昨年10月発売の『AIファーストカンパニー』から「第10章 リーダーの使命」の一部を紹介します。
テクノロジーの進化は多くの事業機会を作り出します。言い換えれば、テクノロジーは世の中の困りごとに対して多様な解決策を提供することができ、その実現のカギを握るのが起業家精神(社内ベンチャーも含む)だということです。単にソリューションを提供してお金を儲けるだけではなく、テクノロジーがもたらすリスクを適切に管理することがますます求められます。また、ブロックチェーンのような新技術を賢く活用することも必要です。経営の知識に加え、テクノロジーの可能性を最大限に引き出せる、起業家精神を持った人材がこれからますます活躍の場を広げるでしょう。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、英治出版のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
アントレプレナーシップ
AI時代の到来は、おそらく文明史上で最大の新事業創造の機会をもたらしてきた。デジタル変革の程度は広大だ。従来のプロセス、シナリオ、ユースケースを見ながら、デジタル対応でAIベースのソリューションによって、それぞれのパフォーマンスがどれだけ向上するかという感触さえつかめればよい。コンテンツの作成や配信、健康管理の改善、機器の開発、製造、配備、保守、ニュース報道の作成など、どのやり方を見ても、世の中は新事業創造の機会に文字通り満ち溢れている。
本書で明らかにしてきた課題の多くは、イノベーションと起業家精神のさらなる機会となる。サイバーセキュリティの確保、アルゴリズムのバイアスの回避、フェイクニュースとの戦い、良質な雇用創出など、求められる多くのソリューションは主に、真の技術的ブレークスルーとイノベーションから生み出されるだろう。幸いにも、これまで論じてきたように、イノベーションのコストは大幅に低下してきた。デジタル・テクノロジーが至るところで浸透していることと、実質的に誰でもどこでもオンデマンドでコンピューティング・パワーを使えること、オープンソースのソフトウェアやハードウェア・ツールが広く利用できることは、発明の力を民主化してきた。
しかし、機会を検討し評価する際に重要なのは、必要なイノベーションの技術的な実現可能性と新規事業のオペレーティング・モデルの規模拡大の可能性を調べるだけではない。捉えにくい競争上の意味合いも含めて、新規事業のビジネスモデルを完全に理解し評価するためには、より深い分析が必要になることが多い。その典型例が、何年も赤字に悩まされてきたウーバーだろう。同社のIPOの目論見書は、決して黒字化しないかもしれないと投資家に警告すらしている。しかも、約250億ドルの投資資本を呼び込んだ後で、である。
ウーバーの競争力の前途について、広範なマルチホーミングとネットワークのクラスタリングが可能なビジネスモデルである以上、常に広範な競争にさらされる恐れがあることに言及した(第6章を参照)。ウーバーなどのライドシェア企業はパラドックスを抱えている。そのサービスにより、消費者余剰が高まり(オンデマンドで5分以内に乗車できるサービスを望まない人はいない)、100万人以上の運転手を柔軟に雇用できるようになった。しかし、大規模コミュニティに対してわずかな雇用でしかなく、潜在的には都市中心部の渋滞が増えて環境面や交通面で外部性が生じることさえある。その中で儲からない可能性の高いビジネスモデルにお金を投じることが賢明だとは考えにくい。
当初の金銭的利益を超えて機会を拡大させ、その成功を維持して、接点を持つ大勢の人々の暮らしを実際に向上させるために、賢いリーダーは、ますますデジタル化する自社が周囲のコミュニティに及ぼす影響について理解を深め、より難しい社会的、倫理的な意味を考慮するだろう。とはいえ、研究やエンジニアリングに投資することは多いが、自社のビジネスやオペレーティング・モデルの機微を理解するために、同じように注意とリソースを注ぐ人は少数派にすぎない。特に難しい課題は、新たに立ち上げたデジタル企業がその周囲の現実に及ぼす長期的影響を完全に自分事として理解することだ。
その好例となるのがブロックチェーンの新規事業だ。ブロックチェーン・ベースやそれに着想を得たアーキテクチャは、この技術が持つ根本的な影響力から、おそらくデジタル化とAIの波が引き起こす問題の多くを解決する重要部分になるだろう。ブロックチェーン空間は、分散型台帳、スマートコントラクト、暗号通貨、ピアツーピア・ネットワークなど、幅広い有益なメソッドやテクノロジーを具現化する。しかし、複雑な業界や制度がもたらす背景の中で、ブロックチェーン・ベースのビジネスモデルを成り立たせるには、新しい考え方を反映させる必要がある。ブロックチェーンの影響は非常に有望視されているが、これまでのところ、投機以外では断片的な成果に留まっている。
持続的な影響力を発揮できるのは、複雑な規範や制度に合うようにテクノロジーを形成する、あるいは、少なくともそれらが変わっていくのを手助けする場合に限られるだろう。ブロックチェーンの成熟に伴って、多様なテクノロジーはますますアンバンドリング〔ひとまとまりだったものが分解され、各要素を活用できるようにすること〕されていき、改竄されないスマートコントラクトから、ニュースの追跡やサプライチェーンの監視まで、様々な領域におけるニーズを満たすためにカスタマイズされるかもしれない。このように、非常に重要なビジネスモデルのイノベーションがますます各ブロックチェーン技術の成功を後押しするだろう。ブロックチェーン技術が伝統的な官僚制の非効率性を大幅に軽減するのに本当に役立つとすれば、それがいつであろうと早すぎるということはない。
競争優位性が独自の静的な資産やケイパビリテイに基づき、多くの場合、破壊的変化なしに何十年も送れた時代は過ぎ去った。今日のリーダーは、絶え間ない変化と、自ら率いる組織の性質や競争している市場の性質を脅かす頻繁な衝突に対処する必要がある。イノベーションと起業家精神は変革とともに、重要な突破口になる。起業家的な知恵が大きいほど、私たち全員にとってよりよい成果になるだろう。
『AIファースト・カンパニー ――アルゴリズムとネットワークが経済を支配する新時代の経営戦略』
著:マルコ・イアンシティ、カリム・R・ラカーニ 訳:渡部典子 監修:吉田素文
発行日:2023/10/20 価格:2,640円 発行元:英治出版