幅広い年代から愛されるお手頃価格のチョコレート菓子・ブラックサンダー。バレンタイン時期のユニークな企画やSNS発信などで、ブラックサンダーならではの世界観を磨き上げてきた有楽製菓の河合辰信氏にお話を伺いました。(文=荻島央江)※全2回
まずは自社商品を理解することから
田久保:有楽製菓といえば「ブラックサンダー」です。ブレイクしてから何年経ちましたか。
河合:10年くらいです。2008年の北京オリンピックのとき、あるメダリストが「ブラックサンダーが好き」とコメントしたことがきっかけでブームになりました。人気は単なる一過性で終わらず、私が有楽製菓に入社した2010年4月時点でも売り上げはどんどん伸びていました。
田久保:マーケティング部を立ち上げたのは?
河合:2011年8月です。メンバーは私を含めて2人。それまでマーケティング部はなく、本格的にやり始めたのはそこからです。
田久保:最初に手掛けたことは何ですか。
河合:ブラックサンダーはなぜ売れ続けているのか、何が消費者を引きつけているのかを理解することから始めました。その中で、他のメーカーのお菓子と比較して、独特なポジションであることが見えてきました。黒と黄色を使ったパッケージのお菓子はほかになかったし、商品名もおよそお菓子らしくない。1個30円という手頃な値段だが味や食感がよく、お菓子としてのクオリティが高い。
田久保:それを理解した後に、どう仕掛けていったのですか。
河合:当時、ブラックサンダーのパッケージに書かれていた「若い女性に大ヒット中!」というキャッチコピーがSNSで話題になっていて、そうかと。ブラックサンダーの世界観をつくり上げて表現していけば、消費者とコミュニケーションが取れる、もっと言うと、ブラックサンダーが消費者にとってのコミュニケーションツールになるのではないかと考えました。
田久保:ブラックサンダーをネタに、いろいろなコミュニケーションを世の中につくってもらうイメージですね。
王道ではないポジショニングで道が開ける
河合:最初に手掛けた大きな企画が2013年2月の「ブラックサンダーバレンタイン」です。
丸ノ内線新宿駅の地下通路に「一目で義理とわかるチョコ」というキャッチコピーの広告を出すと同時に、自動販売機「義理チョコマシーン」を2台設置しました。特設サイトでユーザー登録をしてQRコードをゲットし、それを義理チョコマシーンにかざすと、ブラックサンダーが3個と「義理チョコのお作法」が入った「義理チョコの素」が無料でもらえるという仕組みです。期間は1週間、1日1000個限定でしたが、毎日行列ができ1、2時間で全部なくなりました。
田久保:SNSは盛り上がりましたか?
河合:盛り上がりました。「この行列は何だ」と通り過ぎる人がみんな写真を撮っていく。初日、ツイッターで一番リツイートされたのが、このイベントでした。イベント前にリリースを出したら、NHKから、それも3つの番組から問い合わせがあって、イベント初日の朝、いきなりNHKで放送されたのが大きかったですね。
田久保:「義理とわかる」と自虐的なネタにする発想はどこからきたのですか。
河合:ブラックサンダーがバレンタインで使われる率はさほど高くなかった。でもバレンタインで何かやりたい。ただ、どう考えても本命用じゃないよね、義理だよねって。だったら堂々と義理と宣言すればいい、という話になったのです。「パッケージに『義理』と書いて売ってもいいね」と言っていたくらい。
ブラックサンダーは王道じゃない。枠からちょっとはみ出している。買っていただいているお客さんはそこに好感を持っているし、期待していると思います。
田久保:お父様から「俺がつくってきたものをそんなふうに売るな」と反対されませんでしたか。
河合:父には「こんなことをやる意味が分からない」と企画にはずっとNGを出され続けました。
田久保:最終的にどうしてOKを出してくれたのですか。
河合:最もブラックサンダーらしい企画が考えられたという自信があったので、何度も手を変え、品を変え提案しましたからね。最後は「そこまでいうならやれ」という感じでした。
田久保:2匹目のドジョウを探しに行った2014年はどんなチャレンジをしたのですか。1回目がものすごくうまくいったので、2回目も絶対に成功させなければという焦りはありませんでしたか。
河合:焦りはありましたよ。初めての企画でこんなにうまくいくかというぐらい大成功したので、翌年はぐっとハードルが上がりました。2014年は東京駅の「東京おかしランド」に初めてお店を出しました。期間は1カ月ぐらいです。「世界初義理チョコ専門店」と名付け、さらにそれだけではつまらないので、イチゴ味の「ピンクなブラックサンダー」を登場させました。
田久保:これはどんな反響でしたか?
河合:メディアから「今年も何かやるのですか」とイベント前から連絡はいただいていて、実際テレビや新聞でかなり取り上げていただきました。
田久保:これは河合さんのアイデアですか。
河合:メンバーみんなで雑談しながら徐々に固めていくのがこれまでのスタイルです。商品のキャッチコピーなど全部そうですね。どうしたらお客様に楽しんでもらえるか、プロモーション費用をかけずに、いかに口コミで広げてもらうかを特に意識してやってきました。
田久保:2015年は?
河合:2015年は、前年と同じく義理チョコショップを開きました。今度は生チョコレートを使った「生ブラックサンダー」、通常商品の33倍の大きさの「ブラックサンダー大」を1日10個限定で販売したら、毎朝オープンの何時間も前から行列ができましたよ。
また2015年のバレンタインでは、セブン-イレブンに専用商品3種類を置いてもらうことができました。義理チョコというキーワードがあれば、全国にブラックサンダーを広げられる。そのつながりを考え始めたのが2015年でした。
田久保:SNS時代のマーケティングですよね。いわゆるバズマーケティングのポイントをついています。写真を撮りたくなるし、限定と言われると欲しくなる。続いて2016年のバレンタインは?
