カリスマ的な経営者の中でも特に異彩を放つスティーブ・ジョブズ。彼の交渉力やコミュニケーションから何が学べるだろうか。グロービス経営大学院で教鞭を執り、「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーでもある嶋田毅が創造と変革の志士たちに送る読書ガイド。
スティーブ・ジョブズの交渉術をコンパクトにまとめた1冊
前回に引き続き、今回も「交渉」という言葉がタイトルに入った書籍を紹介する。しかし、今回の書籍は、おそらく「交渉術の教科書」として万人に役に立つ書籍ではない。むしろ、「こんな破天荒なやり方でも成功するんだ。それはなぜ?」ということを考えていただく書籍と言えよう。
今回、ジョブズについて書いた本を紹介するにあたって、ちょっと迷ったことがある。最初は、『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』(東洋経済新報社)の方を紹介しようと考えたのだが、とにかく544ページと長い。内容は面白いので読み始めればあっという間ではあるのだが、忙しいビジネスパーソンに薦めるにはややはばかられる。そこで選んだのが本書だ。
『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』のエピソードや人物像をかなりの部分ベースとしながら、彼の交渉・コミュニケーションにフォーカスし、新書サイズで222ページとコンパクトにまとめている。体裁も、アップルやピクサーといった企業をジョブズがいかに破天荒な交渉術によって伸ばしていったか、象徴的なエピソードを抜き出し(1エピソードについて6、7ページ前後)、簡単な解説・教訓を添えるという、読み手には優しいスタイルをとっている。
気になる点も多いのだが(これについて後述する)、それでもジョブズという異彩の経営者のエッセンスを数時間で読めるという点を評価した。なお、より深くジョブズについて知りたい方は、『スティーブ・ジョブズ-偶像復活』あるいは『スティーブ・ジョブズ 偉大なるクリエイティブ・ディレクターの軌跡』(アスキー)を読まれることをお勧めする。
異色の経営者ジョブズから学べることは?
さて、経営大学院で経営学を教えている人間の立場からすると、スティーブ・ジョブズという経営者は、評価したり効果的に言及したりするのが難しい人間だ。素晴らしいビジョンを打ちたて、それに向かって人々を鼓舞し成功を導くことのある一方、時にはまったく愚かしい意思決定やコミュニケーションで、最悪の結果を招くことも少なくない。
多くの人が賞賛する一方で(特にまったくのアウトサイダー)、その極端なスタイルから、多くの人々を傷つけてもきた。太陽や富士山と同じで、遠目には良くても、そばに行きすぎると焼き尽くされたり、瓦礫やゴミに幻滅すると評されることも多い。
つまり、経営学や伝記の題材としては魅力的ではあるのだが、交渉術にせよリーダーシップにせよ、多くの人が「手本」にするのはきわめて難しい存在なのだ(むしろ、絶対に「手本」にしないほうがいいやり方が多い)。何かを感じたり、考える材料にするにはいいが、そのままには真似ができない。参考にするためには解釈力、洞察力、応用力を強く要求する存在とも言えよう。
時に“独裁者”などと揶揄されるジョブズのコミュニケーション術に触れ、それをどう噛み砕き、何を感じるのか。ジョブズを好きになるか、嫌いになるか。自分の感性や考え方を再確認できるだろう。何より、ビジネススクールでは学びにくいタフネスを実感する素材として、一読の価値がある。
やや残念なのは、解説・教訓パートで、盛田昭夫や本田宗一郎、松下幸之助などの日本を代表する経営者の事例も引きながら、教訓を一般論化しようと試みているのであるが、必ずしも成功していないような感がある点だ。個人的には、困難な一般論化などするよりも、「素材」そのものの魅力を生かしてもっと別の形でコメントしてもよかったと感じていることも付記しておく。
『スティーブ・ジョブズ 神の交渉力』
著:竹内一正 発行日:2008/6/1 価格:880円 発行元:経済界