とにかくノイズをゼロにします。たとえば会社のパワーポイントによく2本線が入っていますが、あれもノイズです。あるいはプレゼンの最中に「ちょっといい?これ何?」って聞かれるのも、ノイズ。ノイズが多いから突っ込まれて脱線して、結局話が最後まで行かない。とにかくノイズをなくさないと話を聴いてくれないし、その資料自体にも話の中身にも感情移入してもらえない。
あとは、右脳に訴えるためにビジュアルを多くして見せていく。社内のプレゼンにビジュアルは必要ないんですけど、たくさんの人に聴いてもらうとか、共感を与えたいときには、ビジュアルを多くしないと持たない。もちろんロジカルさとビジュアルとをミックスさせて、数字で語るところもあればビジュアルを見せてグッと引き込むところもあり、そうこうして飽きない1、2時間の映画を作っていく感じですね。
伊藤:僕は、ビジュアルがないときは「たとえば」って言って実際のイメージを持ってもらう。ロジックで話すと「ああ、たしかにそうだね」って理解はするけど共感はなかなかしない。だけどイメージを共有した瞬間、聴いている人が自分の人生の中のイメージをどんどん膨らませて、「つまり、ああいうことだな」「こんな経験あったな」ってなる。そうすると、僕のプレゼンが僕の言葉以上にパワフルになっていくと思うんですよね。
前田:感情を動かすって何かっていうと、自分たちが経験した過去の経験にタッチすることなんです。たとえば、黒いバックに赤い文字を書いておけば、ホラー映画やお化け屋敷で見ている色だから「ちょっと怖いな」っていう感情が出てくる。セピア色の写真を見せれば「昔の思い出」ってなる。みんなが持っている共通認識の中にいかにタッチできるか、それをいっぱい自分の中に持っていると、たくさんの人を引き込むことができる。
伊藤:この既視感をいかに作れるかが重要ですよね。
前田:だから、女性限定の研修なら、「女性だったら、どういうものを見せるとどんな感情を持ってくれるかな」とか、「男性だったら」とか「50代だったら」って参加者に合わせて見せ方を考えます。こうやってちゃんと変えることで、刺さり方が変わってきます。
プレゼンから世界平和を
伊藤:僕はこの本を全人類に届けたいと思ってます。なぜなら、これを読んだ人が表現を意識するようになったら、いさかいが減るから。「伝わらない」から「話せばわかる」っていう状態になる。これ、大げさに言うと「世界平和に繋がるな」って。
前田:海外に行ったら教会や世界遺産の場所などでゲリラ的に書を書いているんですが、そうすると色んな人が寄ってくるんですよね。「何書いてるの?」って。こうやって興味を持ってくれて、話をして、日本が好きになってくれれば「日本を攻めよう」って多分思わない。作品を残すだけでなく、見た人、聴いた人の意識を変える活動ができるのがアーティストだと思っています。
プレゼンはそれがビジネス版になってるだけ。プレゼンをして、社内で決裁をとって、何かしらアウトプットを出していくのは、世の中を良くしたいからやってること。そのために、「自分がこんなに熱い思いを持ってるんだ」って伝えるのがプレゼンというツール。だからこそ、磨き上げていきたいものですね。
【まとめ】
・プレゼンはアート。だから、書や音楽と同じ
・資料はとにかくシンプルに。余計なことを断ち切る
・相手を動かしてナンボ。これができなければゼロ
・相手の感情に訴えるためには、(1)ノイズをゼロにして伝えたいことにフォーカスする、(2)ビジュアルを多くして見せる、(3)「例えば」と例示する
・なぜあなたは伝えるか?を考える
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