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「陸王」が教えてくれた、損得勘定よりも大切なこと

投稿日:2017/12/25更新日:2019/04/09

池井戸潤原作のテレビドラマ「陸王」が高視聴率で最終回を終えた。日本を代表する映画俳優の役所広司が主演し、人気俳優が脇を固める。ドラマの登場人物たちは、「夢」と「現実的な損得」の間で揺れ動く。この揺れ動く様子が、目が離せなくなった理由だろう。

ドラマの舞台は100年の歴史を持つ足袋製造業者の「こはぜ屋」。足袋業界は衰退の一途を辿っており、こはぜ屋が廃業に追い込まれるのは時間の問題であった。4代目社長の宮沢紘一(役所広司)は、こはぜ屋を存続させるために新規事業を模索する。銀行員のアドバイスもあり、宮沢は足袋の縫製技術を生かしたランニングシューズ事業への参入を検討する。足袋は「ミッドフット走法」を身につけるのに適しており、身体や筋肉への負担を減らすことができるという利点があった。

陸上競技やシューズに関しての知見が無かった宮沢は「豊橋国際マラソン」を観戦に行くことに。自分たちの目前で、実業団ランナー茂木裕人が怪我でリタイアしてしまう。茂木は大学駅伝のスター選手だったが、ミッドフット走法が身に付いておらず、膝の怪我を抱えていた。茂木のリタイアを目の当たりにした宮沢は、ランニングシューズ事業への参入を決意する。このシューズの名前が「陸王」である。

宮沢が追求すること:「こはぜ屋が将来も存続する道を作る」、「怪我で苦しむランナーを救う」

しかし、こはぜ屋には足袋で培った縫製技術しかなく、金もなければ、シューズ製造に関するノウハウも無かった。銀行はリスクが大きいとして追加融資を認めてくれない。理想のソール素材(名称:シルクレイ)の特許を持つ飯山は「俺の特許を使うなら5000万円は払え!」と何度も宮沢を追い帰す。実業団ランナーの茂木も宮沢に取りあってくれない。しかし、宮沢の情熱は徐々にこうした人々の態度を変えていく。

紆余曲折を経て、ついには茂木選手が陸王を履いて駅伝で好走するに至る。

こはぜ屋のライバル、アトランティス社の小原

茂木選手の好走をきっかけに、こはぜ屋はアメリカの大手シューズメーカー「アトランティス社」に敵視されるまでになる。アトランティス社のボスは営業部長の小原賢治(ピエール瀧)。彼は米国名門大MBAホルダーのエリートという設定で、常に現実的な損得勘定でビジネスを行う人物である。

彼が担当しているアトランティス社のシューズ「R2」は目立つピンク色をブランドカラーにしており、厚めのソールで目立つデザインにしている(しかし、厚めのソールはミッドフット着地に向かないので、筋肉に負担)。この製品は独自性と差別性のある「ポジショニング」を確立しているようだ。

小原にとってアトランティス社が支援するランナーは「シューズ販促のための広告塔」であり、支援するかどうかは投資対効果で決める。同社は実業団ランナー茂木のサポートをしていたが、怪我が発覚した後、小原は茂木への支援を打ち切る。しかし、茂木が陸王を履いて復活した際は、再び茂木へのサポートを申し出ている。しかし、それは茂木のためを思ってではなく、茂木のライバル選手(同社がサポートしているナンバーワン選手)を引き立たせるための当て馬として適任だと考えたからである。

また、茂木の復活レースで陸王を脅威に感じた小原は、陸王に使われているアッパー素材の会社に対して、こはぜ屋への供給停止と自社への独占供給の交渉を行う。小原は交渉を成立させ、競合になりうる企業の芽を摘むことに成功する。

小原が追求すること:「事業収益を最大化する」

宮沢(こはぜ屋)と小原(アトランティス社)の比較

このように、宮沢は自らが大切にする価値(こはぜ屋が将来も存続する道を作る、怪我で苦しむランナーを救う)に忠実なリーダーであり、小原は私企業の目的=営利追求に忠実なリーダーである。この二人のキャラクターをマックス・ウェーバーの社会的行為の分類に従って、次のように整理した。

宮沢は価値合理的、小原は目的合理的な人物である。ドラマでは宮沢が正義、小原は悪役として描かれているが、現実には小原のような損得勘定も必要である。

宮沢は従業員20名を抱える中小企業の経営者として、現実的な損得の壁に何度も阻まれる。茂木選手の好走によって陸王を希望する実業団ランナーが増えた矢先、設備の故障で陸王は生産できなくなってしまう。宮沢は資金繰りに行き詰まり、立ち上がったばかりの「チーム陸王」は解散の危機に直面する。彼は経営者として陸王をあきらめるという苦渋の決断を下すが、もちろんそれは彼の本心ではなかった。

