『成人発達理論による能力の成長』――大人が「成長」するために必要なことは何か? 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

AIをはじめとするテクノロジーの進化や、地政学的な情勢変化など、ビジネスを取り巻く環境が複雑化し、多様性を増すなか、我々一人ひとりが「成長」することがこれまで以上に求められるようになったと感じる。

一方で、一言で「成長」といってもその種類やプロセスは様々であり、目に見えるものでもない。そのため、子供の時と比べて、大人になるほど「成長実感が得られない」と思う方も多いのではないだろうか。本書は一見するとわかりにくい「成人の能力成長」について、そのプロセスやメカニズムを最新の知性発達科学の研究に基づき解説した書籍である。

著者の加藤洋平氏は、元ハーバード大学教育大学院教授のロバート・キーガンとカート・フィッシャーをメンターに持ち、現在もオランダのフローニンゲン大学で研究を続ける、成人発達理論の第一人者だ。本書はカート・フィッシャーの「ダイナミックスキル理論」をベースとしながらも、理論をどう実践に結びつけるかという観点について加藤氏の独自の研究や経験に基づき具体的に紹介している点が非常にユニークである。

まず注目したいのは「変動性」の概念だ。変動性とは、能力の種類やレベルのばらつきのことであり、能力は異動・転職といった環境変化や取り組む課題の性質や種類といった変化だけではなく、我々の内面、体調や気分といったものからもダイナミックに影響を受けるため、ばらつきがあるのはむしろ正常であると著者は言う。

部下や後輩を育成する際、日々の仕事の質にばらつきがあることを問題視する人は多いだろう。しかし、能力には変動性があることが前提であるならば、ばらつきそのものをなくすのではなく、むしろそれこそ成長のプロセスなのだと捉え、部下に対して適切な環境や課題を提供していく発想の転換が必要だ。

さらに興味深いのが、能力の成長に必要な要素の1つとして「抽象化」を取り上げている点だ。そして、極めて高度な抽象化思考を発揮している例として、イチロー選手の「自分がなぜ打てたかをすべて自分の言葉で説明することができる」というコメントを紹介している。内側の微妙な身体感覚を都度受け流すのではなく、その感覚をすべて自分の言葉に置き換え、さらに抽象化して理解できるからこそ、再現性のあるバッティングを続けることができるし、この抽象化能力を高い次元でできる人が一流のアスリートであると言う。

複雑化する世界とは、「具体的事象が広い範囲で数多く発生する世界」、ともいえるだろう。この世界では、発生している具体的事象にだけ注目しても 複数の事象に潜む本質を抽出する「抽象化」ができなくては、場当たり的な問題解決にとどまり、本質的な解決には至らない。さらに、いくら場当たり的な問題解決を繰り返しても能力の成長にはつながらない。

私自身、数年前からライフワークとしてコーチングに取り組んでいるが、クライアントが向きあっている課題に対するアプローチの1つとして、まずは個々の事象に徹底的に入り込んで思考を深めてもらった後、一度モードを切り替えて、それらの経験を通した学びを自身の言葉で表現することでクライアントの意識に大きな変化が生まれた、という経験がある。これも具体的な事象を抽象化したことで、クライアントの成長が促進されたと考えられた。

人生100年といわれる時代だからこそ、人材育成担当者やコーチといった対人支援職に関わる方や、部下育成を担う上司だけではなく、すべてのビジネスパーソンが「成長」に対する理解を深める必要がある。この本を通して、「大人の能力成長とは何か?」を考えるきっかけとして欲しい。

 

『成人発達理論による能力の成長』
加藤洋平(著)
日本能率協会マネジメントセンター
2700円

関連記事

名言

PAGE
TOP