河合:2016年もショップを出しました。変更点は、バレンタインが終わった時点で、店をホワイトデー仕様に模様替えしたことです。義理チョコをばらまかせるだけばらまかせて、ホワイトデーは知らんふりというのは違うよねって。バレンタイン時期はそこまで爆発しなかったのですが、ホワイトデーのイベントにはそれなりの手応えがありました。
田久保:マンネリにならず、毎年変化を見せていくのは大変です。
河合:それもあって2016年は夏ぐらいから「非リアVSリア充 ラップバトル」という動画を4本つくりました。これは2017年の第57回「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」のフィルム部門で入賞した力作です。
動画に登場してもらったのはイケイケのかっこいい人たちではなく、どちらかというと非リアのラッパー。ブラックサンダーはリア充ではなく、非リア充の味方だというスタンスで作りました。ブラックサンダーのファン、オタク系の人たちが共感してくれるのではないかと。
田久保:非王道というポジショニングで、オタク系の人にメッセージを送るとその人たちネットで話題にしてくれる。そういう循環を結果として生み出せるということですよね。
河合:王道、ど真ん中にいると言いたいことが言えないし、消費者にも響かない。自分たちは少し外れたところにいるので、伝えたいことをそのままストレートに表現できる。それが消費者にとって心地いい。「よくぞ言ってくれた。さすがブラックサンダー」と思うのでしょう。常にあるのが「ブラックサンダーなら許されるよね」という感覚です。いわゆるマーケティングという感じではありません。
田久保:だから誰にもまねできないし、まねしようと思わない。非王道のマーケティングですね。
河合:「ガリガリ君とブラックサンダーは許されているよね」とよく言われます。
リブランディングでさらに飛躍
田久保:そして17年は。
河合:動画を作ってもダイレクトに売り上げにつながるわけではありません。でも、それで注目度が高まったことでマクドナルドから「マックフルーリーでコラボレーションしませんか」というお話をいただきました。
話はトントン拍子に進み、「マックフルーリー ブラックサンダー」は全国のマクドナルド店舗で、2017年8月16日から9月中旬の期間限定で販売されました。ちょうど2017年9月にブラックサンダーをリニューアルしたので、まさにグッドタイミングでしたね。
田久保:リニューアルではどんな点が変わったのですか。
河合:ターゲットの捉え方を変えました。もともとブームが起きる2008年のオリンピック前ぐらいから大学生協ですごく売れて、話題になっていました。当時の購買層の中心は大学生。そこから20歳前後の人たちをターゲットにいろいろな活動をしてきたわけです。
ただブームから10年ぐらいたった今、当時大学生だった人は30歳。30歳だった人は40歳、10歳だった子は大学生になっている。この先、年齢で捉えていくと、この先ちょっと違うよねと考え始めました。
毎年、喫食の経験数をWEBで調査しているのですが、食べたことがあるという若い子たちがどんどん減っていました。また、フォーカスグループインタビューをしたら、好きな人は好きで食べているのですが、ブラックサンダーを卒業した人たちが結構いたのです。彼らは「昔、食べていた」と話していて、お金のない子ども時代に小銭を握りしめて行って買えるお菓子という感覚でいる。駄菓子という世界観から抜け出さないと、ブラックサンダーはジリ貧になるという危機感を覚えました。
そこでブラックサンダー=30円のお菓子と捉えるのではなく、ブラックサンダーというブランドの1つのアウトプットが30円のブラックサンダーだと定義し直しました。ほかの周辺の商品や、例えば動画も同様です。ターゲティングも年齢で切るのではなく、遊び心を持ったすべての人たちとしました。
それぞれの年齢に合わせてお菓子のサイズや価格帯を変え、イベントも変える。そうすることでやれることが増えました。30円のブラックサンダーにこだわるとやれることが少なかった。自分たちで自分たちをしばっていたわけです。
田久保:リブランディングが成功したのですね。それを受けて2018年のバレンタインはどんなイベントを実施したのですか。
河合:今年も東京おかしランドに店を出しました。駄菓子の世界観よりブラックサンダーというブランドのレベルを上げていきたいと考え、今回は「プレミアム義理チョコショップ」と銘打ちました。
「黄金なブラックサンダー」「ブラックサンダー大 金粉」「生ブラックサンダー2018 金粉」など、初登場のバレンタイン限定商品など全6種を販売しました。同時にツイッターで18金のブラックサンダーのペンダントが当たるキャンペーンを実施して、とにかくプレミアムなバレンタインを演出しました。
田久保:2018年のバレンタインはゴディバが出した「義理チョコはやめよう」という新聞広告が話題になりましたね。
河合:私たちは数年かけてずっと義理チョコでやってきました。やっと義理チョコと言えばブラックサンダーと言われるまでになりました。
ツイッターか何かで「ゴディバはこう主張している一方で、ブラックサンダーは一目で義理チョコとわかる専用商品を出している」という投稿があって、話題を呼びました。
これを見た当社のSNS担当の社員が「よそはよそ、うちはうち。有楽製菓はこれからも義理チョコ文化を応援します」といったコメントをしたいと相談してきたのです。
さすがにギリギリの線だなと少し迷いました。「けんかを売っているように見えたらまずいな。でもブラックサンダーだったら許されるかな」と思ってオーケーを出したらすごく話題になり、今までにないぐらい取材が殺到。バレンタインのショップにもお客さんが流れてきました。
軸足がぶれず、義理と決めていることにピュアに向き合ったことが良い結果を生んだのだと思います。