意気消沈する宮沢に対して、シューフィッター(シューズ選びの専門家)の村野は「選手は命がけで走っている。あなたには命がけの覚悟はあったのか?」と詰め寄る。宮沢には高い志があったが、結果的に周囲を振り回すだけになってしまった。これは経営者としての宮沢の無計画さが招いたものだ。こうした無計画さについて、こはぜ屋専務の富島(経理担当)は、何度も宮沢を諫めている。

損得だけでは人の心は動かない

しかし、最後まで自分の信じる価値に義しく(ただしく)生きようとする宮沢に、周囲の人々は感化されていく。最初の協力者はスポーツショップ経営の有村と、銀行員の坂本の2人だけだった。その後、チーム陸王のメンバーは増えていく。以下、この2名以外に宮沢に感化された社外の人物の一覧である。

・飯山(シルクレイ開発者):「特許を使いたいなら5000万円払え!」という態度から、「俺もこはぜ屋の仲間に入れてくれ」と言うまでに変化した
・村野(シューフィッター):アトランティス社の専属シューフィッターだったが、営業部長の小原と対立し退社。選手のことを第一に考える人物で、宮沢の想いに共感してこはぜ屋のアドバイザーになる
・大橋(銀行の融資課長):融資に反対だったのが、こはぜ屋の品質へのこだわりとチームワークを目の当たりにしてから協力的な姿勢に変わる。こはぜ屋にアッパー素材の企業を紹介する
・茂木(実業団ランナー):最初は宮沢に取り合わなかったが、陸王の性能の良さと宮沢の熱意に動かされ、こはぜ屋にサポートを依頼する(しかし、こはぜ屋が資金難でサポートを停止したため、再びアトランティス社のサポートを受けることになる)
・橘(タチバナラッセル社長):アッパー素材を提供しているタチバナラッセル社の社長。シューズの実績ゼロのこはぜ屋に対して多くの企業は提供を断る中で、宮沢の想いに共感し素材提供を快諾する(しかし、後にこはぜ屋との取引を停止しアトランティス社に鞍替えする)

下の図で、これらの人物に小原を加え、「価値合理的か、目的合理的か」、「経営者・管理者か、職人か」という2つの軸で整理した。

中央に位置づけられるのが銀行の融資課長大橋である。原作者の池井戸潤が銀行員だったため、バランスが良いキャラクターになっているのかもしれない。なお、村野や飯山のような職人は従業員の生活に責任を負っておらず、かつ自分のスキルで勝負しているため、価値合理的な行為を貫きやすい。しかし、経営者はそうはいかない。実際、タチバナラッセル社長の橘は後にチーム陸王を離脱する。創業3年目の同社にとってアトランティス社のような大口顧客との取引は悲願であり、経営者として会社の損得を考えれば、離脱は仕方ない話であった。

利に敏い(さとい)リーダーよりも、価値に義しい(ただしい)リーダー

では、宮沢のようなリーダーと小原のようなリーダーがいた場合、どちらのリーダーと一緒に働きたいだろうか。チーム陸王のメンバーは、個々人の損得を超えて行動している。そして、みんな楽しそうだ。まさに「人はパンのみに生くるにあらず」である。損得も重要だが、自分の仕事には損得では測ることができない価値があると信じたいのだ。だから人は彼に付いてくる。

ドラマの最終回、茂木選手はフルマラソンへの復帰レース(豊橋国際マラソン)で、アトランティス社との契約を破ってまで陸王を選択する。アトランティス社の社員は茂木を止めようとするが、茂木のチームの監督が「茂木は損得勘定で動くような男じゃない」と一喝する。シューズの性能では陸王とR2(アトランティス社のシューズ)は同等だったため、合理的に損得勘定をすればR2を選ぶのが当然であった。しかし、茂木は価値合理的に陸王を選んだのだ。

このように、人の心に火を付けるのは、利に敏い(さとい)リーダーよりも、価値に義しい(ただしい)リーダーである。とはいえ、宮沢は利に疎すぎる。彼は何度も経済的な窮地に陥るが、その都度救いの手が差し伸べられるのは、これがフィクションだからだ。経営判断としては、こはぜ屋専務である富島(スポーツシューズ事業への参入に反対)の方が目的合理的だろう。だからこそ、価値合理的に突っ走る宮沢の奮闘が痛快なのだ。

利に疎いリーダーも困るが、利に敏いだけのリーダーはあさましい。大切なのはバランスだ。陸王はそれを教えてくれる。MBAで損得勘定のセオリーを徹底的に学んだ人にこそ、陸王は一見の価値がある。

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