今年10月発売の『AIファーストカンパニー』から「第8章 デジタルの規模、範囲、学習における倫理」の一部を紹介します。
大手テック企業、特にプラットフォーム企業はいまや社会的なインフラともいえるため、彼らの行動には強い倫理性、社会的正義が求められます。たとえばSNSや動画サイトに無制限に何でも投稿できたとしたら、社会は大きな混乱に陥るでしょう。それを避けるべく、フェイスブックやYouTubeなどは不適切な投稿を排除すべく努力しています。ただ、何を「不適切」と判断するかは非常に難しい問題であり、今後も議論が続くことになるでしょう。ただ、この難しい課題を乗り越えることこそが、テクノロジー企業が更なる成長を果たすうえでの必要条件となるのです。
（このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、英治出版のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです）
AI時代におけるリーダーの新たな責任
現代企業のリーダーは、この新世代の倫理的課題を無視するわけにはいかない。実用的かつ実行司能な、技術面や事業上の解決策がいろいろと必要である。このように考えているのは私たちだけではないことは明らかだ。グーグルやマイクロソフトはアルゴリズムのバイアスに関する研究に多額の投資を行い、フェイスブックはフェイクニュースや有害な投稿をめぐる問題に取り組むために膨大なリソースを投入している。エクイファックスや民主党全国委員会のような従来型組織のリーグー層でさえ、ハッカーに痛い目に遭わされてきたことから、解決策に投資を行っている。デジタルの規模、範囲、学習の倫理をうまく舵取りすることが普遍的な経営課題となってきたのだ。
最大の責任を負うのは、経済や社会の中で最も大きな力を持ちネットワークの中心的な位置を占めている組織だ。生物学的な生態系に例えるとわかりやすいかもしれない。現代経済と同様に、生態系は高度に結びついた種のネットワークであり、全体として最も重要なエージェント（動作主）の行動に依存している。生態系の持続可能性にとって特に重要なのが、いわゆる「キーストーン（中枢）種」だ。営巣区域の提供から雨水の排水まで、キーストーン種は特に重要な機能を果たし、特異に進化した行動を通じて生体系の健全性を維持している。その行動は自分たちの種をはるかに超える効果を持ち、生態系全体に影響を及ぼす。キーストーン種を取り除けば、生態系全体の持続可能性は決定的に損なわれてしまうだろう。
同様に、フェイスブックやエクイファックスなどの企業は、自社のビジネス・ネットワークの健全性を効果的に統制している。そうした活動は、動画コンテンツの投稿、融資の申し込み、広告販売、メッセージの共有など何であれ、すべてのネットワーク・ノードやコミュニティのメンバーに伝播する。こうした中心的企業は、濃密につながったネットワーク・ポジションを占め、ネットワーク全体の価値創造基盤となっているので、経済や社会制度に欠かせない存在だ。どの場合も、多くの人々が頼りにするサービスやテクノロジーを提供している。こうした企業が排除されたり不具合があったりするだけでも、大惨事になりかねない。
しかし、多くの企業リーダーがすでに了解しているように、ネットワーク・ハブの役割には責任がつきまとう。本著の執筆者であるイアンシティは、生物学になぞらえて、何年か前に「キーストーン戦略」という概念を打ち出した。キーストーン戦略は、ハブ企業の目標とそのネットワークの目標を合わせる。ネットワーク（あるいは、ビジネス・エコシステム）の健全性を高めることにより、キーストーン戦略は企業の長期的な業績にも恩恵をもたらす。
この戦略の中心的な特徴として、企業が依拠するネットワークの健全性を形成、維持するために、内外のニーズを揃えることに主眼を置いている。グーグルがアルゴリズムからバイアスを取り除くテクノロジーに投資する場合、キーストーン戦略を展開していることになる。フェイスブックが有害な動画を自社ネットワークから排除する場合も同じだ。ここで重要なのは、ビジネス・ネットワークを維持することは、倫理上の責任だけでなく、ネットワーク・ビジネスを長期的に維持する唯一の方法でもあることだ。
『AIファースト・カンパニー ――アルゴリズムとネットワークが経済を支配する新時代の経営戦略』
著：マルコ・イアンシティ、カリム・Ｒ・ラカーニ 訳：渡部典子 監修：吉田素文
発行日：2023/10/20 価格：2,640円 発行元：英治出版
